第四部 「赤銅の航海者」 13
Ⅵ
地下鉄に乗って約三十分で目的地に着いた。
トレントは出ようとしたときには寝ていたのでホテルに置いてきた。
ホテルのあった石製の街とは違い、こちらは喫茶店などの飲食店が多く立ち並んでいた。閑静なホテル街から雑踏の入り乱れる飲食街に移動した六人は一件のステーキ店を見つけると順番待ちしている数名の客を気にすることなく中に入っていった。
「おいイタリア人。カウンターに言わなくていいのか。ここって順番待ちするのが当然なのだろ」
「私はフィウメだ。イタリア人と呼ぶんじゃない。まあ電話したから裏まで行けば用意してくれるって」
フィウメの言うとおりフィウメに気付いた店員は止めることなくスタッフ以外立ち入り禁止のバックヤードへ通した。バックヤードに入ると真っ先に殺菌用の送風機に当てられた。しばらく風に当たりながら先に進むとバックヤードの一角に机が組まれており六人分の料理の準備がされていた。
榮倉のために連れてきた、という感じだったが榮倉はめまいのせいで食欲がわかない。有名店のステーキを味わうには最悪の体調だ。
「艦長……。ホントに大丈夫なの?」
車椅子を押してくれていた紀伊が困った顔で様子を見る。
「あんまり食欲はないな……」
「フィウメ……」
「分かってるってそんな顔しなさんな。私なりに食べやすいようにしておいたから。それにここなら明日の計画を立てるのにも支障はないだろうからねー」
非常に心配ではあるがフィウメの言うとおりにこの場所は完全個室になっており盗み聞きすることはできないだろう。
それでもどうしても納得できない紀伊はバックヤードの中を探ると医療箱を見つけて、その中からビタミン剤を取り出す。
「とりあえず飲んでおいて」
「助かるよ」
榮倉は渡された水と一緒にビタミンの錠剤を飲んだ。
「それじゃ、肉が来るまでもう少しかかりそうだし明日の予定でも話しておこうか」
「待て、途中でスタッフが来たら」
「良く考えてみて、ここはスペインでこの場所はスペインの飲食店だよ。日本語で話しているうちは何を聞かれても彼らには理解できないさ。だから、英語とイタリア語、スペイン語に近い言語は使わないように気を付けないとね」
「なんか面倒だな」
「気持ちは分かりますけど、私はもともと日本人ですからいつも通りでいいのですね」
「そうなるねー。それでさっそく本題だけど、紀伊に聞くよ。あなたはどのくらい弾薬は積んできたの?」
フィウメは席に着くと全員のコップに冷水を注ぐ。
「えっと、満載ではないけど三日くらいは撃ち続けられるはず……」
「驚いた。満載でなくても三日間も撃ち続けられるんだ。とんでもない積載量だね。それじゃあ明日は問題ないね」
フィウメは榮倉の有無を言わせることなく計画を進行させていく。
「明日は先頭に『長門』を据えた単横陣を展開したのちに戦線を押し戻す。後衛に『紀伊』を配置して遠距離射撃を行ってもらう予定だけど、命中精度はどのくらいになる?」
「大きさによるけど斉射を外したことはない」
「及第点と言ったところかなー。でも、十分」
榮倉が口を挟もうとしたときに、先にエセックスが口を出した。
「待てよ、イタリア人。お前はアドミラールをどこに乗せるつもりで計画を立てているんだ? 一度も面会したこともない『長門』か? それとも私たち巡洋艦に乗せるつもりなのか? 分かっているとは思うが私たちの船は脆い。アドミラールを守るのなら乗せることはかなわないんだぞ」
「英国淑女は『紀伊』に乗せるという選択肢をなぜ聞かないかなー」
「そんなのは見てわかる。彼女は一喜一憂が激しい分、艦長なんて乗せていれば気になって砲撃に支障が出かねないだろうが」
数時間一緒にいただけでサセックスはそこまで見抜いていた。
紀伊は彼女の言うとおり一喜一憂が激しく迷いを生みやすい性格をしている。沈まないという自負があるので簡単に沈むことはしないが、混乱はする。そんな安定感の欠けた船に乗せるのはリスキーだ。
「あたし……。そんなに不安なの?」
榮倉は首を横に振った。
「これは確率の問題だ。俺は紀伊のことを信じているし紀伊ならできると思っている」
これは紀伊と『紀伊』に出会い約束したことだ。周りがいなくなることがあっても、何があったとしても彼女の前から勝手に消えない、と雪原の雪国で交わした。
榮倉は紀伊と言う少女を守りたいと思ったから約束をした。泣いてほしくないと思ったからお互いの小指を絡めた。
そのような雪も溶けるような熱い思いとは裏腹にフィウメは氷のように冷たくいった。
「司令の思いは結構なことだが、残念なことに司令は作戦には参加させない」




