主人公登場
三学年Aクラス。Aクラスは貴族クラスにあたる。
教室の中で私はただ一人で座っている。学院には数少ない友人はいるが、このクラスでは私は常に一人ぼっちだ。姉や王子たちとも同じクラスだが、彼らは私たちには基本的に学校内では話しかけてこない。他の貴族たちも好き好んで私みたいな存在には関わろうとも思っていないのだろう。
いつものように私は一人でいたが、今日は珍しく姉が話しかけてきた。その後ろにいる小さな少女を見ればその理由も一目瞭然だ。
「アーシャ、少しいいかしら」
「お姉様……」
「まだ貴女は挨拶していなかったわよね。ほら、この子が例のウィンダリア家の子よ」
姉はそう言って後ろから黒髪の少女を前に押し出した。
「あの……ユキ……ユキ=ウィンダリアと言います。……よろしくお願いします」
予想通り、主人公である彼女が現れた。
ユキ=ウィンダリア。本名は二宮由紀。公式でのデフォルト名である。
染めていない髪は真っ黒で、肩上までのショートヘアだ。
この世界での黒髪は珍しいようで、あまり現れない。けれどアークさんみたいな例外もあり、黒髪を見るだけで私は少し懐かしくも思った。
彼女は主人公らしく、容姿もとても可愛らしいお人形さんのようだった。背も小さく、女の私からしても守ってあげたいと思ってしまうような少女だ。最も彼女には守ってくれる人たちは実際に限りなくいる。
性格はゲームではあまり窺えなかったが、今目の前にいる彼女を見るとどうやら内気な性格を窺わせる。少なくとも活発な印象は見られない。
正直な感想を言うのであれば、この子が将来魔王を倒すなんて信じられない。確かに私でも分かるほど彼女からは高い魔力が溢れている。属性も光とあらば、貴重な戦力になるのだろう。
だけど、大丈夫なのかな……。
まあゲームでもだんだんと成長していくので余計な心配だとは分かっている。
少なくとも私自身彼女への敵意はあまりない。仲良くするつもりもないし、むしろ命令されて何かする可能性は大いにあるのだけれども。
その時はごめんなさいね。全ては自分自身のためだから。
「アーシャ……アーシャ=バレリアナです。よろしくお願いします」
無愛想に応える私に主人公は少しビクついたようだった。そんな私たちを見てため息を吐くのは姉のリーシャである。
「アーシャ……。ごめんなさいね、ユキちゃん。この子の態度はいつもこうだから、あまり気にしないで」
「はい……」
どうやら彼女の私に対する第一印象は最悪のようだ。こちらとしては願ってもないことだけど。
「貴女も分かってると思うけど、ユキちゃんはこの学校だけじゃなく、この世界のこともよく分かっていないのよ。何かあれば助けてあげてね」
「……私に出来ることなら」
「あの……よろしくお願いします」
彼女はペコリと頭を下げて、会話が終わると姉と共に私の元を去っていく。
席はどうやら姉と隣同士のようで、その周囲には王子やウィラクスの姿もあった。
確実に偶然ではないのだろう。
クラスの一部分がとても煌びやかに見えるその姿は、多くの者にとって神聖視される。けれども、極僅かの者には悪意を持つものだって現れるのだ。
それが世の中の常というものなのだろう。
「アーシャさん?後でお時間を頂けないかしら」
それ見たことか。
声がした場所をチラッと見れば、そこには不機嫌極まりないオーラを持つマッカーサ嬢がいた。
「カタリナ様……?」
「言っておきますが、貴女に拒否権というものはありません」
「……分かりました」
さあ、悪役令嬢手下へのフラグが立ちましたよ。
午前の授業も終わり昼休みとなった。
学院の授業は週六日あり、休みは週一日だ。けれど共通授業はそれぞれ午前中のみで、午後はそれぞれの選択授業となっている。
選択科目は戦闘実技、戦術理論、魔道実技、魔術理論、政治学、淑女学、商業学の七つある。政治学と淑女学だけ同じ日にあり、それ以外は週一日ずつ午後に授業が開催される。この二つが同じ日にあるのは、政治学は男性限定で淑女学は女性限定の授業だからかぶることがないからだ。学院の生徒はこの選択授業の中から、最低二つ以上選ばなければならない。
今日の選択授業は戦闘実技だ。私は取っていないので、本来ならばそのまま昼休みも取らずに帰ることが出来るはずだった。
「よく逃げずに来ましたわね」
ファンタジーな世界だろうと、どこの学校でもこういった呼び出しはあるものなのだろうか。
学院の校舎裏というベタな場所にて、私は三人の悪役令嬢を前に動けずにいた。
