国境とグラハム粉
「そういえば、東の町は隣国なんだよな?」
「はい。エンパワー王国ですね。どんな国とも一定の友好関係を築いてる国です」
「聞いたことはある。中々侮れない軍事力も持っていると。それと、勇者一行の一人、紅蓮斧のバルファーズの故郷のはずだ」
「さすが詳しいですね」
大元帥なのだから当然かもだけど。
バルファーズさんは、兄さん一行でも前衛を担っていた斧戦士だ。厳つい顔つきにゴリラみたいにムキムキマッチョ。
性格も豪快。
すっごい楽しい人なんだ。
何度かこっそり遊びにきてくれたっけ。兄さんからは絶対に酒は飲ますなってきつく言われてたんだよなぁ。
今はどうしてるんだっけ?
「ということは、国境を越えるには検問を通過しないといけないんじゃないか?」
「はい、大丈夫です。兄さんから通行手形をもらっているので」
僕は早速その通行手形を見せた。
これ、すごいんだ。
世界宗教であるカーブル教団が発行してるもので、どこでもいける代物。しかも通行料金が無料になる。
聖職でそれなりの地位に立たなければもらえないんだよね。
「またレアなものを……お前の兄はよほどお前が大事なんだな」
「ふふ、兄弟ですからね」
「過保護なんだかなんなんだか……とりあえずそれがあれば大丈夫なんだな」
「はい。それに隣国へは検問も厳しいわけではないそうですし」
「それでも中の検分をされることはあるだろう。内装を部屋の方にしておくように」
フィブリアさんにいわれて、僕は内装を変化させた。うん、便利。
後は関所をクリアするだけ!
と意気込んでいると、スレイプニルのペースが一気に落ちた。走りにくい道はもう抜けて街道に入ったはずだけど。
「列ができているな。様子を見てくる」
フィブリアさんはさっとドアを開けて外に出ると、先頭へ向かっていた。
すごい行動力だなァ。
僕はどうしよう。お茶でもいれよう。ティーブレイクだから、ちょっと甘めがいいよね。となると、ベリー系とかどうかなぁ。
付け合わせにクッキーとかあればいいんだけど。けど、今は材料が足りないし……。仕方ないか。
「待たせた。どうやら大型の商人キャラバンがいるようだな。時間がかかりそうだぞ」
「そうなんですか?」
「うむ。どうも関所の役人たちがトラブルに巻き込まれたのもあるそうでな……明日、出直してきた方がいいかもしれんと、後続の人たちがいっていたぞ」
「あらまぁ。それじゃあ、ちょっとお散歩しましょうか」
「散歩?」
僕は頷いて、テーブルに地図を広げた。
外に出られない間、僕はよく卓上旅行をしていた。それで、この近くに村があるの知ってるんだ。小麦を生産してて、すごく質がいいんだよね。
ちょっとした直売所もあったから、小麦粉が手に入れられるし。
そうと決まれば早速向かおう。
「ここにいきましょう。ここなら村が近くだし」
「ほう、ずいぶんと広い畑があるんだな」
「ええ。水源も豊富ですし、土地そのものが豊かですからね。いいところですよ」
スレイプニルさんが僕の意図を感じたのか、さっと方向転換して進んでくれた。
人気のないところまで移動してから、森へさっと入っていく。
うわー、木々を綺麗に避けながら進んでく。すごいなぁ。
「この速度で回避し続けるとは……」
フィブリアさんも顔を引きつらせている。
ほどなくして、馬車は村の近くに到着、さっと停止した。村に入っても大丈夫なのだけど、どうして止まったんだろ。
不思議になって窓から覗くと、村の入り口付近で、誰かが座り込んでいた。
「あれ、誰かいますね」
「敵意はなさそうだが、って、おい!?」
「村人さんですから、大丈夫ですよ。何があったかきいてきますね」
「おいおい、まだ国境を越えてないんだぞ! 気を付けないとって、ああもう!」
僕が降りると、フィブリアさんも慌ててついてきた。心配性だなぁ。
大丈夫なのに。危険は感じないし。
近寄ると、座り込んでいるのは僕と同じ年齢くらいの男の人だった。なんだかすごく落ち込んでいる様子だった。
「もしもし、どうしたんですか?」
「ふぇ? あ、あわわ、えっと……」
「あ、ごめんなさい。僕はタ……」
「急に驚かせてすまない! こいつはタートル。私はフィアだ。よろしくな」
名乗ろうとした瞬間、フィブリアさんが割り込んできた。って、いたたっ!? 背中つねらないで!?
