抗う運命
どれだけの時が流れたのか。
それは長い眠りのようであったが、目覚めた時の状況は僅か一分も経っていないのだと理解する。
目の前には未だ魔物がギラついら目をしながら睨んでいる。
けれど明らかに違っていることがあった。
一つは魔物の身体に大きな傷が出来ていること。私の魔法ですら大して効きもしなかったというのに。
そしてもう一つは、魔物が睨んでいるのは私でなく、私の身体を腕に抱いているよく知る人物だった。
「どうして……」
その言葉にはいろんな意味が含まれていたが、彼は――シルヴァさんは優し気な笑みを私に浮かべた。
心配するな、と言いたげに。
「無事で良かった。信号弾を見て向かっていたんだが、途中でおぞましいほどの気配が三つ現れてな。その一つがこいつだってわけだ」
「シルヴァさん……」
「よく頑張った、アーシャ。後は俺に任せろ」
シルヴァさんは私の身体を横たわらせ、静かに立ち上がって魔物へと対峙する。
あぁ、私は何て無力だったのだろう。
その事実が私をひどく落ち込ませ、呆然とシルヴァさんと魔物の戦いを見ることしかできなかった。
それは圧倒的すぎるほどに優劣がハッキリとした戦いだ。
もちろん一方的に攻めているのはシルヴァさん。これがSランクの実力なのだろう。
「すごい……」
私では歯が立たなかった魔物は、反撃することすら許されずにシルヴァさんによって苦しめられていた。それはシルヴァさんの本気を示しており、私にとっては初めてと言っていいほどのシルヴァさんの本気の姿だった。
裏を返せば、それほどまでにこの魔物は強かったのだろう。私なんかが敵うはずもなかったのだ。
……なんて、結論づけられるわけもない。
私が敵わなかったのは紛れもない事実。私はまだまだ弱い。弱すぎる。
どうしようもなく、悔しかった。
「……これで終わりだ!!」
シルヴァさんの止めの一撃が魔物を襲う。
避けることすらできなかった魔物は、その場で燃え上り、やがてその存在が初めからなかったかのように死体すら残らずに消え去った。
「……無事か、アーシャ」
危険が去ったことも分かり、シルヴァさんは私の元へと駆け寄った。
身体には魔物から受けた傷が出来ている。致命傷ではなかったが、未だに苦しいことは事実だ。けれど強がって私はゆっくりと立ち上がる。
「……大丈夫。ありがとう、シルヴァさん……」
「いや、構わない。俺こそ済まなかった。まさかこんな魔物が潜んでいたなんてな……」
そうだ。なぜこれほどまでに、凶悪な魔物が現れたのか。
そもそもが、近くにある死体となった男が呼び寄せたものなのだろう。それはまるで魔物を召喚したようなものだった。
これも魔王の復活と関係があるの?
ゲームのシナリオを知っているというのに、現実のこの世界の状況が私にはわからないことが多い。
そこで私はようやくさっきのシルヴァさんの言葉の意味を理解した。
そういえば、シルヴァさんはおぞましい気配が三つと言っていた。それは普通に考えたら、レンとグラムが追っていた人物が召喚したやつだ。
「シルヴァさん!レンとグラムは……!」
「心配するな。他の二つにはデュークとアンナさんが向かってる。今の魔物と同じ強さであるなら二人とも手こずらずに勝っているはずだ」
その言葉に安堵すると同時に、やはり私は自分の力の無さを理解する。
こんなんじゃダメだ。私はもっともっと強くならなければ。それこそ、未来を生き残るためにも。
「ひとまずギルドへと戻ろう。アーシャの治療が最優先だ」
私の強がりなんてお見通しなのだろう。シルヴァさんは有無を言わさずに私をおぶってギルドへと歩き出した。
初めはそれに拒否したものの、私の意見なんて通るはずもない。
諦めて意識をシルヴァさんに預けることにした。
その後は私はギルドの中で過ごすことになった。
事件が起きた貧民街を中心に、いっそう警備が集中されたようだが、同じようなことは二度と現れなかったし、不審者も発見されることはなかった。
ギルドに戻った私は治療を受けながら、やがて帰ってきたレンとグラムも同じように傷を負っていた。やはり不審者の男たちが魔物を召喚したようで、二人とも善戦したものの、デューク様とアンナ様が来てくれなければ危ないところだったらしい。
あのレンでさえ、その日は喋ることなく、治療を終えて帰っていったのだから相当に堪えていたのだろう。
不審者の男たちは、死体から情報を得ようとしたが、その捜査はどうやら難航しているようだ。最もこれ以降は私たち冒険者ギルドの管轄ではなく、騎士団たちの預かりとなっているので、詳しい情報が私のもとに降りてこないだけかもしれない。
唯一彼らに接触した私たちは騎士団員から事情聴取のようなものをされるものの、一応はシルヴァさんの計らいで私はデューク様と顔を合わせることもなく一日を過ごすことができている。
こうして、裏ではひと悶着あったものの、表向きの建国祭は無事に終了したのだった。
「……思いつめた顔をしてるな」
「シルヴァさん……」
傷は塞がり、もう身体は自由に動かせたが、私は未だにギルドの医務室のベッドにいた。
外は暗くなり始めているので、私もそろそろ家に帰らなければ怪しく思われるかもしれない。だけど、未だにその足は固まったように動こうとしなかった。
「もう傷は平気か?」
「うん……」
「そうか……」
私の身体を心配しながら、シルヴァさんはそこから動こうとはしなかった。
あの時、シルヴァさんが来なければきっと死んでいた。
その恐怖が時間が経った今でも私を襲うし、そうなった自分の弱さにも後悔するばかりだ。
「……私、もっと強くなりたい」
「アーシャ……。気にすることはない。あの魔物は明かに尋常なものではなかった。S級やA級のダンジョンに生息するくらいの強さだ。お前が勝てないのも無理はない」
シルヴァさんは私を慰めるようにそう言うが、だから何だというのだ。
そんな魔物に出会った事実は変えようもないことだ。
「だけど、今後も同じような魔物が現れないとも限らないわ。……ううん、きっと現れる」
それは確信に近い考えだった。
ゲームのシナリオは学園の恋愛模様を中心としたものだったが、そもそもが魔王が復活しているかもしれないのに、魔物が今までと同じような生態とは限らない。
いろんなことが謎に包まれているが、分かっていることもある。
私がこの先死ぬ運命にあること。
それはいつ訪れるかもわからないこと。
そして、それを回避しなければいけないこと。
そのためにはもっともっと、強くなれなければならないこと。
「……死にたくないの。私は生きたい」
「アーシャ……?」
「もっと力を付ける。だから……」
「……それもお前の事情なのか?お前は一体何を抱えている?」
もはやシルヴァさんの言葉なんて聞こえてなかった。
ただ私は、自分の運命を生き残ることだけを考えていたのだ。




