死亡フラグ回避のために
立ち話もなんだからと、マスターが私たちに席を用意してくれた。
私が座った反対側に、アーク様たち三人が座る。私は改めて三人を見つめた。
まずアーク様。彼の本名はアーク=バレリアナ。何を隠そう、私の血の繋がった本物の叔父である。しかし向こうは私がまさか姪だなんて思ってもいないだろう。
うちのバレリアナ家は古来より魔法に秀でた輩を輩出する家系である。バレリアナ家に生まれるものはほとんどが魔法を使いこなすことが出来るのだ。
それは両親もそうだし、私たち姉弟も例外ではない。もちろんまだ幼いので魔法自体は使うことはまだできない。
しかしその例外がアーク様なのである。彼は魔力をほとんどまともに持たずに生まれ、両親や兄弟(私の父である)に疎まれて育った過去を持つ。そんな彼は魔法に頼らず剣の腕を磨き、見事騎士団長レベルの強さを得ることが出来た。しかし血筋にうるさい家を嫌ってか、もともと冒険者に夢見てたのかは分からないが、家を出奔して冒険者となったのだ。
そんなアーク様がまさか王都の冒険者ギルドにいるとは誰も思わず、これまで見事に貴族に見つかっていないというからすごい話だ。
ちなみにアーク様は冒険者となって大きな活躍をし、見事Sランクの称号を獲得している。このSランク冒険者は世界でも十人といない。それほど凄い人なのだ。私が様づけするのもどうか分かってほしい。
そして隣に座る女性もまたアーク様と同じSランクの冒険者。
Sランクといってもアーク様のように戦うのではなく、彼女はこの世界で貴重な光属性の治癒魔術の使い手なのである。
世界には五つの属性があり、火水風地の四つと光の属性がある。ほとんどの人間が四つのいずれかを持つのに対し、光属性を持つ人は滅多に現れない。発見されただけで、国から重宝されるほどの存在だ。
彼女の名はシャリーさん。本名はシャリアール=タルナダル。隣国の大国であるタルナダル王国の王女様である。年齢的に言えば王妃様と言ってもいいかもしれない。当然だがそんなこと公にされているわけもなく、知っているのはアーク様ぐらいであろう。
実はこの二人、駆け落ちカップルなのである。
家を出奔したアーク様は様々な場所を歩き渡り、とある日にタルナダル王国でシャリーさんと出会い恋に落ちたわけだ。そして紆余曲折あり、結局は駆け落ちして王都へと戻り隠れ住んでいるわけである。その後は冒険者として過ごしているわけだが、Sランクカップルなんて目立ちまくりだけど大丈夫ですか?と言いたい。
最後は緑のローブを着た魔術師風の少年。
少なくとも彼はゲームに出ていなかった。ただのアーク様のお仲間ということか。名前はユアンと名乗っていた。Sランクカップルとパーティーを組んでいるようなので、その実力はやはりSランククラスなのだとは思われる。見た目は完全な少年だけれども。
一通り三人を見比べた後、最後にまたアーク様を見る。どうやら話を再開したそうだ。
「それでアーシャ、君はお礼を言うだけにわざわざこんなとこまで来たのか?ここは結構むさ苦しいとこだ。君には居辛いんじゃないかな」
どこかアーク様は私のことを警戒しているっぽい。まあ当然といえば当然か。
「私……冒険者になりたいんです!良かったら私に戦いを教えてくれませんか?」
「冒険者!?」
これ以上嘘を言ったとこで怪しまれるだけ。私は素直にアーク様へ思ってることを言った。
しかしアーク様にすればたかが6歳の子供が冒険者などと何を言ってるのかと思ってるのだろう。
「はい。もちろん今すぐにってわけじゃないです。でもなるべく早く、強くなりたいんです」
これに関しては切実な願いだ。
18歳には死亡フラグがやってくる。それを何とかするために私が思いついたのは強くなればいい、ということ。要は魔物に襲われても、撃退できる力があればいいのだ。
そんな強さを求めるわけだが、これがアーク様に教わることができたらまさに一石二鳥である。
「えっと……君はまだ6歳なんだよね?」
「はい」
「冒険者になりたいってのは自由だけど……さすがに戦いを教えるわけにはいかない」
「私がまだ女で子供だからですか?」
「あぁ、そうだ」
当然の反応よね。そう言われてしまえば私はもう何も返せない。
「ねぇ、アーシャちゃん」
アーク様の隣に座っていたシャリーさんが私の名を呼ぶ。
「アーシャちゃんはどうして冒険者になりたいの?」
「それは……自由があるからです。私は冒険者になって自由に暮らしたいんです」
そうよ。こんな乙女ゲームの世界に転生されて、私は自由だなんて思わない。
「自由ねぇ……。お前、ちょっと冒険者に夢見てんじゃないの。こっちは命を賭けて仕事してるの。遊びたいなら他で遊びなよ」
「ちょっとユアン」
私の言葉に怒りを見せたのはユアンさん。確かにそれは当然の言葉かもしれない。私だって6歳の少女に言われればそう思ったかもしれない。だけど私にも私の事情がある。
「遊びじゃない。冒険者がどれだけ危険なものかも理解してるつもり。魔物とだって戦う覚悟もあるわ。……それに冒険者になるのは今すぐってわけじゃない。今はただ強くなりたいの」
私の言葉には本気の想いが込められている。それを感じとったのか分からないけど、それに三人は何も返さなかった。
「お願いします!私に戦い方を教えてください!」
…………。沈黙が訪れるが、最初にそれを破ったのはユアンさんの笑い声だった。
笑い声?
