魔獣のあやし方
僕が耳にしたのは、出店の奥の方で会話してる店の人たちだった。何やら不穏な感じだったので、そっと聞き耳を立ててみたんだけど……ちょっと聞き捨てならない。
塩の値段が、あがってる?
「おい、タクト」
「はい?」
咎められるような声と視線を感じて振り返ると、フィブリアさんがじとーっと睨んできていた。うーん、ちょっと怖い。
「もしかしなくとも、また厄介なことに首を突っ込もうとしていないか?」
「厄介なだなんて、そんなことないですよ」
「本当か?」
「だって、塩の値段が上がってるなんて一大事じゃないですか。助けないと」
堂々というと、フィブリアさんはがくっと肩を落とした。
あれ?
首をかしげていると、こめかみに拳がぐりぐりとって痛い痛い痛いっ。
「それを厄介だっていってるんだが?」
「いだだだっ、ひどいですよぉ!」
「塩の値段、確かに一大事だろう。けど、俺たちが首を突っ込む事態なのか? ん? この町にはちゃんと役人もいるし、問題解決とあれば騎士団もあれば冒険者ギルドもあるだろう。問題ならちゃんとそういうところが解決してくれるはずだ」
フィブリアさんは低くて小さい声で説得してくる。
「なんでそうやって自ら面倒ごとに首をつっこむんだ」
「そんなの、ほっとけないからです」
「……本当に君は勇者の弟だな。お人好しが過ぎる」
「えへへ」
「褒めてないからな?」
あ、あれ?
「とにかく、今回は首を突っ込むな。それこそ騎士団が手に負えないとか、そうなったらまぁ……」
「川からすくいあげた塩じゃあ、質も悪いし、量も少ないからなぁ」
「備蓄もあんまりないぞ。流通が止まってこれでもう一週間だ」
「岩塩採掘担当が大怪我して、騎士団やギルドが対応してるらしいけど、うまくいってないらしいぜ。噂じゃあ魔獣が出たとか」
「嘘だろ? 魔族との戦争が終わってやっとほっとしたってぇのに」
「…………手を……その」
「出していいんですよね?」
フィブリアさんに確認すると、フィブリアさんはしばらく固まってから、がっくりと肩を落とした。うん、聞いちゃったもんね。
時間的には夜にちょっと早いし、急げばなんとかなるかも。馬車でいけば、晩御飯の仕込みもそこでできちゃうし。ロスはあまりないんじゃないかな。
「ああ、ああもう。どうしてこうなるんだ……もし何かあったらどうする? 世の中には凶悪な魔獣だっているんだぞ」
「ん? 大丈夫ですよ。きっと。フィブリアさんもいますし」
「お前なぁ……」
顔をそらしつつ、頭を抱えるフィブリアさん。
「頭痛ですか?」
「ああ。たった今、頭痛がやってきたよ」
「治癒魔法かけます?」
「いらん!」
「無理しちゃダメですよ?」
「それなら首をつっこむことをやめてくれないか?」
「それは無理です」
「だろうな」
はぁ、とフィブリアさんは大きくため息をつきつつも、周囲を見た。
ふわり、と、僅かだけど穏やかな魔力を感じる。
探知魔法だ。害はない。むしろ慎重で優しいくらいだ。フィブリアさんらしいなぁ。
「……町からそう遠くない場所に、魔獣の気配があるな」
フィブリアさんは小声で警戒心の強い声を出した。
確かに、なんとなく変な感じはあるかも? 僕、探知魔法はヘタクソなんだよね。
でも、フィブリアさんが睨んでる方角は……北か。ってことはビンゴだ。
「たぶんそこが岩塩の森です」
「森の中?」
「はい、東の町から北にいくと森があるんですけど、その中に岩塩がふきだしてるんです。精霊さんの加護のおかげで、ずっと出現するんですよ。それもたくさん。だから、一部が水に溶けだすくらいで、塩川って呼ばれるせせらぎがあるんですよ」
でもそこから採れる塩は少ないし、不純物もいっぱいなので、品質は悪いんだけどね。
あ、今はそれどころじゃない。
問題は町の近くに魔獣が出現したってことだ。それも、騎士団が手に負えないくらいの。もし町に出てきたら問題だ。すぐにでもなんとかしないとね。
「すぐに向かうのか?」
「なるべく早い方がいいですしね。晩御飯にはちゃんと間に合いますよ? ついでに山菜とかも採っちゃって、彩を良くしたいですね」
「まったく」
「善は急げ、です。馬車に戻りましょう」
▲▽▲▽
「このあたりが岩塩の森か。白いな」
「はい」
僕とフィブリアさんは、木の枝に登って、そこから観察しながら会話する。
岩塩の森は、森の中心近くにあって、広い空間にある。泉のような見た目だな。
白い砂がまるで泉のように湧き上がってて、周囲に岩塩が結晶となって柱になってたくさん生えている。キラキラしてて綺麗だし、いい塩だってよくわかる。
でも、問題が一つ。
白い結晶の中にある、不穏な気配だ。
鈍い僕でもビリビリと肌で肌で感じる刺々しい魔力。静かな森にはホントに似つかわしくない。確かにここは塩分濃度が凄く高いエリアだから、動物たちはあまり近寄ってこないし、木々も塩に耐性があるものだけしかいないんだけど……。
「あの、フィブリアさん」
「なんだ?」
「魔獣の種類って分かります?」
「この波動からして、メメコレオウスだな」
赤い体躯に、二十四対の棘をもつサソリの尾。獅子の体躯に皺だらけの人間の顔。
魔獣の中でも強力な部類に入る魔獣で、魔族でも恐れるのだとか。
図鑑で覚えたんだよね。
特に気を付けろって教えてもらった記憶がある。
「なるほど、並の騎士団では太刀打ちできないわけだ。特に強い個体のようだ」
「そこまで分かるんですか?」
「それくらいはな」
『だが、居場所までは分からないようだな?』
声はすぐ真後ろから。
直後、視界が反転した。遅れて爆音、そして風。
――爆発だ!
