第四部 「赤銅の航海者」 12
Ⅴ
《スペイン ビルバオ》
ビルバオに戻るとすでに榮倉が呼んだ二隻の戦艦が入っていた。
全長300メートル近い巨艦とした有名な戦艦『大和』すら上回る火力を誇る『紀伊』と今回の作戦のキーとなるドイツ国内だけでなく国外からも『幽霊船』や『幸運艦』と呼ばれたドイツの戦艦『シャルンホルスト』の二隻だ。
二隻はすでに艦隊に編成され明日以降の作戦に参加することになる。
ただ『シャルンホルスト』の戦人であるシャルンはこの場にはいなかった。
榮倉たちはフッドを治療するために入った病院に預け、ホテルに戻ってきた。
「フッドのようすはどうだったんだ」
同胞のサセックスには心配の色が濃く出ていた。
「内臓に影響はない。ただ、出血がひどくて明日までに意識は戻らないだろうとのことだ」
「だろうな……。アドミラール、あんたの方はどうだ」
「こっちは問題ないさ。出血も想像より少なかったからな。それより問題はあの砲撃だ。フッドはあの反転海域に何か気づいたことがあるように見えたけど……。サセックスは何か感じなかったか?」
いや、とサセックスは首を振った。
「あんたはどうなんだよ」
「俺は、あの反転海域から敵意は感じた。だが、俺は反転海域の中にいるやつを敵だとは感じなかったんだ」
「アドミラール、あんたらしい答えだな。でも私は逆だ。私は反転海域から敵意も感じたし、あれだけは絶対に倒さなくてはならない脅威だと思った。特に、砲撃が『フッド』に直撃した瞬間彼女は沈むとすら思った。その時は全てをなげうってでもやつを倒さなくてはならない、そう感じたよ」
サセックスの感情こそが当然のものだ。榮倉の思考は至って歪んでいる。
黙っていた大鷹が口を開く。
「あの、それは当然じゃないですか? サセックスさんとフッドさんは同じ国の旗を掲げた同胞ですし、同胞が攻撃されて静観できるような人はいないです」
「それは重々わかっているさ。ただ私はそれ以外に何か、因縁のようなものを感じた」
サセックスのいう因縁が英国との因縁なのか、または巡洋艦『サセックス』という軍艦との因縁なのか、はたまた人間としての彼女との因縁なのか、見当はつかないが、実際にサセックスは反転海域の中にいる相手を敵視している。
対して、榮倉は自身が砲撃を受けてケガをしてもなお、敵視することができていない。
サセックスと榮倉との違いは何なのか、疑問が浮かぶ。
いや、とそこで考えを改める。
サセックスがこれほど反転海域に敵意を向けるきっかけは『フッド』への砲撃が直撃したことからだったはず。
「なあ、一つ聞いていいか」
「なんだ。アドミラール」
「反転海域の攻撃を『フッド』が受ける前の話だ。サセックスは反転海域をどう見ていたんだ。敵視していたのか、していなかったのかそれだけを教えてくれ」
サセックスは意図の読めない質問に困惑する。
しばらく考えたのちに答えた。
「敵視はしてなかった。私は『フッド』が手伝うというから加勢しただけで、便乗しただけに過ぎないからな」
きっぱりと言った。
サセックスがそういうのであれば榮倉の考えていた可能性は潰える。それは英国と一隻のドイツ戦艦、そして『フッド』との三つの関係で成り立つ可能性であり、英国の船はとあるドイツの戦艦を最初から敵視していた。
ビルバオに来た『シャルンホルスト』や『紀伊』などもそうだが《戦人》の精神状態には戦時中の軍艦の意向が自然と備わっている。シャルンが自身のことを『幽霊船』や『幸運艦』など高貴であることを自己主張するなど『紀伊』にも完成しなかったとはいえ、自らを『不沈艦』と思っており沈むという未来を一切考えていない。実際に彼女の元になった前級の戦艦『大和』では絶対に沈まない船と全乗組員が信じ切っていた。
史実はそうはならなかったが『紀伊』にはその意向が確実に根付いている。
数少ない例外はあるとはいえサセックスにも『サセックス』としての意向がある以上は反転海域を敵視していても不思議ではない。
そもそも、と榮倉が結論付けようとしたとき、サセックスは自身の言葉に付け足した。
「だが、私は『フッド』が行くと言った時に不安を覚えたのは確かだ」
「不安……?」
「同胞が戦場に行くのなら不安もすると思いますけど、司令官、あなたは考えすぎじゃないですか?」
大鷹の言う通りかもしれない。
単純に無事だったから敵意など言っている心の余裕がないだけなのかもしれない。そう思いたかったが、考えることを止めることはできなかった。
思考を巡らせるたびに頭痛がひどくなる。考えがまとまらない。
冷静に現実を見ろ、と言う自分と思考と状況証拠は揃っているのだから、と突飛なことを考える自分の思考が入り乱れる。
がた、と松葉杖を握っている手が滑り、床に崩れる。
「おい! アドミラール! 大丈夫か!?」
少し離れたところで様子を見ていたイタリア人の二人と新しく合流した紀伊が寄ってくる。
「艦長……。無理はダメ……」
紀伊が真っ先に榮倉のもとに駆け寄って床に転がった松葉杖を掴むと手を差しだす。彼女の言うとおり無茶をしすぎたのか思考も上手く回らない上に視界が明滅していて目の前のことに集中できない。
「アドミラール! お前……。顔色が悪いぞ」
困惑しているサセックスを見かねた後ろの二人のイタリア人が寄ってくる。
「スケベな英国淑女。ちょっとどいていてね」
フィウメは榮倉をベッドに座らせるとイタリア語で隣のトレントと何かを話している。
トレントは頷くと榮倉の手を掴んで脈を取り始める。顔色も窺っている様子からどうやら診察してくれているようだ。
すぐにトレントは手を離してイタリア語でフィウメに伝える。
「ちょっとした貧血の状態みたいだね。輸血、と行きたいところだけど、あなたは観光客だしスペインですぐに医療が受けられるとも思えないし、何よりケガの理由を聞かれたらアウトなんだよね。うーん……」
フィウメは少し考えると。
「とりあえず肉食え。肉」
フィウメはそう言うと時計を見る。まだ八時前だ。彼女の言うとおりまだ夕食は食べていない。戦闘開始から食べたのは戦闘中に食べた不味い戦闘糧食くらいで、肉のようなものはこの二日間口にしていない。
フィウメは携帯を出すと電話帳からひとつの番号を選んで電話を掛ける。
「あ、ヌスレット? 今からスペインの店に六人で行くからステーキ用意しておいてねー。塩振りとか頼まないから、とりあえず六人前頼んだよー。予約? してないから電話しているんじゃん何とかしてよ。んじゃねー」
有無を言わせることなくフィウメは電話を切る。
さりげなく店主らしき人物の名を言っていたが榮倉だけでなくこの場の誰もが聞いたことのある有名なステーキ店のオーナーの名前だ。SNSの塩振り動画で有名になった人物だ。
榮倉もあまりの出来事に思考停止してしまう。
「あなた。本当にあの店にこれから行こうとしているのか! 六人ってこの私もいいのかよ」
「嫌なら五人に減らしても良いんだけど」
「そういう意味じゃなくてな」
「だったら文句言ってないでさっさと行くぞー」
フィウメはホテルで車椅子を借りると近くの地下鉄に乗った。