「ククッ……クククッ………おい、アーク。このガキ面白いぞ」
「ユアン……」
「よし、決めた。アーク、戦い教えてやろうぜ」
「本当ですか!?」
「ユアン!!」
私の喜んだ声とアーク様とシャリーさんの止める声は同時だった。
「いいじゃんか。こんなガキ滅多にいない。将来が楽しみだと思わない?」
「そういう問題じゃないだろ。まだ6歳の子供だ。戦いを教えるなんて出来るわけがない」
「ふーん。それお前が言う?」
「何……?」
「自分の息子にはもういろいろと教えてんだろ?同じことじゃんか」
「それは……ッ!」
これはユアンさんの勝利か。さすがのアーク様も言い返せないみたいだ。
それにしてもアーク様の息子はこんな前から英才教育を受けていたのか。そりゃあんな強くなるのもうなずける。
私はそう思いながら、ここは心を鬼にしてユアンさんに加勢しよう。
「お願いです、アークさん!ここで断られたら……私何をするか分かりません。もしかしたら王家の方にポロッとアークさんのこと喋っちゃうかも……」
「なっ!?」
「クククッ、お前ホントに面白いな」
脅すなんてさすがにやりすぎかな?アーク様はとても驚いてるが、ユアンさんは笑ってる。
「諦めなさい、アーク……。こうなったユアンには貴方じゃ勝てないわ」
「シャリー……。なら君が止めてくれ。いくらなんでもこんな女の子に……」
「そうね。貴方が私の言うことを聞かずに息子に教えなければ私も止められたのだけど」
「うっ……」
どうやらアーク様の家はシャリーさんの方が実権を握っているようだ。というかシャリーさんが頷いてくれた方が私には不思議でもある。
「シャリーさん、いいんですか?」
「……本当は止めたいけどね。だけど貴女には大きな事情もあるみたいだし……。ただし、危ないことはまだダメよ。もっと大きくなってからね」
「……はい!ありがとうございます!」
やったね!
これで私の目的も達成だ。死亡フラグ回避も限りなく高くなったに違いない。
「よし、それじゃ早速いろいろ教えてやるか。アーシャ、お前を俺の弟子にしてやる!」
……え?
「おい、ユアン。いきなり何言ってる」
「えー?だって考えても見ろよ。アーシャは風属性だろ。それにまだ子供だ。教えるって言ったらやっぱり魔法だろ。それなら俺の出番じゃんか」
「それはそうだが……」
なぜ私の属性が分かったのだろう。普通は他人の属性は見ただけじゃ分からないはず。
「……どうして私の属性が風って分かるんですか?」
「そりゃ、俺が天才魔道士だからだな」
「…………」
答えになってない。
「ま、あながち間違いじゃないんだけどな」
「え?」
「ユアンはSランクの冒険者だ。俺とシャリーもな。ユアンクラスの魔道士なら見ただけで相手の属性が分かってもおかしくはないよ」
「嘘!?」
「嘘ってどういうことだよ!」
「だって……ユアンさんまだそんなに年いってないですよね?そんな小さいのにSランクなんですか?」
とてもではないが信じられない。いやまあ、アーク様とシャリーさんの仲間なのだ。凄い人であるのは分かっている。
「ふふっ、まだ小さいですって、ユアン」
「…………てめぇ……」
何だか心なしか怒ってる気がする。
ていうかまんま怒ってるわよね。
「俺はもう立派な大人だ!童顔で悪かったな!!」
「ええ!?」
「本当だ、アーシャ」
「ハハハッ…………すみません……」
「アーシャ、覚悟しとけ。俺も風属性だ。これからみっちり扱いてやるよ」
あぁ……。人は見かけで判断してはダメね。
ユアンさんの怒りを治める方法は今の私には持ってない。軽いトラウマになりそう。