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大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第三章  赤銅色の旗
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第四部 「赤銅の航海者」 27

    Ⅴ



《ケルト海 反転海域内部 中核部分からおよそ五十キロ地点》


 距離が近づくにつれて徐々に回避困難な砲撃が増えてきた。

 届く砲門の数も増えて行動制限もかかってくる。戦艦たちに関しては回避を諦め、跳弾に重きを置いている。

 次第に砲台艇が姿を見せるようになり艦隊は受けて立つ。


「中に入って六時間か……」


 さすがに疲労も見え隠れし始めている。

 昼食は戦闘中にとっているが休息をとるような余裕はなかった。


「艦長、十時方向から砲台艇が多数来ているよ」


「だいたい二十艘くらいか」


 双眼鏡で見えた砲台艇はそのくらいだった。

 砲台艇の射程は15キロで統一されていることは明確だが数が多いと倒すのは骨になる。しかも砲台艇との距離は大体20キロ前後もあり砲撃が届くのは榮倉の乗艦している『紀伊』を含めた戦艦の四隻だけだ。

 ここにいる巡洋艦はみな艦橋が高いので見えるようだが艦橋の低い艦になると水平線に隠れて確認すらできないこともある。


「いけるか?」


「やってみる」


 砲塔が回転し左舷前方を向く。数秒の仰角照準の直後に空気が震える。

 轟音が海をへこませ、途方もない熱量を吐き出しながら直径五十一センチもある巨大な砲弾を撃ちだす。

 鮮やかな放物線を描いた砲弾は的確に砲台艇をとらえ着弾と共にさく裂、砲台艇を撃沈至らしめる。

 両隣で『紀伊』の砲撃を見ていたサセックスとフィウメが感嘆の声を漏らす。


『アウトレンジショット。さすがだな』


『少しは巡洋艦にもいいところを見せてくれないとねえ』


『それよりあまりにも中に入ってからの攻撃がワンパターンだね。ここまでうまくいくと罠じゃないかと勘ぐってしまうんだけど……。僕の考えすぎかな……』


 フッドの言う通り予想に反して抵抗力が弱い。むしろ外よりも砲台艇が少ない分中の方が進撃しやすいとすら感じてしまう。

 無論、上空からの航空攻撃がある分だけ進行方向を阻害され、ルートをずらされることはあるが『大鷹』と『信濃』の二隻を脅かせるに至っていない。脅威という脅威がほとんどないのは恐ろしさすらある。

 中の防御は最初から手薄だったのか、または別の理由があるのかは定かではないが、明日には反転海域は陸上を覆うことになる以上は撤退するという選択肢は残されていない。


「考えすぎても意味がないな。今は目の前に見える敵と水中と水上と上空だけを見ていればいい。あとのことは俺が考えておくから」


『頼んだよ。司令』


『アドミラールらしくてこっちもやりやすいな』


 直後に『サセックス』と『フィウメ』の二隻が砲台艇を射程に捉え、砲弾を浴びせる。

 被弾後に気になることを言っていた『フィウメ』も航行にも砲撃にも影響はなさそうに見える。艦首の穴は早めに修理しておく分には悪いことはないがそんな余裕もない。影響がないと本人も言っている以上は進撃に時間をかけたくはなかった。

 日もだいぶ傾いており榮倉は夜戦も視野に入れている。

 夜の抵抗力は未知数だがここまで来てやらないという選択肢はない。

 日没までは二時間を切っている。

 できることなら未知数の夜までには戦闘を終わらせたい。

 自然と焦りが生まれてくる。

 艦橋内はひどく寒いが冷や汗は止まりそうになかった。


「艦長……」


 服の裾を紀伊が心配な顔をして掴む。

 さすがに焦りが同乗者の彼女にも感染したのだろう。


「悪い。大丈夫……。もう少しだから」


「ほんとに?」


「ああ……」


『ダメよ。紀伊。その人は大丈夫じゃないから』


 フィウメたちには聞こえないオフライン回線でスピーカーから声を出したのは先頭のシャルンだった。


『紀伊、少し彼の声を他に聞こえないようにしておきなさい。他の子たちにも不安が伝播しかねないから』


「……。わかった」


 戦闘の動きはほとんど無線の連絡なしで連携が取れるくらいに熟練度が増しているので突発的なことが無い限り開く必要はなかった。仮にフィウメたちからの連絡が入ってくれば聞こえるようになっているが榮倉の声はあちらには届かないようにシャルンが紀伊にそうさせた。


