この世界の真実
処刑の日。私はその時間を3時間ほどずらしてほしいとフィリップに頼んだ。
牢で反省した。自分が死ぬ様を見せることで、アニカに謝罪の気持ちを受け取ってほしいと。
せっかくの晴れの日に……と。彼は渋ったが、アニカがぜひ見たいと進言したらしく。私の処刑時間はずらされた。結婚式から雪崩れてきたのか、多くの観衆が処刑台を取り囲んだ。
売女! 殺せ! 死ね!
数々の罵詈雑言が響き渡る。
嗚呼、こんなに多くの人に見守られるなんてなんだか恥ずかしい。代わりにいつもいるクラリスはいない。彼女はあまりの私の行為にとっとと愛想をつかせて出ていった。退職金は腐るほど出した。どこかで幸せになってくれてるといいのだけれど。
処刑台に花嫁姿の骸骨が。失礼、アニカが上がってきた。
「フィリップにた、頼んで、わ、私がが床板を外すのをや、やらせても、らうの。」
私というストレスがなくなっても彼女の容姿は変わらなかったようだ。もうアヤとも似ても似つかない。より禿げた頭。濃くなった目の下のクマ。こけた頬だけは少しもどり、差し歯もしたようだが、化粧を施された姿は道化のようでウェディングドレスが浮いている。
「あ、あんたが…どんなにわたしを、い、いじじめても…ふぃフィリップは…わたしを、え選んだ。ああんたのま、まけよ」
にやりとアニカは笑う。口元からはよだれが泡になって噴き出していた。
「そうみたいね」
「ま、まけおしみ…わわたし、これから、王妃…うふふ。くくやしいでしょ」
「そうみたいだわ」
あくびをしながら言うと、アニカの蹴りが私の腹に食い込む。
げほげほと咳き込む。胃の中には何も入っていない。出るのは胃液だけだったが。別にそんなことはどうでもいいのだ。
涼しい顔をする私をアニカはふうふうと肩で息をしながら見下ろし、なんども踏みつける。
「あああやまれ!あやまれ!あやまれ!わたしかち!ししあわせになななるのはわたたし!!」
「そうね。だからほら板をはずしなさいよ」
「うわああああああ!」
私がにこりと微笑むと、アニカは力一杯。床板を抜くための縄を引っ張った。
私の体が宙に投げ出された瞬間。わぁっと民衆の声があがる。アニカは口汚くぎゃははと笑う。
しかしそれは一瞬で。あたりは静まり返った。最初に止まったのは風。次に民衆の動き。最後に私の首は吊られずにその体は空中で固定された。アニカだけが「なに……何?!」と当たりを見渡している。
「あ、あんた。な、何をしたのよ!!」
抜けた床を覗き込み、アニカは叫ぶ。
やだなぁ。唾が飛ぶじゃない。
「私はなにも?しいていうなら女神様かしら」
「は……はぁ?」
パリンと何かが割れる音がする。
アニカはきょろきょろと辺りを見渡した。まるで劣化した塗装のようにペリペリと空間が剥がれていく。時を止めた人々が空間に溶けていく。
アニカは急いで処刑台を駆け降りると、止まったままのフィリップに絡みついた。
「フィリップ!フィリップどどどうして……ああ!だだだだめ!!」
フィリップが空間に溶け、処刑台も首についた縄も溶ける。
自由になったところで私はくるりと宙を舞ってから地面かも分からないその場所に降り立った。
うずくまって項垂れるアニカに私は優しく声をかける。
「馬鹿ね。愛だけの物語なんて結ばれたらそこでおしまいなのよ」
アヤと愛を囁き合ったあの日。アヤの制止も虚しく、私の首には縄が掛け直され、床板は外された。私は死刑になった。その瞬間。今と同じように世界は白に溶けていったのだ。
アヤは言った。これがぷろぐらむの終わりだと。アヤの知っているゲームはヒロインとフィリップの結婚式のシーンと「悪役令嬢が処刑された。」という一文でえんでぃんぐ。というものを迎えたらしい。
つまりアニカの結婚と私の死で物語は終わるのだ。
私たちはあの日。最後に抱き合って白の世界に溶けていった。アヤはいなくなった。アヤのいない世界で私は最初から。学生生活をスタートした。
どのアニカにもアヤの面影はない。
ただ顔がそっくりなだけ。
でも今回のアニカは……アヤと同じ顔でアヤが愛してくれた私を馬鹿にした。
「それってすっごく許せないのよね」
アニカの耳にはもはやなにも届かない。
嫌だ!嫌だ!と言いながら白に溶けていく。もう二度と会うことはないだろう。
嗚呼、次のアニカは一体どんな子かしら。
私を不快にさせる子でないと良いのだけど。
「おい聞いたか!庶民がこの学校に入学してくるんだって!!」
fin