追跡と調査
――いない。
フィブリアさんが、いない。え、どういうこと?
最初は散歩にでもいったのかなと思った。
だから、朝ごはんを作って用意してたんだ。夜寝る前、久々にいももちが食べたいってリクエストしてくれたから、いももちを入れたコンソメスープ。
温かくて、ほっこりするメニューだし。
でも、朝ごはんの時間を過ぎても帰ってこなかった。
「フィブリアさんの気配が、感じられない」
探知魔法は苦手だけど、フィブリアさんの魔力はもう体で覚えてるから、感知範囲内にいれば分かるはずなのに、全然感じることができない。
僕はサナを連れて、町中を歩き回った。
――けど、気配一つ感じられない。いや、痕跡さえ見当たらない。
まるで意図的に消したかのようだ。
フィブリアさんは魔族大元帥。王国に気付かれないで、僕の住んでいた山に忍び込んでこれるくらいだ。隠密行動には慣れてるんだと思う(ボロボロにはなっていたけど)。
探知を妨害する魔法だってあるし。
「フィブリアさん……」
「タクト、どうした?」
サナが声をかけてくれる。けど、僕は返事ができなかった。
――不安だ。不安で不安で、たまらない。
まだ一緒に行動して、何年と経っているわけじゃないけれど、それでも、ずっと傍にいたから。いつもいつもフォローしてくれるし、叱ってくれるし、助けてもくれる。
すごくすごく頼りにしてるんだ。
そんなフィブリアさんが、いきなりいなくなるなんて……!
どうしたのかな、僕に愛想をつかしたのかな。それだったら、一生懸命謝って、悪いところ全部直すのに。フィブリアさんっ……!
「フィブリア、いないな」
「そう、だね……どうしたらいいんだろう」
時刻はもうお昼くらいだ。
そろそろサナにご飯を食べさせてあげないといけない。僕は全然減ってないし、それどころじゃないって感じなんだけど。
ああ、どうしよう。
迷いながら歩いていると、いつの間にか屋台通りにたどりついていた。
ここは活気がある。
本当に。いい匂いもするし。サナはご飯食べたいかな。
「お腹、すいた?」
きくと、サナは首を横に振った。
「フィブリア、さがそう」
「サナ……」
「みんなでごはん、たべるのが、おいしい」
そっか。うん、ありがとう。
でも、どうしたらいいか……。
「あれ、タクトさん?」
俯いていると、声がかけられた。フレッドさんだ。ああ、フレッドさんだ……!
「どうされました? こんなところで。あれ、フィブリアさんが……って、え、え、ええ、タクトさんっ!?」
知り合いを見つけて、僕はもうがまんできなかった。はらり、はらりと涙が落ちる。
ああ、ごめんなさい。
謝っても声にならなくて。
どうしよう、迷惑かけてる、うう。
「とりあえず家にいきましょう、事情をお伺いします」
「おー。かたじけない」
「……えっと、そこの可愛らしいお嬢さんは?」
「サナだ」
「……とりあえず、いきましょうか」
フレッドさんに連れられて、僕はグランさんの家に向かった。
応接室に通されると、すぐに奥さんとグランさんがきてくれた。僕はつっかえつっかえ、なんとか事情を説明する。ひどく支離滅裂で、きっとわかりにくかったと思う。
でも、二人は一生懸命理解してくれた。
「それで、どこを探しても見つからなくて……」
「そうでしたか……」
「フィブリアさん、僕に愛想つかしたのかなって……」
「そんなことはありませんわ、タクトさん。フィブリアさんは芯の大変強いお方。それにちゃんと筋を通す性格の様子ですし、もし万が一、いや、億が一、いえ、無量大数が一そのようなことが起こったとしても、ちゃんと申し出るはずですわ」
うつむきながら、膝の上で指同士を絡めていると、奥さんがそっと両手を乗せてくれた。あ、お母さんみたい。
いや、お母さんだった。事実、グランさんと奥さんの間には、娘さんがいる。
「だから、タクトさんを嫌って出ていったわけはありませんわ」
「……本当に?」
「ええ。それに、こんなに魅力的で可愛くて、放っておけない子を見捨てるなんて、まずできませんもの」
奥さんはゆっくりと僕の頭を撫でてくれた。すごく懐かしい。
優しく、包み込む様に甘えさせてもらってる気がする。あたたかいな。
不安とか、寂しいとか、自分ではどうしようもなかった心が、解ける感じだ。少し落ち着けた気がする。
ふと顔を上げると、淹れたてだろう、湯気のたつお茶があった。
「さぁ、召し上がれ。落ち着く効果がありますわ」
「……ありがとうございます」
僕はやっとお礼をいって、お茶を口に含む。じわ、と、奥から甘さがくる。いいお茶。
「まずはフィブリアさんの捜索ですが……町にいないとなれば、厄介ですな」
「そうですわね。騎士団と冒険者ギルドの方に緊急依頼をかけますか? あなた」
「そうだな……ことを大きくしてしまうが……」
「あの、もしかしてなんですが」
考え込む二人に手をあげたのは、フレッドさんだ。隣にはいつの間にか娘さんもいた。
「どうした、フレッド」
「少なくとも、フィブリアさんがいなくなったのは早朝――いえ、深夜ってことですよね。それって、脱走事件が起こった少し後じゃないですか?」
「……そうか」
フレッドさんの発言に、奥さんは口元を隠して、グランさんは目を大きくさせた。
脱走事件?
