久しいかの地へ
太陽の光が街並みを照らし、賑やかな話し声が耳に届いてくる。
空気は澄み渡り、空を見上げれば青く広大に広がり雲一つない天気だった。
青空ってこんなに綺麗なものだっけ。
私は城下町の街並みを一人歩きながら、五年ぶりにの外を満喫していた。
デューク様とは折り合いをつけ、アーザイク家を出てからまだ数時間。着替えもすませた私はどこからどうみても町娘の一人にしか見えないだろう。
アーザイク家からバレリアナ家へ送るというデューク様の言葉を、半ば強制的に封じて私は密かに街へと繰り出してきたのだ。
五年ぶりに見る街並みはほとんど変わりはないが、新たに建てられた建物や無くなった建物などもある。何よりも感じたのは子供の時には全て大きく見えたものが、今はそうでもなくなったことだろうか。
五年という月日は、思っている以上に長かったのかもしれない。
私はようやく、ここまで来ることが出来たのだと実感した。
「…………」
見上げるは荘厳な建物。子供の時にも感じたが、やはり今でもこの扉は大きく感じる。
冒険者ギルド。
私は久しぶりにこの地へと足を運んだ。
扉は誰を拒むでもなく、容易に開く。少しだけ緊張しながら私はその扉を開いた。
中からは様々な人たちが和気あいあいと話している。カウンターで依頼を受けている者や仲間を探したりしている者、二階の酒場からも早くから声が聞こえてくる。
私はそれだけを見て、ただ一筋涙を流していた。
――変わっていない。ここは何も変わっていないのだ。
それが嬉しいのか悲しいのかも分からなかった。アークさんたちを思い出すと、ただ胸の奥が締め付けられるように苦しい。
「おい、そこに立ってると邪魔なんだけど」
「あ、ごめんなさい」
動けないでいると、突然後ろから声が掛けられた。それもそうだろう。
入口で立ち止まっている私を不審そうに見る少年。涙は多分見られていない。
背が高いので私よりもいくつか年上なのだろう。赤い髪色をしているが、くすんでいてあまり綺麗には見えない。それでいて視線は鋭く第一印象としては怖いイメージだ。
私は一言謝って素直に道を彼に譲った。そんな彼は私を一瞥するだけで何も言わずに通り過ぎる。やっぱり印象は最悪だ。何人かに話しかけらているので、恐らくはギルドの一員なのだとは思う。
「いつまでもこうしてても仕方がないわね」
今日ここへ来た目的は何も思い出に浸りたかったわけではない。
私は一歩一歩中を進んでカウンターを目指した。周囲からは不審げに見られる視線もあったが、大抵は好奇心の視線だ。冒険者ギルドに見知らぬ少女が現れれば誰だって目を引かれるだろう。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。何かの依頼でしょうか?」
カウンターの前に立つと受付のお姉さんが対応してくれた。
ギルドへの依頼は様々なものがあり、街の民たちから依頼がある場合こうやって直接やってくる場合が多い。受付の人もそう思ってのことだったのだろう。
生憎と私は依頼をしに来たんじゃないのよね。
「いいえ。冒険者になるための手続きを受けに来たの」
その言葉にお姉さんも近くにいた人たちも驚くように私を凝視した。
冒険者。それが昔からの、前世の記憶を取り戻してからの私の夢だ。
私のような年の少女が冒険者になるなんて余程珍しいことなのだろう。
「……かしこまりました。ギルドへの登録ということでよろしいですか?」
さすがはプロの受付だ。驚きも一瞬で、すぐに対応を変えてきた。こういう人は好感が高い。
「お願いします」
「……では、こちらの誓約書に貴女の名前とサインをお願いいたします」
アークさんたちに学んだことだが、実は冒険者という肩書きだけなら簡単に取れるのだ。
お姉さんが言ったように誓約書に名前を書くだけ。それだけで冒険者ギルドへの登録がみなされ、肩書きだけは冒険者と名乗ることも出来るようになる。
