第四部 「赤銅の航海者」 9
Ⅱ
《スペイン ビルバオ》
ビルバオ市内のホテルを取った榮倉とフッドを含めた五人の戦人は地図を広げて今後の作戦立案を行っていた。
今回の艦隊でフッド以外の戦人とはこの時が初対面になる。
赤髪のショートヘアーの少女は気さくな性格だった。
「やあ、私は君の乗っていた『フッド』の真後ろにいたイタリア巡洋艦『フィウメ』だ。装甲巡洋艦のザラ級の二番艦さ。んでそこの奥で爆睡しているのがトレント級巡洋艦のネームシップだけど、この子はイタリア語しか話せないんだ」
榮倉はミリタリーに詳しい方ではないので分からない部分も多いが戦時中のイタリアの主力艦であることは分かった。
トレントは女性の身体に合うように改造された軍服を脱ぎ散らかしたままワイシャツ一枚で寝息を立てていた。肝が据わっているのかただ単純なだけなのか分からないがトレントの勇ましさは戦闘中に見せつけられている。
「それで、フッドの隣にいるのがスケベな名前の重巡で間違いないかなー」
カチンときたとばかりに青筋を立てるのはしっかりと軍服を着こなした長い黒髪を三つ編みにした小柄な少女だった。
「貴様は私の名をバカにしているのか」
「べっつにーそもそもサセックスなんて米国のパクリだしなー。きゃーえっち」
「おい、フッド。今は反転海域よりこのイタリア艦を沈めることの方を優先してもいいか」
今にも攻撃しかねない勢いで怒りをあらわにしている。
さすがにこれ以上は余計な懸念を作りかねないと感じた榮倉が割り込む。
「まあまあ今は二人とも落ち着いてくれ」
「あんたは……。ホントにあんたは気安い男だ」
ため息を吐くと食って掛かる勢いだったサセックスは椅子に座る。
「気安いって……。まあいいけどよ。明日には『信濃』と戦艦二隻が合流できるから、動きも変わってくるだろうけど。正直、あの物量を三隻の増援だけでどうにかできるとは思えないな」
サセックスも同意した。
反転海域の周辺に限っては練度や数隻の増援でどうにかできるほどたやすい防御ではない。三日もすれば日本から向かってきている『紀伊』と『シャルンホルスト』の二隻が合流する。
現在、榮倉が用意できる最大戦力はこれで限度だ。
正直言って勝算を見出すことはできない。
フッドも勝算がないことには全面的に同意している。
「司令のところの戦艦『紀伊』の火力はどのくらいと見ていいんだい。僕たちには情報が無さ過ぎて検討しようがないんだ」
「そうだな……。今は大和型と同等と見てくれればいいよ。紀伊は年齢が若すぎるから実際の性能から四分の一くらいの性能しか発揮できないだろうからな」
「大和型か。それはそれで検討しづらいんだけどな……。あれは太平洋戦争でアメリカも艦隊決戦で戦ったことはないしどれほどのものか分からない」
太平洋戦争の歴史でアメリカが戦艦『大和』を撃沈したというのは知っている人が多いが艦隊決戦、つまり軍艦同士の砲弾の撃ち合いを行った国はどこにも存在しなかった。ゆえに大和型がどれほどのものか、どこまで通用するのかはミリタリーファンの中では永遠の題材になるだろう。
しかし、不明瞭な戦力だとしても大和型と同等の戦力の補強は計算が立つ。
「僕としては『紀伊』を先陣に立たせて三角形に陣形を展開、中央に主力の『信濃』を置いてアウトレンジからの攻撃が有効だと思うのだけど……。それは難しいだよね」
「ああ。紀伊の耐久力は凄まじいけど紀伊自身がパニックを起こしかねない」
「そうか……。そんなに紀伊って娘は年端もいかないのかい?」
榮倉が答えるよりも先にエセックスが答えた。
「それについてはプリンツオブウェールズから話は聞いている。あんたの言うとおりで盾役としては彼女ほど不適任な戦艦はいない」
「じゃあさ。いっそのことフッドが先陣切るのはどうなのさ。フッドならそれなりに装甲厚もあるし耐久力には自信があるんだしさ」
「イタリア艦の割には良く知っているみたいだね。確かに耐久力には自信がある、でも悪いけど先頭に立って先陣を切るほどの自信はない」
フィウメは肩を落とす。
「だー、そうだと思ったけどさー……。先陣を切れるくらいに耐久力があるやつって言ったら『長門』か『陸奥』のどちらかになるだろうけど、あいつら木製甲板らしいし……」
フッドは甲板を装甲板で覆っているが戦人の長門型は装甲板がなく木製の板を並べた装甲を採用している。砲弾の衝撃を緩和するためには有力な甲板だが耐久力は装甲板の方が圧倒的に高い。なにより砲台艇が撃ってくるのは榴弾ということもあって火災の危険を鑑みても甲板装甲は重要になる。
今回用意できる軍艦で耐久力があってなおかつ戦闘中に冷静でいられる人物は一人しか浮かばなかった。
