姉弟の食事会
その夜、偶然にもバレリアナ家の夕食では姉弟四人が勢ぞろいしていた。
普段は私は部屋で食事を取ることがほとんどだった。なのにこうしてみんなと食事を取るのには当然理由がある。言うまでもなく姉からの強制的な召集だった。
「やはりいいものね。こうしてみんなで食事を一緒にするのは」
「そうですね。アーシャ姉様とも一緒に食事出来るなんて僕嬉しいです」
空気も読まずに陽気に話すのはもちろん姉とヨハンだ。私とルクスは基本的に黙ったままである。
いやね、私もヨハンと食事できるのは嬉しいんだけどさ。
ちなみに両親はいつもの如く仕事が多忙で家にはいない。姉でさえそれは当たり前のように思っていることだった。
「まあ今日はみんなに話があったから同席してもらったのだけど」
「話……ですか?」
「ええ、それはユキについてのことよ」
姉が僅かに声のトーンを抑えて口を開く。
ああ、まさかユキさん関係だったなんて。
「一応みんなはユキに嫌がらせが行われたのは知っているわよね?」
「はい。巫女様に怪我を負わせるなんて許せません……!」
「……」
姉の言葉にヨハンは心から怒りを覚えてるようだ。対するルクスは何を思っているのかよく分からない。
いったいルクスの好感度はどうなってるの?
「本当にね。これはあってはならないことよ。ここ数日は私やエルンスト様が目を光らせてるから何も起きてないけど、いつ同じようなことが起きるかも分からないわ」
「そんな……!」
「もちろんそんなことさせないわ。それに、私たちだってただユキを守ってたわけじゃないのよ。ウィラクス様が独自に動いてどうにか怪しい人物に辿り着けたの」
まさか。
私の知らぬ間に事はいろいろ進んでいたようだ。
しかもあのウィラクスが見つけたというには驚きだ。
「それが彼女よ」
姉は一つの写真を私たちに見せた。
え……。
その写真を見た時、私は僅かに身体が震え、しかし瞬時にそれを押さえつけた。
平常心を保ちながら顔を上げると、そこでルクスの視線とすれ違う。
「……ッ!」
「……アーシャ?」
「い、いえ……」
ルクスは私をもう見ていない。けれどまるで全てを見透かすような視線に私は彼女の存在よりも恐ろしかった。
そう、写真に写っていたのは、あの時ユキさんの机にいた女生徒だったのだ。
「彼女の名はマララ=モルガン。高等部一学年のAクラス、下級貴族のモルガン家の一人娘」
マララ=モルガン。全く聞いたことのない名前だった。少なくともゲームでの登場人物にはいないのは間違いない。
「彼女が巫女様に嫌がらせをした犯人なのですか?」
「それはまだ分からないわ。証拠が何もないもの。だけど彼女の姿は度々ユキの周りで目撃されてるし、その視線も明らかにユキを慕うものでもないの」
「それではほとんど間違いないじゃないですか。すぐにでも捕まえるべきです!」
ヨハンが荒々しく言葉を並べるのは珍しい。まさかユキさんへの好感度が高いのだろうか。
「そう焦らないで、ヨハン。それに彼女は十中八九犯人だとは思うけど、問題は彼女の裏に糸を引いている人物がいるということよ」
そう断言する姉の言葉には、確たる自信に満ちたものだった。
「それはいったい……?」
「……残念だけど、それが誰なのかまでは分からないわ。けれどウィラクス様が調べ上げた情報によればまず間違いないはずよ」
何てことだろう。それを聞いて私の中に浮かび上がったのは一人だ。まさか彼女に命令しているのはカタリナなのではないか。
悪役令嬢である彼女なら、可能性は高いはず。けれど最近の彼女の言動を思い返すと、とてもではないがそうとは思えない。
もちろんカタリナは私のことを信用していないのだから、全てを話すとは思ってないけど。
とりあえず、確かめる必要はありそうね。
「とにかく、みんなには彼女の監視とユキの護衛を改めてお願いするわ」