目線で抗議を送ると、フィブリアさんはギロリとすごい目力を向けてきた。あ、怖い。
「あ、よ、よろしくです? ボ、ボクはアークっていいます」
「そうか、アーク。旅の途中でたまたま村をみつけてな。それで君がいたから気になって声をかけてみたんだ。落ち込んでいるようだったから。どうかしたのかい?」
人のよさそうな笑顔を浮かべながら、フィブリアさんは少し早口で一気にいった。ああ、僕がいってみたかったのに。もう。
「あ、えっと、ボク、そこの小麦工場で働いてるんですけど、その、失敗しちゃって」
「失敗?」
「これです」
アークさんが見せてくれたのは、一抱えもある袋だった。中を見せてもらうと、フィブリアさんが首を傾げた。
「なんだこれは。小麦粉、か? それにしては……殻が多いような」
「はい。工程で間違えて、取り除いたはずの殻が入っちゃって。それで、どうにかしろって親方に凄く怒られて、どうしたらいいか……その」
今にも泣きそうな表情でアークさんは語った。
うーん、そっか。確か、ここは小麦粉の品質にすごくこだわってるもんね。珍しい特殊な技法を用いて、特別綺麗な小麦粉を作ってるから、余計なんだと思う。
綺麗な小麦粉って、貴族たちに人気みたいだから。
「これって結構あるんですか?」
「三袋くらい……結構混ざっちゃってて、取り除くのもできなくて。だから、このままだとすごく等級の低い小麦粉になっちゃうから……儲けにならないって」
「なるほど。確かにそうですね」
これだけ粗いと、本当に二束三文でしか売れないと思う。せっかく手間暇かけて育てたんだから、そんな風に売りたくはない、よね。
僕は袋の中の小麦粉をよく確かめる。小麦粉そのものは丁寧に細かくなってる。問題の殻――表皮や胚芽はまだ粗い状態だ。
うん。
これって、グラハム粉だよね、明らかに。この辺りじゃあ全然知られてないんだけど、もっと小麦の生産量が少ないところなら見かけるって本に書いてあった。
「じゃ、これでパンを作りましょうか」
「え? パン? こんなので作ったら、膨らまないし、美味しくないですよ」
「そんなことないですよ。一緒に作ってみましょ」
不思議がるアークさんの肩を叩いて、僕は持ってきてほしい食材をオーダーする。ここは自然も豊かだし、森もすぐ近いから必要なものは全部そろうはず。
「おい、一緒に作るって、あのキッチンに案内するのか? バカなのか? ん?」
「痛い痛い痛い痛い痛いですフィブリアさんアイアンクローですそれ!」
「あのキッチンは最新鋭どころか古代遺跡機構も再現されてるんだぞ? そんな簡単にほいほいと見せていいものじゃないんだぞ! お前は勇者からあの説明聞いて気付かなかったのか?」
「兄さんの話は聞いてなかったんで……」
「お前は本当に……はぁ」
フィブリアさんは僕を解放しつつ、大きくため息をついた。
「まぁ、そこがいいところでもあるんだろうが……とにかく、さっきもいったが、ここはまだ国境を越えてないんだ。慎重にいくぞ。後で記憶消去の魔法を使うからな。特にキッチンの内装は完全に消去させてもらう。これは決定事項だ」
「わかりました。フィブリアさんがそういうなら」
▲▽▲▽
「それじゃあ、早速作りましょう。パンなのでちょっと時間かかっちゃいますけどね」
馬車の中で、僕はエプロンをつけていった。アークさんも頷く。ちなみに馬車の中にいれたら、感動というか、ぽかーんとしてた。フィブリアさんからの視線が痛かった。
いやだって、ほら。いいキッチンて紹介したくなるし、ね?