『あなた、やっぱり不安なんでしょ。この際だからため込んだ分はこの私と紀伊に言っておきなさい。私たちはあなたの弱さも強さも知っているから』


 子供を諭すような声だった。


「艦長……」


「そうだな……。二人には隠し通せそうにないってことは分かっていたよ」


 榮倉は肩の力を抜いて艦長席に腰を下ろす。


「シャルンの言う通りここから先は不安しかない。もしかしたら一瞬の判断ミスで、ここにいる艦隊のみんなを巻き込むかもしれない、これが仮に失敗した時にどれだけの害を被るのかは想像もできない、成功したとしてもスペイン警察には迷惑をかけている以上、敵を作ってしまったのは明確で犯罪者になるかもしれない、そうしたら妹にも菜月にもアリシアにも伊織にも……。いや、俺に係わったすべて人間に悪影響を及ぼす」


 成否とは別に不安は消えそうになかった。

 結果がどうであれ世間が納得できるような事後処理ができるほど要領が良い自信はない。これまでも後先考えずに突き進んできたが事後処理はすべて周りの支えがあったからこそどうにか解決できた。

 今回のスペイン警察は真っ当な理由のもとでフッドを確保し、検査しようとした、仮に戦人であるかそうでないかは別としてもスペイン警察が預かっていた身柄を勝手に奪い、連れ去ったという事実だけが残る。

 榮倉が戦人を人間だと主張しても世間一般論は人間ではないという意見が多い以上は納得してもらえないことの方が多い。


「もう、これ以上は誰かが死んでしまうところを見たくないんだ……」


『それが私たち戦人でもなのかしら?』


「決まっているだろ。ビスマルクが亡くなったと知ったときは心に隙間ができたような感覚だった。すっかり忘れていたよ……。二度とあんな感覚は味わいたくない」


「あたしと、一緒……?」


「かもしれないな。誰かが沈むところなんて見たくない。全員で帰りたい」


 自然と目頭が熱くなる。

 しかし、心に決めたことがある以上涙だけは流さない。

 それが許されるのは強くなれた時だけだ。

 そうだろう、と胸に下げられたペンダントを強く握りしめる。

 もう十年以上も前にもらった思い出の品だが大事に扱っていたこともあってそれほど傷ついていない。

 ただ時の流れはペンダントの中の写真が物語っていた。


「正直さ……。誰かに替わってほしいくらいだ……。もう艦隊の司令官なんて大役は譲りたい……」


『それだとフィウメたちはついてこないかもしれないわよ』


「それでも大役から逃れられるのなら、って思う」


 けど、と榮倉は付け足す。周囲の艦艇を見ながら。


「こいつらを今導けるのが俺しかいないんならやらないと―――」


 決意を表明しようとした榮倉を遮ったのはシャルンでも紀伊でもない声だった。





『だから無理すんなって言ってたろ。司令』





 フィウメの声だった。

 榮倉の声は聞こえていないはずだ。


『どうしてって感じだな。別にのぞき見していたわけじゃないんだけどさ。司令の船を見ていたら何か話しているみたいなのにこっちには聞こえないからちょっと読唇術をな』


「読唇術ってどんだけ離れていると思っているんだよ。双眼鏡でも使ったのか」


『いや私はほかの子と比べて目が良いからさ。ここから司令の口の動きだけでなくボルトの本数もわかるよ』


「視力が良いってレベルじゃないだろ」


『それってあなただけなのかしら?』


『安心していい。英国淑女は目が悪い方みたいだしトレントは並みだ。フッドは知らんが後ろにいる以上は見えていないだろ。それより司令。戦場ってのは上官だけが戦っているわけじゃなくて下に就いているたくさんの部下と一緒にあるってことを忘れないでほしいね。不安なのは私も一緒さ。確かに部下に不安を伝播させるのは良くないから隠す人もいるけどさ。司令の場合は隠しきれていないんだよねえ』


『イタリア人の割には察しがいいようね』


「艦長は隠し事が下手」


「そう一斉に言われると形無しだな……」


『たまには私を頼ってくれてもいいんだよ。仮にシャルンホルストがいなくても、紀伊がいなくても私がいるじゃない』


「……。」


『それは聞き捨てならないセリフね。私が艦長のへぼいところを見逃すとでも思っているのかしら?』


「艦長との時間はあたしの方が、上だからね……。桜には負けるけど」


『まあうるさいドイツ人と幼女は捨てておいてもっとフィウメを頼りなさいってことさ』


 彼女は《戦人》としてではなく一人の人として頼ってもいいと言っているのだろう。彼女の察しの良さはこの場では群を抜いているだろう。

 シャルンや紀伊、菜月、伊織、アリシアが妹だとしたらフィウメは優しい姉という印象だった。フィウメが姉だったら榮倉は彼女のことを誰よりも頼っていただろう。


「ここまで見透かされていると隠す気にもならないな。でも、肩の荷が降りた気がするよ。サンキュー」





『いいよ。お礼は終わった後で耳にタコができるくらい聞いてあげるからさ』

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