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大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第三章  赤銅色の旗
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第四部 「赤銅の航海者」 23

    Ⅱ



《ケルト海 ブレスト湾》


 明朝。

 決戦の時が訪れた。入港時は大勢いた港の野次馬も早朝ということもあってか人影はまばらでほとんど姿がなかった。決戦前の見送りが少ないことは残念だが、榮倉はまだ真っ暗な水平線に向けて出港した。


 ドイツの戦艦『シャルンホルスト』を先頭に正三角形の陣形を形成した艦隊は中央には榮倉の乗る『紀伊』と『信濃』と『大鷹』を覆うように形成。戦艦『紀伊』の左右前方に『フィウメ』と『サセックス』が配置され、後方左右に『長門』と『陸奥』が配置されており、航空母艦二隻が『紀伊』の後方を進撃し、最後方には左に『トレント』が入り右に『フッド』が入った。この二隻がディフェンダーの役割を果たし、的確なフィードを送るように前方の支援を行う。

 進撃陣形はこの状態だが、いずれ手詰まりになることはある。

 対策はいくつか用意されているができる限り使わないことを祈るばかりだ。

 目的の砲台艇が配置される距離に至るまでにわずかに朝日が顔を出そうと空をわずかに明るくしていた。

 何より想像以上に反転海域の進出が早い。

 昨日、サセックスたちが撤退を決めてからまた範囲を広めていた。

 先頭の『シャルンホルスト』が砲台艇を射程に捉えるころには空は白み始めていた。

 榮倉は確認すると開戦の狼煙になる砲撃を指示した。


「てえええええええええええええええええええええ!!」


 戦艦『シャルンホルスト』の前方主砲六門が轟いた。

 地響きのような空気圧を後ろの艦まで届かせながら放たれた砲弾は曲線を描き、先頭の砲台艇を撃沈せしめた。

 どんな攻撃にせよ射程ギリギリの相手に初弾を命中させる技術は類稀だ。

 続けて射程に捉えた左右前方の『フィウメ』と『サセックス』が砲撃を行う。

 砲撃とほぼ同時に射程に捉えた『紀伊』も規格外の砲を容赦なく撃ち放った。

 まばらな攻撃だがそれぞれの命中精度と三日間で培った連携力が相まって確実に砲台艇の戦力を削ぎ落としていく。

 攻撃を開始した水上艦とは別に紀伊の後方の二隻の航空母艦は発艦準備をするだけで攻撃に参加しない。

 相手の空の動きが読めない以上はこちらから攻撃するつもりはなかった。

 先頭の『シャルンホルスト』が放った砲撃によって砲台艇の防御に隙ができた。


「よし『長門』と『陸奥』は展開! スペースは『トレント』と『フッド』で埋める!」


 榮倉の指示が入ると二隻の日本戦艦は左右に広がり前方の攻撃支援を行う。

 空いた場所には『トレント』と『フッド』が入る。中心突破の陣形を形成する。このまま一気に雲の中まで入ることができればと思ったが、やはり戦場はそう簡単に思惑通りになってくれない。

 反転海域内から航空機が出現した。


『アドミラール! こっちから来たぞ!』


 サセックスの方角から現れた航空機は先頭の『シャルンホルスト』と『サセックス』に狙いを定めている。


「全航空隊! 発艦! 頼んだぞ」


『了解です!』


 前回は二日前で予期していなかったことで発艦が遅れて『フッド』の被弾という状況が作られてしまったが今回も同じ手を食うわけにはいかない。

 事前に準備されていた航空母艦の航空機が反転海域からの攻撃機を容易に撃ち落とす。

 そして数秒後に地震のような空気の振動が響く。


「来るぞ! 全艦取り舵いっぱい!!」


 次こそここまでで一番の反転海域の脅威だ。

 指示の数秒後に全艦艇が一斉に左に転舵する。

 刹那、砲弾が今までの航行ルートに着弾、巨大な水しぶきを上げる。

 先頭に立っていたシャルンホルストはフッド同様に砲撃が雲を突き破った瞬間に反転海域を垣間見た。


『くそったれ……』


 シャルンの歯軋りする音が『紀伊』のスピーカーを通して聞こえてくる。

 以前にフッドが言っていたことを目の前で確認したのだろう。

 シャルンは複雑な感情を噛みしめ、拳を強く握る。

 彼女の今の感情は複雑だ。友人と再会できた嬉しさもあったが、それ以上にあれほどの怪物になってしまった後悔と友人のために動こうとしなかった自分の愚かしさ、たくさんの感情が膨れ上がる。