うん。忘れちゃおう。
用意してもらった食材は、グラハム粉に小麦粉、牛乳、ハチミツ、クルミ。発酵に使うイースト菌はこっちで用意しておいた。ちょっと特別なのを使う。糖分があるとすごく元気よく発酵してくれるヤツ。グラハム粉は膨らみにくいから。後は塩とバターもね。
「まずは粗く砕いたクルミを強火で炒っておきます。こうすることで香ばしくなるから」
「なるほど」
次は生地。
魔法で手をほんのりと温めておく。手の温もりはパン作りにとって大事だからね。
「小麦粉に対して、グラハム粉は二〇%くらいの割合で、塩を入れて混ぜる。綺麗にまざったら、イースト菌もいれてまぜて、次にハチミツをよく混ぜた牛乳をくわえながら、と。指先を使うのがコツですよ。で、全体に馴染んだら、こう、こねていく」
手のひらを使うのがコツだよ、ここは。
「混ざったらバターを入れてこねて馴染ませて、最後にクルミをいれて、こう、こねて、叩いて、こねて、叩いて。生地がまとまるまでっと!」
ここが力仕事。大変だけど、大事な作業だからね。
生地がまとまったら一次発酵。これは時間がかかるので、ちょっとティーブレイク。アークさんが何かまだ不安そうだけど、できあがった時の反応が楽しみだ。
ぷくっと生地が二倍くらいに膨らんだら、フィンガーテストをして、うん大丈夫。
生地を均等に切り分けて、ベンチタイムだ。ここ重要だよ。焦らない焦らない。あ、後、生地が乾燥させないようにしないとね。
終わったら、二次発酵。その後、やっとオーブンで焼くよ。綺麗な見た目にしたいなら卵液を塗るといいんだけど、今回は省略。牛乳がたっぷり入ってるからね。
「さぁ、できたよ」
オーブンができあがりを教えてくれたので、さっと取り出す。
ふわぁっと広がった湯気には、小麦とクルミの甘くて香ばしい匂いがたっぷり染み込んでる。うーん! 美味しそう!
このまま食べたいけど、今食べたら絶対火傷する。ちょっと冷まさないとね。
この時間を活かして、僕はお茶を入れる。甘いパンなので、キレのいいやつにしよう。
お茶をさっと淹れてから、パンの状態を確認して、アークさんとフィブリアさんに手渡す。うん、これくらいなら大丈夫だね。
「いただきます」
アークさんはパンを割る。ふわっと生地が割かれて、少しの湯気と甘い匂い。グラハム粉とクルミの色が混じり合って、綺麗だ。
わぁ、とアークさんは目をキラキラさせながら、はむ。
「んっ、あつあつっ」
「これは、うまいな!」
僕もパンを一口。うん、おいしい。牛乳が入ってるから、ふわふわだし、甘く仕上がってる。クルミの香ばしさと、グラハム粉の風味が追いかけてやってくるから、味がひきしまるんだ。
「すごい、こんな小麦粉でもこんなに美味しくなるんですね」
アークさんは感心して、パンをじっと眺めていた。
「全部をグラハム粉にしちゃうと、やっぱりクセが強いんですけど、小麦粉と混ぜることでそれが抑えられるんですよ。後、甘みを出しているから、アクセントになるし」
「すごくふわふわで、食感もすごくいいです。クルミのザクザク感もそうですけど」
「グラハム粉の粗さを有効活用したんです。それに栄養もたっぷりありますしね」
「それならウリにもなりますね。すぐに親方に教えなきゃ! これなら、村の新しい名物にもなりそうだ! あの、レシピもらっていいですか?」
「もちろん。あ、でも、普通のパンよりかは保存期間短いから気を付けてくださいね」
「はい! ありがとうございます!」
アークさんはぺこりとお辞儀して、馬車を後にした。
すごい勢いでいったなぁ。
「喜んでましたね」
「喜んでたな。元気がいいのは悪いことじゃあないが……」
フィブリアさんはため息をつきながら、そっと馬車を下りる。
記憶を消すつもりだ。
渡したレシピさえあれば、確かに大丈夫だろうけど、ちょっと寂しいかな。一応抵抗として目線を送ってみるけど、フィブリアさんはぷいと視線を外した。
「やはりキッチンの内装を覚えておかれるのは困るからな。噂になったら困るのは他でもない、君と勇者だぞ。分かるな?」
「フィブリアさん……」
「だからキッチンの部分だけの記憶を消してくる。細かい仕事になるから、少し時間がかかりそうだがな。仕方ない」
「フィブリアさん……! ありがとうございます!」
「まったく。そのかわり! 絶対! 馬車の中でおとなしくしておけよ!」
「うん!」
僕は大きく頷いた。
フィブリアさんって、本当に優しい。
そうだ。帰ってきたらすぐ食べられるようにご飯の支度をしておこう。喜んでくれるといいな。
話の中では小麦粉に対してグラハム粉の割合は20%にしてますが、もう少し低くてもいいと思います。ハチミツではなく砂糖を使っても大丈夫です。
もっと甘いのがいいのであれば、クルミをハチミツとあえてから使ってもいいかも。
次回の更新は朝の予定です。
どんどん美味しいご飯、用意しますので、是非チェックしてください。
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