気になって目線を向けると、グランさんが難しい顔を浮かべながら口を開いた。
「昨日の夜のことなんだが、刑務所から野盗が脱走したんだ」
「え、そうなんですか?」
「町に被害を出すことなく、町から離れていっているようなんだが……今、手配をかけているところなんだ。とはいえ、足取りを追うのが難しくてな」
「そのことなんだけど、お父さん。手掛かりを見つけたの」
「手掛かり?」
「そう。警備が厳重な刑務所から、どうやって脱出できたのか……犯人は、こいつよ」
娘さんが鋭い眼光を向けると、部屋に入れられたのは、がんじがらめに拘束された痩せこけた感じの男の人だった。服装からして、魔法使い。
魔法使いはびくびくしながらも、応接室の真ん中でたたらふんだ。
「どういうことだ」
「こいつ、魔法で脱走を補助したのよ。依頼金を受け取るためにね」
「し、しし仕方ないじゃないか。その金がなかったら、俺は飢え死にするところだったんだから! 俺は悪くない、俺は悪くないっ!!」
「あの」
いきなり叫び出した魔法使いに向かって、僕は声をかける。
とにかく、この人が重要な手がかりなら、話をしてもらわなきゃ。だから、まずは落ち着いて貰わなきゃいけない。
「静かにしませんか?」
落ちたのは、沈黙。
何故か魔法使いが顔を青くさせながら口をぱくぱくする。あれ、なんでだろ。でもとりあえず、静かに話をしてもらえそうだ。
「とりあえず、どういうことなんですか?」
「……俺は、ティタっていう魔法使いだ。呪術研究を専門にしてる。長年、研究に人生を費やしてきてて、最低限の生活費で生きてきたんだ。けど、ある時、高額な魔法薬をもってきた連中がたずねてきて、俺に魔法道具を作れって……」
「魔法道具?」
「特殊召喚式魔法道具よ」
娘さんが低い声で答えて、周りの空気がまた冷えた。
僕も知ってる。
膨大な魔力を引き換えに、この世ならざるものを召喚するというもの。確か、今は絶対に作ったらダメな道具だったよね。世界各地で禁止の法律を作ったはず。魔法使い協会も全面的にお触れだしてたし。
なんでそんな危険なものを。
「けど、材料が足りなくて開発に時間がかかって……俺が立て替えてたんだ。そしたら、奴等、代金を踏み倒しやがったんだ! しかも勝手に捕まりやがって……!」
「それで、脱獄させたんですか?」
「そうだ。ツテを使ってな。確か、屋台の出店を禁止された連中だ」
出店を、禁止された? あれ、覚えがあるぞ。
「ああ、タクトさんに変なちょっかいをかけた……ガラが悪いと思ってたけど、裏でそんな連中と繋がっていたのか」
グランさんが嫌悪を見せる。
もしかして、その捕まった野盗っていうのも、僕とフィブリアさんが眠らせた、あの連中なのかな?
「そいつらを使って、いろんな魔法道具を使って脱獄させた」
「その痕跡から追って、見つけて確保したってコトなんだけど」
「あいつら、俺をエサにして逃げやがったんだ! 確か、女を拉致した時だったかな」
「……女?」
「ああ。セミロングくらいの髪で、オッドアイだった」
……っ!
フィブリアさんだ。
僕は思わず立ち上がって、魔法使いの肩をつかんだ。
「どこにいるか分かるの?」
「あ? もちろんって待って、ちょっとまって、ねぇまって? 痛い。すっごく痛い。ねぇ肩が軋んでるんですけど、ミシミシいってるんですけど、あ、ちょっとぽきっていった」
「どこにいるの?」
「お、俺の作った魔法道具には追跡魔法をかけてるんだ。だから……追跡用の魔法水晶を使えば、方角と距離はすぐに」
「今すぐ調べて」
「あっはい」
僕が顔をあげると、すぐにグランさんたちが動いてくれた。
ものの数分で魔法水晶が準備されて、魔法使いが調査に入る。
「見つかった。北の方角に、二百キロだ。もうそんな距離に」
魔法使いを含め、みんなが驚く。
フィブリアさんだ。フィブリアさんなら、それぐらい移動できると思う。
でも、どうして? フィブリアさんが拉致されたんだろう。
いや、詮索は後だ。今はすぐにフィブリアさんのところへ行かないと。
「ちょっと魔法使いさんを借りますね」
「借りるって? え、なんで首根っこを?」
「タクト、わたしもついていくぞー」
「うん、分かった。置いていかれないように気を付けてね」
ごめんね、フィブリアさん。約束を破るよ。
僕は意識を集中させて魔力を高め、古代魔法を発動させる。
「――!? なんだ、この難解極まりない魔法陣はって、え、ええええええええっ!?」
僕は窓を開けて、発動させた魔法陣を蹴った。
ずどん、と衝撃がきて、僕らは一気に空へ跳躍する。
また足に魔法陣を出現させて、蹴る。そして、加速。
「おー! はやいな、タクト」
ぐんぐんスピードをあげていると、サナが追いついてきた。ドラゴンの翼だけを展開して追いかけてきてる。
普通の人には見えないように隠蔽魔法をかけてあるから、大丈夫だね。
「よし、急ごう」
僕は、更に加速した。
こんなに感情が揺れるタクトは初めてです。
そして自重?
しらない!
次回をお楽しみに!
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