攻略対象:ツンデレ魔道士
ギルドでの一悶着があったせいか、私の気分は優れないまま帰路についていた。
思いだすだけでムカつきが募るがそれを抑えて歩いている。
家まではもうすぐだ。そろそろ午後になりそうな時間、昨日から久しぶりに外に出ていろいろなことがありすぎた。
家に帰って早く横になりたい。ルーナもきっと待ってるだろうな。
まさかアーザイク家に外泊してきたなんて思っていないだろう。私自身信じられない気持ちなのだ。心配してるかもしれないし、その前に小言を言われそうな気もする。
そんなことを考えながらもうすぐバレリアナ邸が見えてくる頃、向かい側から二人の人物が歩いてくるのが見えた。
私とそう変わらないくらいの少年と、それに付き従う執事の青年。
特に何とも思わずに通り過ぎようとした時、少年の方が私に気づいて歩みを止める。
「あんたは……」
訝しげに尋ねられれば私も足を止めざるを得ない。
少年へと向き直った。
「やっぱり……アーシャ=バレリアナか」
「……貴方は……?」
「フン……どうやらあんたの記憶力は良いわけじゃないようだね」
態度の悪い少年に、私は演技を装って答えたら大変失礼な返しが来た。
予想はしていたけど、ウィラクスと同じくらいに厄介な存在になりそうね。
「ご、ごめんなさい……もしかしてカイン様ですか?」
「そうだよ。あんたとは七年ぶりになるね。どうだい、ずっと家に引きこもっていた感想は」
「…………」
ムカつく。
怒りをどうにか抑えて、私はアーシャを演じながら目の前の少年を見た。
カイン=フルブラッド。最後の攻略対象者だ。
他の攻略対象と同じく五大貴族であるフルブラッド家の長男。一つ年下でルクスやディーンと同い年だ。性格は気難しく、なかなか他人と距離を埋めない。しかし親しい相手には最大限の愛情を与える、所謂ツンデレ枠だ。
ちなみにカインは女性に囲まれて育ったせいか、女性に対して苦手意識が強い。それは主人公にも同様で、仲良くなるには根気が必要だ。また、フルブラッド家はバレリアナ家よりも魔法に強い血筋で、カインもまた強い魔道士なのだが、姉よりも弱い自分が家を継ぐことに悩みもある。そうやって長い時間をかけて信頼を築けば、後は彼のデレが頻繁に現れるようになるのだ。そのギャップが割と評判良く、攻略対象の中ではそれなりの人気を保っていた。
それにしても、まさかこんなところで最後の攻略対象であるカインと出会うとは思わなかった。正直今の私にとって彼に会うのはとても気まずい。
なぜならばカインはフルブラッド家の人間だからだ。
カインは長男であるが、その上に姉が三人いる。そのうち二人はすでにレヴァリア王国にはおらず、今いる姉が三女のアンナ=フルブラッド。私の婚約者となったデューク様に片想いをしているのは貴族内でも有名だ。
今までデューク様には婚約者がいなかったが、20歳を前に婚約を結ぶと噂されていたのがアンナ様らしいのだ。しかし現実として婚約を結んだのはバレリアナ家の私となってしまった。フルブラッド家からすれば、私の存在は疎ましいものとなっているはずだ。
それはもちろんカインも例外でなく、今現在鋭い敵意を向けられている。
「だんまりなの?あんたは昔からそうだったよね。愚図でノロマで、リーシャ様とは大違いだ。……本当に何でデューク様はあんたなんかを……」
「…………」
忌々しそうに呟くカインに私は何も言えなかった。反論しても、謝っても、彼の怒りを買うのは目に見えたし、何よりも婚約の件に関しては私自身アンナ様には申し訳ないと思っているのだ。
とはいえ、私はもうデューク様と約束を交わしてしまったので、誰に何と言われようが婚約を解消する気はない。ついでに言えば結婚する気も全くないが。
「……もういい。あんたを前にすると気分が悪くなる」
「……申し訳ございません、カイン様」
「フン……」
何も言わずに焦れたカインが先にこの場を去ろうとした。私は余計なことだと分かってても、アーシャとして二重の意味で謝罪をせずにはいられない。
「行くぞ、キール」
「……かしこまりました」
カインは最後に終始無言でいた後ろの執事を呼びつける。キールという名らしい執事は主人であるカインに付き従って歩き出した。
恐らく二十歳くらいだと思われるまだ若い執事は、通り様凄い勢いで私を睨んできた。
「……ッ」
それはカインの視線よりも怖く恐ろしいもので、一瞬の驚きのあまり硬直してしまう。思いがけず慌てて振り向けば、すでにもう彼はカインの後を無表情に付いて歩いているだけだ。
「何よ、今の……」
執事からも嫌われてるって?
