第四部 「赤銅の航海者」 8
Ⅰ
《ケルト海》
戦時中のイギリス国内で『マイティ(偉大な)・フッド』と称された英国を象徴する軍艦の一隻である戦艦『フッド』に榮倉大和は乗艦した。
当時の艦長が軍艦美の極致と讃えた理由が分かるくらいに美しい船体をした軍艦だった。美しさだけでなく戦闘能力も差し支えない。
最大速力は32ノット。時速に換算すると約60キロだ。自動車と同等の速力で全長260メートルの巨艦が動くことになる。当時だけでなく現代の戦艦としても十分すぎる性能だった。
艦内も快適な造りになっておりイギリスらしくティーセットまで常備しているくらいだ。
「改めて自己紹介をさせてもらうよ。ぼくは巡洋戦艦『フッド』だ。これより榮倉大和の指揮下に入る。さてどう行くつもりなのかい」
「今は何より戦線の維持が優先だ。このまま海域を押され続ければ大陸にも影響が出かねないからな」
榮倉は艦橋から見える赤い海域を見据える。速度は遅いが縄田で首を絞められるように反転海域は勢力を拡大している。
海域の拡大に従うように勢力圏に近い海域では反転海域から出てきた大量の砲台艇が列をなしていた。
一隻一隻の火力と物量は小さくとも数が多い。
「陣形を単横陣に! 航空母艦『大鷹』を中心にコンパクトな陣形を保つんだ!」
「了解」
フッドは敬礼をすると全艦に指示を送る。
連携力はさほど良くなかったが数分の間に軍艦五隻による陣形が完成した。
「もう間もなく砲台艇が射程内に入るよ。司令官、指示は任せたよ」
「全艦! 射程に入り次第、撃て!」
フッドは頷くと船首の主砲を回し、砲台艇に照準を合わせる。空母以外の全艦が同じように砲を砲台艇に向けた。
均等な距離で配置された砲台艇の射程はおよそ15キロ。
戦艦『フッド』の射程を下回る。
砲台艇との距離が20キロを下回った直後。
「shoot!!」
フッドの掛け声とほぼ同時に空気が震えた。
腹の底まで響いてくる重い爆発音が響きオレンジの火炎が瞬いた。
直後にイタリア巡洋艦の「fuoco!」という掛け声が響き同じように砲台艇を狙った砲撃が轟いた。
爆炎から数秒の合間が空くと弧を描いた砲弾が捉えた。
砲台艇の砲塔ごと貫いた砲弾の貫通力は砲台艇を沈めるには十分だ。
砲台艇が爆発四散し、周辺の砲台艇が空いた場所を埋めようと動き出す。
「初段命中。さすがだな」
「確かに上出来だけど……」
フッドは砲撃した箇所を見たまま浮かない表情だった。
続けざまに周囲の巡洋艦の放った砲弾が砲台艇を捉え、撃沈至らしめる。
戦人艦隊の圧倒的な命中精度に榮倉は感嘆の声を漏らした。
しかし、そのような余裕がないことはすぐに分かった。
「早い……。もう砲台艇が再配置されていやがる……」
砲弾直撃から一分も経っていなかった。
もっとも『フッド』は一砲門で毎分二発の主砲弾を撃てる。ただ命中できるかは別問題になる。
「迷っている余裕はないみたいだね。僕も少し集中してやらないと返り討ちにされかないみたいだ。出し惜しみをしている余裕はないよ! 全艦、主砲も副砲を遠慮せずに撃ち放って!」
砲撃音が再び轟いた。
イギリスの殊勲艦だけの力は十分に見せていたが、砲台艇の物量では相手が悪すぎる。周囲の巡洋艦も射程ギリギリの間合いでよくやってくれてはいるが余裕がなくなっているのは目に見えた。
現在の双方の距離は16キロ以上を保っている。
砲台艇の射程に入れば一斉に攻撃される。
いくら頑丈な戦艦や巡洋艦だったとしてもたった一発の砲弾が撃沈の理由になりかねない。だが、戦線の維持という戦闘目的をこのままでは果たせるような状況ではなかった。戦線はゆっくりと下がってきている。
「このままでは押し切られるよ。そろそろ空母を出すべきじゃないかな」
空母の方からも攻撃指示を出せと発光信号を送ってきている。
「分かっている。だが、あっちの航空戦力が分からない以上は……」
「だったら防衛ラインを下げるよ! 戦線の維持は不可能!」
砲撃戦が始まってからすでに一時間以上が経過していた。
夕日も沈み、夜のとばりが降り始めたころに榮倉のいる戦人艦隊は砲撃を中断、スペインのビルバオまで帰投を余儀なくされた。
反転海域突入作戦の一日目は戦線の維持すらままならずに終了した。
戦人艦隊の被害は全くなかったが無駄撃ちになった砲弾は相当数あった。
ビルバオ近海で錨を下ろした戦艦『フッド』並びに巡洋艦三隻、航空母艦『大鷹』の五隻は補給作業に移ると告げ、船を沖に残したままビルバオの地に上陸した。
被害報告
・全艦被害なし