誓約書もいろいろなことが書かれているが、主なものは命の保証がないということだ。資格も何も必要なく、年齢でさえ決まりもない。極端な話が私が初めてギルドへ来た時も登録だけならすることも出来たのだ。最もあまりにも若かったりする場合はギルドの判断で拒否することも出来るようで、私はそれに引っかかっていたのだろう。
今はもう13歳。まだ小さいことに変わりはないけど、今なら私は冒険者になれる。最も周りの目は盗む必要はあるので、本当に今はまだ肩書きだけだ。
「……これでいいですか?」
名前を書いて誓約書を返す。ちなみに登録には偽名も可能らしい。私は偽名ではないが、アーシャとだけ書いて家名は書かなかった。
書いたら一発で貴族だとバレてしまうだろうしね。
「はい……問題ないようですね。これでアーシャさんは今日から冒険者となります。最初のランクはFランクからですが、説明などは必要でしょうか?」
「いいえ、ある程度は知っているから大丈夫です」
「かしこまりました。では今後ともよろしくお願い致します」
うん、やっぱりこのお姉さんは好きになれそうだ。
冒険者ランクはFからSまであり、Fランクは冒険者になったばかりの人に与えられる。ただし依頼をある程度こなせればすぐにEランクに上がることが出来るので、これはギルドに登録だけしている人への対処だとか。
反対にSランクは極めて珍しく、普通はそこへと到達できる人はいない。世界でも十人といなく、それに到達したアークさん、シャリーさん、ユアンはそれほどに凄いのだろう。
とはいえその下のAランクでも十分に凄い冒険者だ。このランクでいえば、王国の騎士団長に匹敵かそれすらも凌ぐほどだと思っていい。
ちなみにだが、ギルドの中で一番多いのはBランク冒険者で、その次にFランク冒険者だと昔聞いた。
さすがにFランクでいるのは嫌なので、なるべく依頼こなしてEランクまでは上がらないとね。
そうは言っても家の者たちの目を盗んで冒険者として活動するのはとても困難のはずだ。今日だってそろそろ家に戻らねば怪しまれてもおかしくない。
ひとまず最初の依頼はまた今度ってことで帰ろうかな。
一応の目的は果たしたので、そう思って帰ろうとすると私の名を呼ぶ声が聞こえた。
「アーシャ……?」
顎鬚を綺麗に整えた、優しそうなダンディーな大男。あまりその変わらない姿に私の目頭は少しだけ熱くなる。
「マスター…………」
「やっぱり!アーシャなのか!?久しぶりじゃないか!!」
「アーシャ?アーシャだって……!?」
「本当に!?あのアーシャなのか!?」
マスターが私のもとへと駆け寄ると、何人かの人たちも私の名を呼んだ。よくよく見ればその顔のどれにも覚えがあった。
「無事でいたのか……心配したんだぞ!」
「ごめんなさい、マスター……」
思えば、それも当然だ。
アークさんたちの死を知ると共に、私は逃げるようにギルドからも離れた。マスターたちにも何も伝えず、ただ一人で殻に閉じこもっていたのだ。優しいマスターやギルドの人たちが心配してくれないはずがなかった。
よく考えればすぐに分かることなのに。
「いいんだ……。本当に無事で良かった……!」
「マスター、私今日は冒険者になりに来たんです。登録も今済ませました」
「なんだって?いや……必然のことか。思えば最初にここへ来た時も冒険者になりたいと言っていたな……」
私の言葉に驚いていたが、昔を思い出すとマスターも納得したようだった。今回に関しては止めることもしないで応援してくれた。
「だがアーシャ、家のことはいいのか?」
「え……?」
「その何だ……最後に会った時の様子からして、本当は貴族の娘なんじゃないかと思ってな……」
思いがけない言葉に押し黙ってしまう。
マスターの言葉の通り、最後にギルドに会った時は貴族の服を着てメイドからも綺麗に繕われていた。洞察力の高いマスターからは一発でバレていたのだろう。
少しだけ渋るが、マスターに対して隠し事をあまりしたくもないし、いずれは分かってしまうことだ。私はその言葉を否定することはしなかった。
「……家のことは関係ありません。私は自分の意思でここへと来たんです」
「そうか……。すまない、アーシャには愚問だったな」
マスターは私の意思を尊重してくれた。