一番前に立つのは悪役令嬢そのものカタリナ=マッカーサ。
深紅の髪を靡かせる彼女はウィラクスと婚約しているが、実は本当に好きな相手はエルンスト王子なのだ。彼ほどに綺麗な髪色はしていないが、それでも同じ色の髪と属性を持つ自分が王子に相応しいと信じて疑わない。けれどさすがの彼女も姉であるリーシャの完璧さには敵うとも思っておらず、泣く泣く王子へと近づけないでいるのだ。
そうやって自分を押し殺しているカタリナでもあるが、パッと現れた主人公が王子と近づくのを黙ってみているわけもない。王子と主人公の距離が近づくほど、彼女の嫌がらせはエスカレートしていくのだ。
ちなみにだからと言って、主人公がウィラクスと仲良くなるのも黙っていられるわけはなかった。プライドが高いカタリナは婚約者が他の女性を目にすることを当然許さない。
カタリナはエルンストルートとウィラクスルート、二人の間に立ちはだかる悪役令嬢なのだ。
「……私にお話とは……」
「あら?そんなもの分かってるんでしょう?」
「あの女は一体何なのかしら?」
カタリナの両後ろから声が発せられる。後ろに控えるのはカタリナの手下でもあるミレイ=アリーザとアンリ=スルート。
ミレイの実家であるアリーザ家はアーザイク家と懇意にしており、その関係でミレイは自分に懐いてくるディーンを好きになる。そんな彼のルートに入ると立ちはだかるのがミレイだ。
対するアンリは同じクラスであるカインが好きなのである。女嫌いとして有名であるが、ふとしたきっかけで彼女はカインを好きになり、カインルートに入るとアンリが悪役令嬢として主人公に敵対する。
ちなみに本来ならばヨハンは自分に自信のない肥満体質でルクスに対して僻みがあるので、ルクスルートに入るとヨハンが悪役令嬢に位置するキャラに置き換わる。
そして私はそんな彼女らにこき使われる手下の手下という位置づけだ。
「あの女とは……?」
「しらばっくれないで。転入してきたユキという小娘よ。なんであんな娘がいきなり現れてエルンスト様たちと慣れなれしくしているの?」
どうやら思っていた以上にカタリナたちはご立腹のようだ。
「……彼女はウィンダリア家の者です。あまりそのような物言いは……」
「ウィンダリア家ですって……それがそもそもの謎なのよ。あのウィンダリア家にあんな娘はいなかったはずよ。それがいきなり現れて、みんな不思議に思っているの。貴女なら同じ五大貴族として何か知っているんじゃないの?」
「…………」
カタリナは悪役令嬢で有名だが、思っているほど馬鹿ではない。
ウィンダリア家といえば、同じ五大貴族ですら無暗に絡むこともできない。それがその他の貴族ならばなおさらだ。それなのに、カタリナはウィンダリア家と聞いても臆することはないようだった。
「黙ってないで何か言ったらどうなの。本当は知っているんでしょう?」
「……私が知っているのは彼女がウィンダリア家の養子となったことくらいです」
「養子?」
「はい……。どこからやってきたのかも分かりません。だけど突然現れてウィンダリア家の養子となったのです」
私が話せるのはそれくらいだ。いくら何でも彼女が異世界からやってきて魔王を倒す存在だなんて言えるわけもない。そんなことを話しては一年も待たずに処刑されるのは目に見えている。まあそれもいずれは学院のみんなに知られることになるのだけれども。
「そんなまさか……隠し子でもいたの……?」
「どうします、カタリナ様?」
「……養子だろうとウィンダリア家の者だろうとエルンスト様たちとあんな親しくなるなんて許せないわ」
「そ、そうですよね!」
「どうやら注意してあげる必要がありますわよね」
三人はやはりどうあっても主人公と敵対するのだろう。これもやはりゲームのシナリオ通りということか。
「さて、アーシャ様」
「はい……」
「貴女は仮にもバレリアナ家の一員。あの女に近づくのも容易なことでしょう」
「……そんなことは……」
「反論は認めませんわ。あの女の動向を逐一私に報告して下さいませんこと」
「……それって……」
「いつも一人でいて退屈ですわよね。貴女に仕事を与えようと思うの。私たちみたいな下々の願いを聞いてくれますわよね?五大貴族のアーシャ様」
なんて支離滅裂な。さすがは悪役令嬢。
どうにか断る糸口を探そうとしたが、どんなに抗いてもそれは無理そうだった。
ここはフラグ通り、大人しく手下となるべきなのだろう。
ごめんなさいね、ユキさん。貴女に恨みはないのだけど。
こうして私は悪役令嬢の手下の手下となるのだった。




