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異界の巫女  作者: ハル
ゲームスタート
51/56

正反対な二人の講師

 それから数日が経ったものの、ユキさんへの嫌がらせ行為は王子や姉が目を光らせたおかげなのか、月曜の朝の一件以来は何も起こらなかった。

 もちろん私への疑いなどもなく、犯人が見つかった様子もない。

 ユキさんは元気そうにもう大丈夫だと周囲に伝えるが、だからと言って王子たちが警戒を緩めるわけにもいかないだろう。緊張感だけが漂いながらも、日は過ぎていくだけだ。

 そんな木曜日の午後。

 選択授業もないし、ナギたちとの約束もない。私はそのまま一度帰宅してからギルドへと顔を出そうと思っていた。

 多分、運が悪かったのだと思う。

 私の目の前からは明かに不機嫌そうなジラン先生が歩いてきた。


「ん……君、いや貴様は……リーシャ様の出来損ないの妹か」


 狐のような顔をしたまだ年若い魔道実技の講師。そんなジラン先生は貴族びいきで有名なのだが、まあやはり私みたいなのは例外なのである。


「……こんにちは」


 とはいえ、仮にも講師と生徒。どれだけ嫌な言葉を言われようと挨拶をしないわけにはいかない。

 まあこれくらいは言われ慣れてるし、今さら何とも思わない。


「ふん、貴様みたいなのに挨拶される謂れはないな。あぁ、まったくどいつもこいつも!」


 どうやらジラン先生は大変にご立腹のようだ。


「くそっ!なぜあんな冒険者くずれの女に負けなければいけない……!理論だって私も精通してる!それなのにカイン様やウィラクス様はあの女の授業の方がいいというのか!」


 うーん。あんまり話は見えないけど、多分ジラン先生が言っているのはミランダさんのことなのだろう。

 残念ながらジラン先生よりミランダさんの方が理論も実技も優れているのは事実だし、それは私が肩を持ちたいとかではなく、恐らくほとんどの生徒がそう認識している。認めたくないのはジラン先生だけだろう。

 ジラン先生は仮にも下級貴族の端くれなので、平民や特に冒険者を馬鹿にしているのだ。ミランダさんだけでなく、シルヴァさんのことも目の敵にしている。


「おい、貴様!何をこっちを見ている!?貴様も俺のことを馬鹿にするのか!?落ちこぼれの分際で……!!」


 いやいや、何言ってるんですかこの人。

 なんか目が血走ってるのはきっと気のせいなんかではないだろう。


「わ、私は何も……」

「何だぁ!?」


 何を言おうとしたところで、ジラン先生の怒りはなぜか増長していく。普段から怒りやすい面もあるが、今日は常軌を逸しているようにしか見えない。

 それほどの何かがあったのかは知らないが、触らぬ神に祟りなし。ここは早々に退散すべきだ。


「いえ……!あの、私急いでますのでここで失礼します……」


 それだけ言い残して足早に歩き出す。ジラン先生の返事なんて聞きたくもないし、ましてや顔を見るのも恐ろしい気がしてならない。

 けれどそんな態度もジラン先生の勘に触ったのだろう。


「待てぇ!貴様、やはり俺を馬鹿にしてるんだな!?」


 その怒鳴り声と共に、私の頬スレスレに小さい炎が横切った。

 熱い。多分これは軽度だけど火傷になってる。髪も僅かだがチリチリ焼けている。

 いや、そんなことは今はどうでもいい。

 この人、何をした?

 恐る恐る振り返ると、ジラン先生は未だに炎が渦巻いている右手を私に向けていた。


「……先生……?」


 仮にも講師である人が、生徒に向けて魔法を放つ?