それはとても嬉しいことだったけれど、その事実は皆にそう簡単に受け入れらるものではなかった。
「おい!お前、貴族って本当なのか!?」
マスターとの会話を聞いて割り込んできたのは先ほどすれ違った赤髪の少年だ。その敵意剥き出しの言葉に私は密かに眉を顰める。
ギルドに所属する冒険者の大半は平民たちであり、貴族が冒険者になることなど滅多にない。むしろ一般的には貴族の人たちは冒険者という職業を軽視しているのが現実だ。
野蛮で下賤な職業。それが貴族が見る冒険者への共通認識といってもいい。中には誰でも入れるギルドに興味本位で登録する者もいるが、結局はランクも上がらずFランクのままでいる者がほとんどだ。
それ故真面目に冒険者をこなす者たちからは貴族への認識が良いはずがない。
例に漏れず、少年も貴族という言葉に反応していた。
「だったら何なの?」
「ふざけんな!貴族が冒険者なんてどうせ遊び感覚なんだろ!しかもお前みたいな女が出しゃばってくるとこじゃねぇんだよ!」
「遊び……?」
私自身、あまり貴族に対していい感情はない。
だけどそこまで言われる筋合いはないし、私は決して遊びなんかじゃない。
「そうだ。どうせただの興味本位なんだろ。だいたいお前みたいな子供が来ることがおかしいんだよ」
「ふざけないで!私は遊びなんかじゃない!」
「どうだか。本当に冒険者を分かってるのか?こっちは命を懸けて戦ってるんだよ!」
「分かってるわよ!私はまだ魔物と戦ったことはないけど、でも戦う覚悟は持ってるつもりよ」
「……だったらそれを証明しな。俺と勝負しろ!」
「勝負……?」
「あぁ。ま、お前には無理だろうけどな。分かったらさっさとお家にでも帰りな」
カッチーン!
何なのよ、こいつ。どれだけ貴族が嫌いか知らないけど、初対面でここまで言われたら引き下がれない。私はそこまで出来た人間じゃないの。
「分かったわ」
「何……?」
「その勝負受けて立つわ。私が勝ったら土下座でもして謝りなさい」
「てめぇ……、いいだろう。けど、俺が勝ったら二度とここに立ち入るなよ」
「貴方が勝てたらね」
挑発するように言えば少年は更に怒りを燃やしていた。
正直言って勝算があるわけでもなかった。魔法の練習は欠かさずしてきたが、実戦なんてしたこともないし人前で魔法を使うのも久しぶりだ。
そうは言ってももう後には引けないし、引き下がるつもりもない。意を決して戦いに臨もうとしたが、それが始まることはなかった。
「いい加減にしろ、お前たち」
「マスター!?」
これ以上見てられないかのようにマスターが止めに入った。それに驚く少年。
「レン、お前が貴族を嫌うのは分かるがアーシャをそこらの貴族と一緒にするな。アーシャもアーシャだ。こんな挑発に乗るな」
「けど……!」
「そんなの分かるもんか!」
「まったく……威勢がいいのは結構だがこの勝負は無効だ」
レンと呼ばれた少年は納得いかずに顔を顰めるが、マスターには逆らえないのだろう。それは私も同様で、しぶしぶとマスターの言葉に従う。
だけど心の中でホッとしているのも事実だった。彼がどれほど強いのかは分からないけど、少なくとも私には勝てる自信もなかった。
「俺は貴族なんて大嫌いだ」
「……別に貴方に好かれる必要なんてないわ」
「何だと?」
「だから止めろ!!」
「……ッ!!」
再び攻勢に入ろうとしたレンにマスターが拳骨をくらわす。
頭を押さえてうずくまる彼を前に内心笑いを堪えた。
「お前もだ、アーシャ」
「いた……ッ!」
手加減はしたのだろう。そこまでの痛みはなかったが、それでも私にも拳骨をするマスター。
なんでよ。悪いのは完全に向こうじゃない。
「これで痛み分けだ。今はもうお前たちは同じギルドの仲間なんだ。仲良くとまでは言わんがいがみ合いはするなよ」
「……分かりました」
「ちっ……」
向こうにその気があるならね。
「レン!」
「……分かったよ!」
渋々レンも頷いた。けれど視線は私のことを睨んでいる。
彼とは絶対仲良くなれないだろうな。
そんなことを思いながら、ギルドでの一幕は幕を閉じた。