 それは覚悟していたことであってもいざその時が来ると受け入れられないものだ。

 榮倉はすべてを分かっていた。

 自身もその友人のことをよく知っていて、彼女がどこまで高貴で華やかだったのか、どれだけ人間味のある人だったのか、彼女はスポーツが好きでシャルンとの間にスポーツ観戦に影響ができるような行動はしないという約束をしていたこと、初めてロシアで会ったときは混浴露天風呂だったこと、榮倉との出会いからシャルンと行動を別にすると決めた時、本当はシャルンといつまでも一緒にいたかったこともすべて知っている。


 だから変な理由を付けて頻繁に連絡をする。

 だから日本周辺の事情をよく知っている。

 だから友人の艦長を心配する。

 だからドイツに行こうと約束した。

 だから……。

 だから………。


「今、行くぞ! ビスマルク!」


 ほぼ同時に『シャルンホルスト』と『紀伊』の主砲が放たれた。

 閉ざされた反転海域に掛かった雲をついにシャルンが突破する。続けて全艦艇があとを追うように侵入した。

 雲の中がどうなっているか分かっていなかったが中は想像をはるかに超えるおぞましい空間になっていた。海は真っ黒に染まり、空は血のように赤い。集中力を削がれるほどの赤さに思考が乱れる。

 何より海域の最深部と思われる中核部分に巨大な塔にも見える建造物が立っていることや背中に氷を詰め込まれた時のような背筋の凍りつく感覚が常にある。もしかすると太陽が届いていない分気温が低いのかもしれないがそれでも計算できない冷たさが海域全体を包み込んでいた。