ただ彼女の船は向かってきているが当の本人が戦意を喪失している以上はどうしようもない。
フッドとフィウメの二人も同じ考えのようだ。
そんな中でサセックスが口を開く。
「彼女は使い物にならないのか?」
「俺が指示を出せばその通りには動くと思う……」
「だったら!」
フッドがサセックスの言葉を遮る。
「戦う気のない戦人はもうただの人だよ。彼女の船は持ってくるけど彼女は居ないものとして計算した方が良い」
「だったらどうするんだ。先陣を切れる船がないなら第二案の逆三角形で戦力を削り取りながら攻め込むしかないが、これだと撤退がほとんど不可能になる」
三角形の場合は後衛が多いため戻る際の戦力が多いが、逆の場合には包囲されたのちに突破できるだけの艦艇が圧倒的に足りない。おそらく最後衛の一隻が集中砲火を食らう羽目になる。
「いや、まだ一つある。第三案の広く長い単横陣を形成して戦線の維持だ」
「待てよ。それをやろうとして今日は失敗したんじゃないのか? 空母も展開しなかったし、ってあの空母はどこだよ」
今さらになって部屋の中を見渡す。
気配でも消していたのかと錯覚しそうなくらいに突然、近くから声が聞こえる。
「あの、ずっとここに居ますけど!」
まさしく日本人らしい体格の少女が涙目になってこちらを見ていた。
「あ、その……。おいアドミラール!」
「俺に振るな! って、ずっと居たのか?」
「いましたよ! 何なんですか! あたしが自己紹介をしようとすればエセックスとトレントが喧嘩を始めますし! あなたが止めてくれたから改めて声を掛けようとすれば勝手に明日以降の作戦の立案を始めていますし! あたしのことが嫌いなんですか! そんなに地味な日本人は嫌いかー!」
……………。
………。
学校のクラスメイトに一人はいる無口な人。そんな人が急に喋り出すと周りがどうすればいいか分からなくなって沈黙するという状況、人生で一度は経験したことがあるだろう。今はまさにそんな状況だ。
「やあやあ、地味子ちゃん、君が『大鷹』かー。改造も何もしていない和服に飾りっ気のない顔に髪型。うん、芋だね」
このイタリア人は火に油を注ぐのが大好きなようだ。
「い、芋……、ですか? そんなに田舎者に見えますか……」
フィウメが言った通り彼女の印象はまさしく人里離れた子供の人数の少ない田舎でザリガニ獲りや川遊びをしていそうな絵に描いたような地味な子だった。
しばらく言葉に迷っていると寝ていたトレントがワイシャツをはだけさせながら身体を起こす。会話を聞いていたのか、また偶然なのか、フィウメに向かって。
「Fiume è anche un redneck(フィウメも田舎者じゃないか)」
「Diverso(違う)!」
言葉の意味は理解できなかったがトレントがフィウメの虚を突いたのは目に見えた。
「それより大鷹、あんたからもこのアドミラールにどうして航空機の攻撃をさせなかったのか聞いてくれよ」
「は、はい……。田舎者ですが言わせていただきます。単横陣を組むのは悪くないと思いますけど航空機の援護なしでは難しい部分もあると思うのですが」
「言いたいことは分かる。今日だけは使いたくなかったんだ。明日の作戦では使おうと考えている」
「では明日は『信濃』と『大鷹』を中心に攻撃をしかけると言うことなのか?」
「そのつもりでいる」
「僕も悪くないと思うね。フィウメ。君はどう思うんだい?」
「別に悪くないんじゃないかなー。実際、戦力が足りない以上は戦線の維持が重要になるわけだし、正直あの『幽霊船』が先陣を切ってくれないと打開策は見いだせないだろうからね。最悪の場合は無理を承知で『紀伊』に先陣を切ってもらうしかないだろうね」
それだけは避けたい。
榮倉は『紀伊』をできるだけ戦線には立たせたくない。
今回の件も彼女の火力がなければ突破できないから苦渋の決断を下してきた。
「それじゃ明日もあんたは『フッド』に乗って艦隊指揮して作戦は今日とほとんど同じで戦線の維持で間違いないな」
「明朝に合流する『信濃』と長門型二隻には僕から伝えておくよ」
「私も近くにいるイタリア艦で協力できそうな子はいないか探してみる。ヴィットリオ・ヴェネト級の三人はまだしも『コンテ』か『カイオ』あたりなら協力できるかもしれないしさ」
「私は……」
準備体操でひとりだけ取り残された人のようにあたふたしている大鷹を見てフッドは包容力のある笑みを見せる。
「大鷹は航空機を出せそうな距離にいる艦がいれば当たってくれないかな」
「は、はい!」
一息つくと五人の戦人は自分の部屋に戻った。
明日は港に朝三時に出なくてはならない。
榮倉は自室の電気を消して眠りについた。




