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キッチン馬車と旅立ち

「旅立たせる? どういうことだ」

「そのまんまの意味だよ。タクトは世界を知らないからな。この山しか」


 ちらりと兄さんは僕を見てから、フィブリアさんに目線を移す。

 あれ、なんかすごく話の流れが早いぞ。どうして僕のことになってるんだろう。


「……なるほど、勇者の弟、という枷か」

「そうだ。その枷を作ったのも俺だ。だから、俺がなんとかしてやりたいんだよ」

「えっと、兄さん? つまりどういうこと?」


 僕は思わず口を挟みこんだ。今ここできいておかないと、きっとわからなくなる。

 すると、兄さんは微笑みながら僕を見た。


「ま、外に出てみた方が早いな。ちょうどいい」


 兄さんに促され、僕とフィブリアさんが表に出る。

 家の周りは森だけど、ちょっとした広場にもなっている。洗濯物を干したりするのに必要だからだ。後、運動で身体を鍛えたり。だからそこまで広くはないんだけどね。

 そんな中心で、兄さんは手を二回たたいた。

 ぼわっ、と白い霧のような煙がわきあがって、何かを出現させる。


「なぁタクト。お前の本当の夢って、なんだっけ?」

「僕の本当の夢?」

「うん、そうだ」


 改めてきかれて、僕は少しだけいいよどんだ。


「……レストランを開くこと。あと、いろんな世界を旅してみたい」


 僕には、とっても難しいことだ。だって、僕は勇者の弟だから。外に出ることを、許されていないから。


「そうだったな。お前は誰よりも料理が大好きで、誰かを笑顔にすることが好きだ。だからさ、兄ちゃん、これを用意したんだ」

「馬……車?」


 最初はそう見えた。けど、よく見ると違う。色々と作りが違うんだ。

 馬車のようだけど、対面式のカウンターとかがついてるし、結構大きい。見た目は木製だけど、実は魔鋼鉄アダマンタイトだ。かなり高価な代物のはずだ。


「え、これって……?」


 兄さんに入るよう手振りで促されて、僕は扉を開けた。


「わぁっ」


 思わず声を出してしまった。だって、中身は豪華なキッチンだったからだ。

 三口の大きいコンロに、オーブン。流し台もあるし、あの魔導冷蔵庫や魔導冷凍庫まである! 他にもたくさん……! なにこれ、憧れの最新キッチンじゃないか!!


「す、すごいっ……!」

「タクトの強い、二つの夢。それを同時に叶えられるものはないかなーって思って、ずっと考えてたんだよ。そしたら、これが浮かんでさ」

「兄さん…!」


 僕の夢、ずっと覚えててくれたんだ……! 小さい頃、一回だけ口にしただけなのに!

 ああ、でも、このキッチン、冗談抜きですごい、本当にすごい! 家にあったものとは全部が段違いだ! ああ、綺麗……!


「世界各地にある遺跡メガリスの記憶から再現したんだ。だから性能はかなり高いぞ。色々と機能があってな。例えばオーブンにしてもすぐに加熱できるようにしてるし、冷蔵庫だってエリアによって温度を変えられたり……って聞いてる?」

「え? あ、いやごめん。聞こえてなかった」

「お前なぁ……ホント、料理ってことになると目の色変わるな……」

「でもこれだけ揃ってたら、いろんなレシピを再現できそうだよ! っていうか、これ屋台にもなるよね?」

「無視がすごいな。ああ、なるぞ。っていうか今説明しようとしてたんだけどな……」

「すごい、移動屋台じゃないか! 色々なところで、そこで店が開ける! すごい、画期的だ! わぁーっ!」

「おいおい……本当に変わってるんだから。まぁ、いいか。喜んでるし」


 苦笑してる兄さんを横に、僕ははしゃぐ。だって我慢できない! すごい、すごい!


「ねぇ兄さん、僕、これに乗って外に出られるの!?」

「ああ、そうだ。出られるぞ。出られるようにしてやれるようになったんだ」

「本当に!? すごい……!」


 ああ、泣きそうだ!