僕は空中で姿勢を取り戻して着地する。と、そこに迫って来るサソリの尾。
ぱしっ! と僕はそれを人差し指ではたきおとす。
「もう、危ないじゃないですか」
『……今のをやりすごすとは、中々やるな?』
目の前に着地したのは、獅子よりも大きい体躯のメメコレオウスだった。
おばあさんみたいな顔つきだ。
威嚇するようにたてがみを逆立てつつ、メメコレオウスは前足で地面を蹴る素振りを見せた。鋭いかぎ爪だ。
「やめておけ、メメコレオウス」
僕の隣に着地しながら、フィブリアさんは警告する。
『ほう……魔族か。なんだ、この我とやりあうつもりか?』
うわぁ、戦意ばりばりだなぁ。
メメコレオウスを中心に風が起こってる。魔力の示威行為だ。強いヤツが弱いヤツとの戦闘を避けるためにやるって聞いたことある。
「いや、俺はやるつもりはない。お前とやるとなれば、本気にならざるを得ないからな」
じわ、と、フィブリアさんが魔力を滲みだす。
メメコレオウスは即座に目を細め、魔力をさらに上昇させた。って、だめだめ。
「そうなると周囲一帯を焦土にさせてしまう。それはダメだろうからな」
「もちろんダメです」
きっぱり断ると、フィブリアさんは苦笑した。
『魔族が周辺の環境を気にするなど……堕ちたものだな』
「なんとでもいえ。それより、ここで何をしている? 塩分不足か?」
『はっ。大人しく生きるのに飽きたんでな。ここを奪えば、討伐隊がやってくるだろう? ちょっと遊んでやろうと思ったまでのこと』
「下らないことをやってるんだな?」
『人間と仲良しごっこしている魔族の方が下らないと思うがな』
「そうか? 存外悪くないぞ」
『そうか……ならば死ねっ! まずはそこの小僧からだ!』
メメコレオウスは吠えると同時に尾を仕掛けてくる。もう、危ないなぁ。そんなに機嫌が悪いのかな。うーん、仕方ない。あれをやってみるか。
僕は尾をひょいひょいと躱しつつ、一気に飛び込む。
『は?』
そのままメメコレオウスの胸に飛び込んで、がっしりと前脚の脇を抱き抱えて、と。
『え?』
そのままぐいっと横から仰向けに投げ倒して。と。
あ、でも背中をどしんってやったら痛いから、地面につく直前で止めて、と。
ゆっくり寝かせてから。
『ほ?』
お腹をくすぐる!
「おーよしよしよしよし!」
『えええええええ?』
「ほーらどこが気持ちいいのかなー、ここかなー、ここかなー?」
僕は色々と探りながら腹を撫でまわす。どこかにポイントがあるはずなんだけど。
『いや、ちょっとやめっ……おい、魔族! これはどういうことだ!?』
「大人しくしておいた方がいいぞ。今ので理解しただろ。こいつのアホみたいな強さを」
『いや、だからな!? ってそこだめっ、うひ、ひひ、うひひひひひひっ!?』
「あ、ここみたいだね。よーしよしよしよし」
『やめ、やめろっ! やっ、あはははははっ!? わかった、わかったから! わかったからもうやめてくれええええええ――――――――っ!』
徹底的にくすぐると、メメコレオウスは絶叫して、やがて脱力してぐったりした。
よーし、一仕事完了。
じゃあ機嫌も直ったところで、説得といきますか。
「じゃあ、ここの岩塩を解放してくれます?」
『……ふざけてるのか? だとしたら殺せばいいだろう。こんな話し合いなど!』
「ふざけてないですよ? 本気です」
うーん。まだ機嫌が完全に直ってないのかな。
仕方ない。とっておきを使おうか。
『貴様……!』
「それじゃあ、契約しましょう」
『契約?』
「そう。メメコレオウスさん、あなたにめちゃくちゃ美味しい料理をご馳走します」
僕はとびっきりの笑顔で、提案した。
主人公タクトはしれっと世界最強です。
次回はフルメシテロ話です、お楽しみに!
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