そんなの分かってたことだけど、さすがにちょっと悲しいかな。
と、思ったのは一瞬だけで、私はやっぱりあの二人へのムカつきが募った。
昨日からこんなのばっか。このまま学院へ入学して精神的に持つか心配だわ……。
来る未来を思いながら、私はため息を吐いてバレリアナ邸へと帰った。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「た、ただいま帰りました……」
私がバレリアナ邸の前に着くと、ルーナが扉の前で仁王立ちしてのお迎えがあった。
誰がどう見ても怒っているのは明白である。
「アーシャ様」
参った。ルーナは怒るととても怖い。それはもう身をもって何度も知らされた。
そんな彼女を前に反射的に委縮してしまう。
というかいつからここにいるのだろう。
まさか朝からずっと、なんてことはないよね?そうだったらどんなに申し訳ないか……。
「アーシャ様!」
「は、はいっ!」
考えに耽っていたら再三呼ぶ声に変な声を上げてしまった。
ルーナは変わらず私から視線は外さない。
「……私に何か言うことはありますか?」
「えっと……怒ってる?」
「怒られるようなことをした覚えでもありますか?」
「まぁ……ありすぎて分からないわ」
「…………」
「…………」
「……ハァ…………」
笑って誤魔化そうとした私に根負けしたのはルーナだ。ため息一つ吐くと少しだけ怒りのオーラが和らいだ。
「ルーナ……?」
「アーシャ様にはお聞きしたいことがたくさんあります。ここでは何ですのでお部屋へと移動しましょうか」
あれ?これって逃げられないパターン?
「えっと、私ちょっと疲れてて……」
「疲れるまで何をしてらしたんですか?」
あ、墓穴ほっちゃった。
もう逃げられないだろうな。観念してルーナの後を付いて自分の部屋へと戻った。
一日ぶりだというのに、とても懐かしい気分だ。やっぱり自分の部屋は落ち着く。そのままベッドへと腰かけて横になりたい気分だったが、そうはさせてくれないのがルーナだ。
一応私の方が主人なんだけど。
「お休みになる前に昨日から今まで何があったのかお話ししてくださいますか?」
「そうは言っても、いくらルーナでも全ては話せないわ」
「もちろんそれは構いません。ですが!昨夜に起きたことだけは洗いざらい話してくださいね!さぁ!いったいアーザイク家でデューク様と何があったのですか!?」
ルーナ?そんなに顔を近づけないでくれる……?
鼻息荒い興奮するルーナを見るのは初めてだ。正直引いている私がいるが、どうにもそのことが一番聞きたいみたい。
「何って……特に何もないわよ。夜会で倒れた私を介抱してくれたみたいで、目覚めたらデューク様のお部屋だったの。夜も遅かったからそのまま一晩を過ごしただけよ」
「デューク様のお部屋で!?ベッドで一夜を明かしたのですか!?」
「そ、そうなるわね……。ただ多分ルーナが思ってるようなことは何もないわよ」
「本当ですか!?アーシャ様、デューク様に指一本触れさせてないですよね!?」
「え……えぇ……そうだった、わね……」
「……曖昧な答えですね。やっぱりデューク様にお身体を触れさせたのですか!?」
「違うわ!ないない!一度も触れてないわ!」
いや、嘘だけども。
あまりにもルーナの勢いが怖くてそう言うしかない。
ただルーナはそれを聞いて少しだけ落ち着きを取り戻したようだ。
「……そうですか。ならいいのです。……それにしても、なぜアーシャ様とデューク様に婚約の話が?そんな素振りなんてなかったのに……」
これではデューク様からの婚約なんて伝えたら発狂してしまいそうだ。ルーナには悪いが嘘を吐かせてもらおう。
「どうやらお父様が勝手に決めたようね。ただの政略よ。気にしなくても大丈夫」
「しかし……」
「どうせ結婚もせずに破綻になるわ。だから心配しないで、ルーナ」
「……分かりました。アーシャ様がそう言うのならばそれを信じましょう。……取り乱して申し訳ございませんでした」
「いいのよ、ルーナ。むしろ貴女の感情が見れて嬉しかったわ」
ようやく冷静になったルーナに私は心底安心した。初めて見る彼女の姿は本当に恐ろしいと言っても良かった。
だけどルーナってば、そんなにデューク様のことが好きだったのね。だとしたらこの婚約はアンナ様だけでなくルーナにも申し訳ないことになっちゃったわ。
でもごめんね、ルーナ。この婚約を破棄するわけにはいかないの。出来るだけデューク様とは距離を置くから許してちょうだい。
そんな考え事に没頭していた私はルーナの独り言なんて聞こえるはずもなかった。
「……デューク様。申し訳ありませんが貴方は要注意人物に認定いたしますわ。これ以上はアーシャ様に近づかせるわけにはいきません」
次回より、数年経ってようやくゲーム開始に近づきます。




