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大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第三章  赤銅色の旗
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第四部 「赤銅の航海者」 25

    Ⅲ



《フランス パリ》


 居残り組の三人の少女たちは外出せず、ホテルでテレビの前に釘付けになっていた。

 画面には現在の反転海域の様子が生中継で流されているが、数時間前に艦隊が赤い雲の中に入ってから一切の変化がない。現地ではたびたび砲撃の轟音が響いているようだが、めぼしい変化は起きていなかった。

 ただ、数時間の間に反転海域が侵出し、イギリスのシリー諸島を飲み込んだ。

 榮倉たちが出港したブレストも今日中には飲み込まれる可能性は十分にある。

 居残り組の菜月たちも安全とは言えない状況だった。

 海域の侵出によって領土に明確な被害を受けたイギリス海軍はついに迎撃艦隊を編成させるために船を集結させている。


 それが間に合うかは別として榮倉の戦いを間近で見ていた菜月やアリシア、伊織にとっては安心する部分もある。あまりにも関心のなかった世間がようやく目の前の問題に立ち向かい始めたのだが、目に見えて行動が遅かった。

 イギリスのブライトンに集められている艦隊が集結するのが早くとも明日以降で航空攻撃が可能になるのは半日もかかる。


 イギリスが反転海域に前向きになったことはよかった。

 しかし、別の問題もある。

 榮倉が研究対象に大学病院に搬送する予定だったフッドを連れ去ったことだ。正確には連れ去ったのは榮倉ではなく葛西哲也という男だという話だが、間違いなく榮倉大和を批判の矛先にするだろう。

 スペイン警察は大事にはしていないが反転海域が消滅した暁には声明を出すだろう。


「どうするわけ? あっちが納得できるだけの材料はあるのかな」


「正直、こちらの手札はほとんどが状況証拠のようなもので物的証拠がありません」


 証拠もないのに決めつけるな、とよくミステリーもので容疑者が放つ言葉だ。しかし、実際証拠というものは必要不可欠だ。

 フッドを連れ去ってまでしなくてはならなかった明確な常套句を用意しなくてはならない。


「相手はお偉いさんだからね。熱血的な演説じゃ足元を掬われるだけだからもう少し明確な、相手の言葉を詰まらせるくらいの一言がないと」


 菜月たちは重要な役職を担っているが、ふたを開ければ女子高生二人と女子中学生という至って普通の学生に過ぎない。彼女たちには周りを黙らせられるような地位もなければ言葉も持っていない。

 人生を倍以上生きている大人を相手にするには時間という壁が少なからず存在する。

 時間と共に培われる人を魅了する常套句に菜月たちが抵抗できるとは到底思えない。


「それでも、私たちにできるのはあの人を少しでも支えてあげるくらいですから……。たぶん、大和さんはこんな文書作っても途中で勝手に演説を始めて自分の言いたいことを、言いたいだけ言うと思いますけどね……」