「もちろんです、リーシャ姉様!僕もルクスも巫女様のために頑張ります!ね、ルクス?」
「……俺は……」
そのための召集だったのだろう。ヨハンはもはや悪役などではなく、純粋にユキさんを守ろうとしているようだ。
けれど肝心のルクスのは何を考えているのか読めない。
何やら考える素振りを見せながら、ルクスは私へと視線を寄越す。
再び交わる視線。
無機質に映るその瞳には、確かに私の姿が映っていた。
「……気には留めておこう」
「あら?ルクスにしては前向きな意見ね。……何か心境の変化でもあったのかしら?」
「別に……」
確かに意外ではあったものの、きっとルクスも少しずつユキさんに惹かれているのだろう。
その一方で私はやはりルクスの視線が気になって仕方がなかった。
それはまるで私を責めるような視線なのだ。ルクスが私を見る時はいつだってそうだ。
その度に罪悪感を感じながら、私から目を逸らしている。
それはいつまでも変わらないものだった。
「アーシャ、貴女もいいわよね?」
「……はい……」
ここで自分だけ返事をしないわけにもいかない。
私も同じように頷くと、姉は満足したようで話を別の話題へと移らせた。
それは主に王子との親密さの話で、聞いていて辟易するほどだ。
それはしばらく続くものの、やがて解放された時にはヨハンとルクスでさえどっと疲れが押し寄せていたものだ。
こうして久しぶりの姉弟揃った食事は幕を閉めた。
「おい……」
足早に自室へ戻ろうとする私に背後から声が掛かる。
その冷たい声音からは、彼が何を考えているのかは何一つ分からなかった。
「ルクス……」
私は足を止め、ゆっくりと振り返る。声音と同様に、眼差しでさえも冷たく私を射抜いていた。
ヨハンはいないようで、ルクス一人しかいない。
「……お前、何か知ってるんじゃないのか?」
「どうして、私が……」
どこか確信めいた言葉に、私は少なからず動揺する。
むしろルクスこそ、何を知っているというの?
「別に。ただ、そう思っただけだ……。何も関わってないならそれでいい」
「え……」
その言葉の真意は果たしてどこにあるのだろうか。
口数の少ないルクスの考えなんて私にはわかるわけもないのに。
けれどそれ以上ルクスが何かを喋ることはなかった。
その場に無言が訪れるが、やがて後から現れたヨハンがルクスに声を掛ける。その隙を見て、私は再び自室へと歩いていった。
どうしたって、慣れないわね。
ルクスは何も悪くないのに。
「ハァ……」
「いかが致しましたか、アーシャ様?」
自室に入った途端、そこはもう私の領域だ。誰も気にせずため息を吐けば、そこにはメイドのルーナがいたようで、耳聡く気づかれる。
ある程度は私の本性を知っているとはいえ、ルーナには全てを話していない。ましてルクスのことなんて話せるわけもなく、適当に誤魔化すしかなかった。
「……何でもないわ。久しぶりの姉たちとの食事で気を張りすぎてしまったみたい」
「……そう、ですか」
やや不服そうな顔を見せるのは、それが私の本心でないと見抜いているからなのだろう。それでもルーナはメイドの域を逸脱することはなく、素直に退きさがる。それがルーナのいいとこでもあった。
本当にこんな優秀なメイドを持った私は幸せ者よね。どうして、ルーナは私を選んでくれたのかしら。
それは昔から思っていたことでもあったし、一度直接ルーナに尋ねたら本気で怒られたこともあった。彼女は私が自分を卑下することは許さないのだ。
「……ありがとうね、ルーナ」
「アーシャ様……?」
普段からの感謝も込めて礼を言えば、ルーナは眼を点にさせていた。
そりゃそうよね。いきなりそんなこと言われたら。
けれどルーナはすぐに嬉しそうな顔をして、私に笑いかけてきた。
その顔を見て私も嬉しくなる。それは本当に嬉しそうな笑顔だったからだ。
ねぇ、ルーナ。私は貴女に出会えただけでも、幸せ者よね。