 たまらない! ずっと憧れだった外の世界。ずっとずっと、僕は誰かを笑顔にしたかった。僕にできることで。

 僕は兄さんのように強くない、けど、料理ならできるから、料理で人を喜ばせたかった。笑顔にしたかった。それが、叶うんだ。


「確かにすごい代物だが、これで弟を逃亡させるのか?」

「んなことしたら、弟が自由に動けないだろ。要するに王国の政治家連中の目さえ誤魔化せばいいんだ。そもそもタクトの顔を知ってるヤツなんて数えるくらいだし」


 フィブリアさんの言葉に、兄さんは苦笑しながら否定した。

 ――そう。僕に自由はない。

 何故なら、僕は勇者の弟だから。

 兄さんには強い勇者の適性があった。そして、それは僕にも備わっていた。だから、王国は僕だけを魔族からも、誰からも必死に隠した。兄さんが勇者になって、もしその兄さんに何かあった時、すぐに勇者として僕を出せるように、訓練だけ施して。

 実際は杞憂に終わったわけだけど。だって、兄さんが負けるはずがないしね。


「タクトはずっと不自由だった。俺が表舞台に立っても、どこにもいけなかった」

「うん。でも、たまに兄さんが遊びにきてくれて、いろんな料理の本を買ってきてくれてて、それは嬉しかったなぁ。ボロボロになるまで読みこんで、いつか作れればいいなって」