「確かに、否定できない」


 榮倉大和という男と知り合ってまだ一年も経っていないが、彼の人となりは間近で見てきた。たとえ無駄としてもこれは自分の、自分だけの居場所だ。

 しばらくテレビの音声だけが流れる。

 パソコンに使えそうなものを入力していると横に紅茶のカップが置かれた。


「一度休憩にしませんか。もうお昼回っていますよ」


 銀髪を赤いシュシュでまとめたアリシアは伊織のところにもカップを置く。


「そうですね。お昼はまたサンドイッチにしますか?」


「たまには外食しようよ。さすがにここのサンドイッチは飽きた。それは別にして、アリスちゃんが髪まとめているなんて珍しいね。何かに触発されたかな?」


「い、いえ、そのようなことはないです」


 顔を赤くして伏せる。


「んー……。でも銀髪に赤の髪留めは悪くないと思うけど、なんか単調よなんだよね。ちょいと失礼」


 アリシアを椅子に座らせると背後に回って鏡を前に置く。

 赤いシュシュを一度外すとテーブルに置いてあったヘアブラシを取る。


「とりあえず、こんなんはどうかな?」


「それではそのまま伊織さんではないのですか?」


「やっぱバレた」


「あの、何をしているんですか」


 少し離れた場所で二人を見ていた菜月が紅茶を飲みながら聞く。


「ヘアコーデ」


「それは見ていたら分かりますよ」


「せっかくだし菜月ちゃんもする……って菜月ちゃんは黒髪ロングのそのままが一番いいから余計なことはしない方がいいかもね」


「そ、そうですか?」


 髪をくるくるといじりながら顔を赤くする。


「んでアリスちゃん。これはどうかな?」


 伊織はそう言ってアリシアの髪を赤いシュシュで留めてハーフテールにする。紀伊とほとんど同じ髪型だが、黒髪か銀髪なのかだけで受ける印象が大きく違うようでアリシアがこの髪型にすると落ち着いていて大人な女性に近く感じた。


「さすがに同じは……どうかと思います」


「個性がほしいんだね……。ぐぬぬ」


 髪をほどくとヘアブラシで後ろにまとめてハーフテールとは違ったハーフアップというまとめたポニーテールと後ろ髪を流した大人な髪型という印象のヘアスタイルにする。

 アリシアなら似合わない髪型のほうが少ないと思うがこの髪型も似合っている。

 髪型の多様性にさすがに嫉妬を覚えてしまう。


「良いですね」


「でしょー」


 にぃと満足そうな笑みを浮かべる。


「最初はツインテールをしてみたのですが子供っぽかったので、仕方なく」


「じゃあもう一個シュシュあるの?」


「はい。ありますけど……」


「それを早く行ってくれないかなー」


 ふわっと結んでいた髪をあっという間にほどいた。

 しっかりと結んでいたがほとんど癖が付くとことなく元のストレートに戻る。

 アリシアが出してきたもう一つの髪留めを受け取ると伊織はすぐにヘアブラシで髪型を作る。


「これでどうかな?」


「あ、可愛いですね」


 菜月も思わずそういう。少し背伸びしている印象を受けた前の髪型と違って年相応な可愛らしさを発揮している髪型はまたこれ以上に似合っている。


「でも、これは子供っぽ過ぎないでしょうか……」


 ツーサイドアップにまとめられた髪に唯一アリシアだけは不満そうだった。


「まあまあ、とりあえず紅茶でも飲んで一息つこうよ」


「髪型は良いとしてお昼ご飯はどうするのですか? 外食するのであれば支度します」


「あー、なんか面倒くさくなったからここのサンドイッチでいいや。下のレストランに行こうよ」


 一人支度を済ませた伊織は先に部屋を出る。

 アリシアも髪を戻すのも面倒なのでそのままの髪型で上着を着て部屋を出た。菜月も後を追うように部屋から出る。

 一階のレストランはフランスに来てから何度も来ている。

 朝のベーコンエッグは絶品だったが、さすがに一週間近く同じメニューを食べているとさすがに別のものが食べたくもなる。何より、しばらく米を食べていないので慢性的なお米欠乏症のような状態だ。

 また来たのか、みたいな顔をしている店員さんの横を通り過ぎるといつもの四人掛けの席に三人で座る。

 メニューはもう覚えているのですぐに店員を呼んで三人とも注文を済ませた。


「うーん、さすがにお米が食べたくなってきた」


「だったら外食にすればよかったんじゃないですか。日本食の店はいくつかあるみたいですし、お米くらいなら食べられますよ」


「いやー急に外に行くのが面倒になったからね。それならさ。夜に行かない?」


「夜ですか?」


 店員が全員分の飲み物を本人の前に置く。

 アリシアは紅茶で菜月は麦茶、伊織はコーヒーを一口飲む。


「そうお二人が愛しの大和くんも誘って」


「「ぶっ!」」


 二人同時に吹き出しそうになった。

 アリシアはせき込みながら冷静を装おうとしているが耳まで赤くしているので、わかりやすい子だ。菜月に関しては隠す余裕もないようだ。


「ななななななななななななななななんで! なんでそこで大和さんが……!」


「私は榮倉さんを尊敬しているだけであり恋愛感情というのは」


「お二人さん」


「「はい」」


 小悪魔的な笑みを見せる。




「青春だねえ」

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