 いや、有り得ないでしょ。


「あの女のせいで、俺は今無性に腹が立ってんだ!ちょうどいい、貴様で憂さ晴らしだ」

「……何言ってるんです?私を殺す気ですか……?」

「まさか!仮にも生徒で貴族の貴様を殺すわけはないだろう。だが、貴様みたいな奴が多少の傷を負ったところで誰も心配するまい?なーに、すぐに終わる」


 明らかに尋常じゃないジラン先生。猟奇的なその姿に、私は身体が震えていた。

 ハッキリ言ってジラン先生程度の魔道士なら、私は勝てる自信がある。だけど今震えているのはそういう問題ではないのだ。

 私を獲物として捉えているその目は、どこかあの時の魔物を思い出す。今のジラン先生はその類に見えてならなかった。ここが学院の敷地であることも忘れ、私は本能的に魔力を高めていく。

 だが、それが形を成す前に第三者が忽然と現れた。


「そこで何をしている!!」


 大きな怒鳴り声は私の頭に響いて、築き上げていた魔力は霧散していく。それはジラン先生も同様だった。


「……オ、オルガスト様……!」


 第三者の存在を目にしたジラン先生は、さっきまでとは別人のように打って変わって縮こまるように委縮していた。

 現れたのはアーザイク家当主であり、元騎士団長のオルガスト様。

 なぜここに?とも思ったが、おかげで助かったのは事実。


「ジラン先生……貴殿は今何をしたのか分かっておいでか!?」

「……ぁ……私は……違うんです!こ、この生徒が私を挑発してきたもので……!私は悪くないのです!」


 はあぁ!?何言ってんのよ、こいつ!頭にくるわ!


「仮にそうだとしても、貴殿は生徒に魔法を放ったのだぞ!これは看過出来ることではない!」

「ひ、ひぃ!」


 オルガスト様の威圧的な物言いに、もはやジラン先生は縮こまっているだけだった。


「さて、詳しい話は別の場所で聞こう」

「い、嫌だ……私は無実なんだー!」


 どこまで醜態を晒せば正気になるのか。

 オルガスト様がジラン先生に近づくと、彼は一目散に逃げ出した。これにはさすがのオルガスト様も驚きだろう。


「待て!」

「オルガスト様!……もういいですから……」

「だが……」


 追いかけようとしたオルガスト様を私は咄嗟に呼び止めた。

 それに不服そうな顔を向けられるが、これ以上は大事になりそうだったし面倒だったからだ。


「私は大丈夫ですので……」

「すまない。もう少し早く来てればな……。これがデュークに知られたら私は怒られるな」

「そんな……」


 冗談のように笑いながら言ったのは、きっと私を安心させるためなのだろう。

 忘れてはならないが、オルガスト様は婚約者の父親なのだ。当然面識は何度もある。


「怖かっただろうが……大丈夫ならばいいのだ」

「ありがとうございます……オルガスト様」

「なーに、未来の娘となるアーシャ殿のためだからな。それにお義父様と呼んでくれてもいいんだぞ」


 ジラン先生を前にした時の威圧的な雰囲気はもうなく、そこにはただの茶目っ気のあるオルガスト様しかいなかった。

 意外にもこの人って陽気なのよね。しかもなぜか分からないが私にも好意的だし、本当に娘のように扱ってるくれる。

 実際はデューク様とは結婚する気もない身としては申し訳ない気持ちにもなる。

 ひとまずオルガスト様の言葉には笑って流しておいた。


「さて、ジラン先生については後でまた話しておこう。アーシャ殿が望めばそれなりの処罰も与えられると思うが……」

「いえ、大丈夫です。……ジラン先生も少し気が立っていただけのようなので」

「そうか。まあアーシャ殿ならそう言うと思っていた。……本当に君は聡明なのだな」

「え……」


 一瞬なんて言われたか分からず、呆けてしまった。

 そんな私を見て笑いながらオルガスト様は続ける。


「分かるものには分かるさ。アーシャ殿が噂のような人物でないことなんてな」

「そ、そんなことは……」

「安心しなさい。私は何も言うまいよ。アーシャ殿が望んでそう装っているなら尚更な」

「……」

「あのデュークが好きになった人物なのだ。そうそう普通の令嬢でないことなどわかりきっている」


 なんだろう。否定する間もなくこんなこと言われるなんて。

 オルガスト様くらいの人物なら、確かに見抜かれてもおかしくはないのかもしれないけど。

 結局肯定も否定もせずに、曖昧なままオルガスト様は笑いながら去っていった。


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