「艦長、何か……怖い」


 紀伊が榮倉の裾を掴んで怯えていた。

 彼女が怯えるのも仕方ない。榮倉自身でさえも恐怖を隠せなかった。いや、この場にいる誰もが凍るような感覚があった。


『司令、ここからどうするのさ』


 フィウメの声もいつもより緊張しているようだった。


「前進だ。陣形を複縦陣に変更する」


『このままではだめなのか?』


「まだこの先の相手の動きがわからない以上は回避に特化するしかないからな」


『わかったアドミラールを信じるよ』


「フッド。後ろはどうだ」


『どうやら中までは追ってこないみたいだね。最後方に空母を配置するかい?』


「いや、二人はそのまま最後方に待機だ」


 未知の海域だからこそ警戒を強くしておかなくてはならない。

 中央からの砲撃は幾度も来ているが超長距離からの砲撃なこともあって命中力が低いのは救いだ。

 ただ、際限なくわき続ける航空機は二隻の航空母艦を疲弊させているのも事実だった。


『あの! 司令官! あまり長時間の継戦は我々だけでは不可能です。全速でここを突破していただけると我々としては助かります』


 この艦隊で一番足が遅いのは最後方の『フッド』だ。彼女に合わせて進む。


「フッド! どのくらいまで全速力が出せる」


『長くても三時間くらいかな。それ以上は主機が爆発しかねないね』


「そういうわけだ。みんな、三時間で一気に前進するぞ!」


 中央の塔のような場所までの距離はまだまだある。

 先頭のシャルンも自然と力が入る。

 今、行く。

 強い気持ちの胸に秘めておぞましい反転海域を進撃する。

 空に向かって放たれる対空砲火がやむことはない。

 榮倉の乗る戦艦『紀伊』の真横に撃墜された相手の航空機が着水する。


『ごめんなさい! 司令官! 大丈夫?』


「気にするな。とにかく空は頼むぞ」


『はい!』


 着水した航空機を見たが搭乗席には誰も乗っていなかった。やはり戦人の航空母艦と同じ原理で動いているのだろう。

 黒い海に沈んでいく航空機には見知ったエンブレムが描かれており、それを撃ち落とさなくてはならないことに自然と唇を噛んでしまう。

 考えさせないとばかりに最深部からの長距離砲が轟く。


「面舵いっぱい!」


 艦隊が右に方向を転換する。遅れて砲弾が着弾。水しぶきを上げる。大きな水しぶきは風に乗って榮倉の乗る『紀伊』にまで降りかかる。

 榮倉の艦隊が反転海域に突入したのは午前九時だった。

 それから二時間以上が経過し、反転海域の中央まで半分を切った。

 その時、状況が変わった。

 複数の砲撃音がさく裂する。


「なに!?」


 すぐに弾道を呼んだ紀伊が断言した。


「逃げ道がない」


「しまった!」


 刹那『紀伊』の艦首を砲弾が直撃、大事には至らない程度だったが少なくないダメージを受けた。


「他は! 他は無事なのか!」


『日本艦隊は全員無事です。私と「信濃」は被弾もなし』


『最高峰の僕たちにも影響はない……。だけど』


 先頭の『シャルンホルスト』は数発の被弾をしたが驚異的な防御力を発揮し、小破にも至っていなかった。右前にいたフィウメも砲弾が直撃したものの曲線装甲の影響もあって航行に影響が出るレベルではなかった。だが。

 榮倉は左前にいた『サセックス』が炎上している姿が見えた。


『すまない! アドミラール! 巡洋艦「サセックス」は被弾につき炎上中……! ここは先に行ってくれ! すぐに消火して追いつく』


 戦人の軍艦の火災鎮火は人がやるわけではないため少し手間がかかる。

 そのあいだ、前進することはできないうえに攻撃することもできない。火災発生中に弾薬など扱えば二次被害にもつながりかねないからだ。

 火災鎮火は急務だ。しかし、だからと言ってこんな場所で停泊していては航空機の良い的になるだけだ。

 榮倉大和という男はそんなことを選択できるほど強い人間ではない。

 危険は承知だ。


「全艦! 微速! サセックスを援護しろ!」


『ダメだ! アドミラール! すぐに前に進め!』


『司令! 冗談なのか!』


「冗談なんかじゃないぞ! フィウメ! 頼む」


『全く』


 全艦が『サセックス』を囲い込むように動き、エンジンの火を落とさないようにゆっくりと動き続ける。

 こうすることですぐに動き出すことができ、被弾率を拡散させることもできる。


『アドミラール!』


「ありえねえよ。俺がこんなところで置き去りにする決断をするなんてことはありえねえよ! 早く! 消火しろ!!」


『……。大馬鹿野郎だな……』


 サセックスはそう言って艦橋を降りると自らも消火活動に移った。

 人の手を加えれば長い消火時間も短くできる。

 だが、現実は待ってくれなかった。

 最深部から再び複数の砲撃音が響く。


「紀伊、耐えられるか?」


 紀伊を見据えながら聞く。

 消火中の『サセックス』に当てるわけにはいかない。だとすれば一番、装甲に自身のある艦が盾になるしかないのだが、弊害はある。いくら自信があってもかつての『フッド』が『ビスマルク』に一撃で撃沈されたように運命的なことが重なって沈んでしまうことも少なくない。

 そのリスクを孕むことになるが。紀伊は榮倉の手を掴むと。


「艦長が一緒なら」


 榮倉はその手を強く握り返した。


『司令! 何をやっているんだ! そこは被弾――』


 そこまで言ってフィウメは意図を悟った。この場にいる誰もが意図を悟っていたが、誰も動かなかった。いや、届かなかった。






 たった一隻のイタリア艦を除いて

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