「うん。その時は今なんだよ」


 兄さんはちょっと俯いた。


「世界はもう平和になった。だから、弟を縛りつける理由なんてどこにもない。けど、王国の連中は渋っててな」

「体裁か」

「そうだ。本気で下らねぇ」


 フィブリアさんの言葉に、兄さんは吐き捨てるようにいった。

 こういう時の兄さんは本気で怒ってるときだ。小さい頃と同じクセだなぁ。


「それで? 俺にひと暴れさせて、家とか壊して、弟を逃がすのか?」

「んなことしたら国際問題になるだろうが。それにお前の命も危うくなる。それはダメだ」


 兄さんは即答する。すると、フィブリアさんはまた目をまんまるにして口をあんぐりさせた。ちょっとカワイイかもしれない。


「……」

「なんでそんな意外そうな顔してんだ、フィブリア」

「いや、兄弟だなと思って。魔族の命の心配をするとか、お前も酔狂ものだ」

「俺だって好きで魔族とやりあったワケじゃねぇし、和平条約を結んだ以上、尊重するべきだろ。っていうか、今はそこじゃないんだ」

「弟を逃がす算段、か? それで、俺はどうしたらいいんだ?」

「算段はもうついてる。だからタクトと一緒に行動してくれ。そして守り導いてくれ」


 沈黙が落ちた。


「お前ならできるだろ。魔族の中でも常識あるし、理性も強いし。世間だって知ってる」

「いやいやいやいやいやいやいや、ちょっとまて、大いにまて」


 ようやく我に返った感じで、フィブリアさんは兄さんに詰め寄った。それも一瞬で。


「勇者。お前は何を考えてるんだ。アホか。それともアホか、アホなのか!?」

「人をいきなりアホ呼ばわりすんな!」

「アホ呼ばわりの一つでもしたくなるわ! お前分かってるのか、俺は魔族だぞ! たった今まで、お前と、お前の弟を殺そうとしてた魔族だぞ!?」

「だからどうした。お前はさっき何でもするっていっただろ」

「そうだけど! おい、勇者の弟! お前も何かいってやれ! 嫌だろ、俺と一緒なんて!」

「え? 全然嫌じゃないですけど。だって助けてくれるんですよね?」

「しまったぁあああああ! きく相手を間違えたっ!」


 素直に答えたはずなのに、フィブリアさんは何故か崩れ落ちた。ますますカワイイ。

 いや、でも。ちゃんと伝えないとね。


「本当に嫌じゃないですよ? 攻撃してきたのも、ちょっと行き違いがあっただけですよね? それに、その、フィブリアさんって、悪い人じゃないように思えるし」

「俺は魔族だっ!」

「ああ、ごめんなさい。悪い魔族には見えなくて」

「訂正するのはそこじゃないっ! 魔族は総じて人類にとって悪だっ!!」

「でも和平協定結んだじゃないですか」

「そうだけどなっ!? そうなんだけどな!?」

「だから魔族が総じて悪なんて偏見ですよ、フィブリアさん。だって、僕はそう思ってませんし?」

「~~っ!! おい勇者っ! なんとかしてくれっ!」


 すがりつきながらフィブリアさんは兄さんに訴える。でも、兄さんは清らかささえ見える微笑みを浮かべながら首を振る。


「無理」

「お前ええええええええええっ!!」

「あの、フィブリアさん」


 血の涙さえ流す勢いのフィブリアさんを見て、僕はちょっと申し訳なくなった。

 僕としては一緒にいてほしいんだけどな。

 ちょっと、ダメなのかな? どうしてなんだろう。魔族と人だからって理由はおかしいよね。きっと、もっと何かがあるんだよね。


「僕じゃ、ダメなんですか?」


 だから、直接きいてみた。

 もし僕に悪いところがあるなら、直さないといけないし。


「その、確かに僕は世間知らずです。今まで外の世界なんて知らないから。でも、世界を見てみたくて……誰かを笑顔にしたくて。そうだ、美味しいご飯も作りますから、その、一緒にきてくれませんか?」

「……――――っ!」


 ぺこり、と頭を下げる。これでダメだったら、どうしよう。

 しばらく待ってると、大きな、本当に大きなため息が出た。


「おい勇者。この子についていって、守り導いてやれば、今回は不問に付すんだな?」

「ああ。ちゃんと色々と手を打ってやる」

「本当に、俺でいいんだな?」

「むしろお前だから思いついたんだよ。弟を解放してやるには護衛が必要だったんだけど、それに似合うやつは中々見つからなくてな。でも、お前なら条件を満たしてる。そこそこ強くて常識があって、そして王国の連中とかかわりがなくて、世間の目も誤魔化せる」

「……わかった。いいだろう」


 頭をガリガリかきながら、フィブリアさんはいってくれた!

 僕は我慢できなくなって、反射的にフィブリアさんに抱きついた。


「ほんとですか! ありがとうございます!」

「うわぁっ! いきなり抱きつくな! ってまったまったギブギブギブギブ! 骨! 骨が軋んでるから!!」

「わ、ごめんなさい」


 訴えられて、僕は慌てて離れる。


「ついでに耐久性な。一応防御の護符も渡しておくけど」

「気休め程度になりそうだがな……いただいておこう。それで? いつ出るんだ?」

「あ、そっか、準備とかあるもんね」


 少しだけ僕は気落ちした。いわれればその通りだ。すぐに出立できるはずがない。

 馬の手配とかもあるだろうから、少なくとも三日くらいはかかるのかな。


「ん、すぐだな。もう準備は済ませてある」

「えっ、そうなの?」

「路銀も着替えも用意してある。必要な設備はあの移動屋台に全て備わってるし。後、いるとしたら調理器具くらいか? ほら、お前そういうの愛着もってるだろうし」

「兄さんっ……! うん、すぐにとってくるよ!」


 僕はすぐに踵を返して家に飛び入った。

 ずっと、ひとりぼっちだった僕を支えてくれた調理器具たちには、兄さんのいうように愛着がある。小鍋も、寸胴鍋も、包丁も、まな板も、全部!


 全部回収してから、僕はからっぽになったキッチンを見た。


 少し寂しくて。でも、見送りをしてくれているようだ。

 僕は泣きそうになるのを我慢して、精一杯の笑顔を浮かべて、キッチンに頭を下げる。


「今までありがとう。いってきます」


 そして僕は外に出た。

 ああ、わくわくする! これから何が起こるんだろう! どんな世界が待っているんだろう! 本当に、本当に!




次回の更新は20時~です!

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お読みいただき有難うございます
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新連載はじめました! 追放ものです! ぜひ読んでお楽しみください!
料亭をクビになったけど、料理人スキルが最強すぎたので傭兵やることになりました。
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