共犯者
デューク様は今までと変わって雰囲気を少しだけ変えた。それは些細なことであったが、今までよりかどこか和らいだように見える。その意味が私には分からなかったが、少なくともデューク様にとっては楽になったのだと思われた。
「どうしてそんな嘘まで吐いて……」
「……これは本当に私の性格なのですが、つい女性には甘い言葉を囁いてしまうのです。その結果慕われることが多いのも自覚しているのですが……」
「一目惚れと言えば私も貴方のことが好きになると?」
今までのイメージが崩れるように、彼への信頼が落ちていく。そんなことで世の中の女性が全て落ちると思ったら問題外だ。
「……決してそこまで思ったわけではありません。しかし誤魔化そうとしたのは事実。本当に申し訳ございません」
デューク様は頭を下げて私へと謝罪した。少なくともその言葉に偽りはないようで、誠意だけは感じ取った。そして頭を上げると、また真剣な顔で私へと向き直る。
「ですが、恥を承知で貴女へと改めて頼みたいのです。このまま私と婚約を結んで頂きたい」
どうやらデューク様にも事情があるようだ。どうせそんなことを言われても私に婚約を破棄する権利なんてない。少なくともデューク様が私を好きでないことが分かっただけでもマシなくらいだ。
そうは言っても彼の事情は知りたいし、それくらいの権利は私にもあるはずだ。続きを促すように私はデューク様の目を見た。
「……五大貴族に生まれたからには将来的に結婚をして子を産むのが義務でもあります。それは当然私も例外ではなく、今年で十九になる私に周囲からの圧力が高くなっているのです」
デューク様って19歳なのね。
貴族としては婚約すらしてないのは確かに遅すぎだろう。
「今までは仕事を優先して騎士としての務めを果たしてきたのですが、今となってはそうもいかなくなってしまいました。しかし私はまだ騎士として十分な力もなく、今はまだ鍛錬に集中したいのです。正直婚約など考える余裕さえない。……困り果てた私は友人に相談し、返ってきた答えが偽装婚約だったのです」
一息ついたように、デューク様は一端口を閉じた。
ここまで聞いた私は正直いろんなところに突っ込みたくて仕方がない。
まず思うのはハッキリ言ってありきたりな理由だと思った。本人にとっては一大事かもしれないけど、私からしたらなんて贅沢な悩みでしかないのだろう。苛立ちを覚える。
まあそんなことを言っても意味ないので気にしないことにしよう。
「事情は理解しました。けれどなぜ私だったのでしょう?」
そうだ。これが一番の謎だ。偽装とはいえ、引く手数多のデューク様が私を選んだ理由が分からない。
「それは偽装の相手としてまず家柄の高い者が挙げられます。即ち五大貴族の方たちですね。アーシャ様は五大貴族の女性を皆ご存知でしょうか?」
「えぇ……私たちバレリアナ家の姉妹とリナール家のニナ様、そしてフルブラッド家のセシリア様、リーリア様、アンナ様の三姉妹ですね」
「その通りです。その中でもニナ様はまだ産まれてまもない赤子であり、セシリア様とリーリア様は国を出ており、リーシャ様は当然有り得ない」
「……残った者が私と……アンナ様」
アンナ様はフルブラッド家の三女であり、確か記憶によればデューク様とは私よりも年が近いはずだ。それだけなればむしろ彼女の方が妥当だとは思うが、偽装となると決定的な問題がある。
「……恥ずかしながらも、アンナ様は私を慕ってくれております。そんな彼女を偽装とはいえ婚約を申し込むわけにはいかなかった。そうなると自然にアーシャ様しかいないのです」
「消去法で選ばれたというわけですね」
「もちろんそれだけではありませんでした。正直に申しますと噂で聞いていた貴女を思うと御しやすいと考えたのです」
「あら……さっきまでとは違って本当に正直ですね」
嫌味たらしく答えるとデューク様は気まずそうに視線をそらす。
もはや私に怒りなどはなく、ハッキリと言ってくれたほうが好感は持つ。それに私は今デューク様の話を聞きながら、この関係をどう利用するかで頭がいっぱいだった。
「返す言葉もありませんが、私はもう貴女へと偽りは申さないと誓いました。それが私の見せる貴女への信頼の証でもあります。それに最初は確かにそう考えましたが、今は違います。貴女はとても聡明であり、私などがどうにかしようとするのもおこがましい」
「…………それは褒めすぎだと思いますが」
「そんなことはありません。……そしてそう思った今でこそやはり貴女しかいないと思うのです。このまま私と婚約していただきたい」
私はどう答えていいか分からず、しばらく頭を下げ続けるデューク様を見続けた。
どうせこの婚約に私の意思など関係ないのだ。父が何か言わない限り、こちらから破棄することなど出来ないだろう。
だからこそ、私はこの関係を利用したい。
全ては将来の自分のために、この婚約がもたらすものを考えるように脳をフル稼働させる。
「…………」
私の言葉を待つようにデューク様は動かない。そんな彼を見て私は一つの道を思いついた。
「……分かりました」
「……本当ですか!」
「ただし、条件があります」
私の言葉に一度は顔を上げたデューク様はその続きに眉を顰める。
この人はもともと本当に嘘を吐けない優しい人なのだろう。だからこそ、私を騙そうとしたことに負い目をすごく感じている。申し訳ないが、私はそれを利用してこの関係に優位に立たせてもらおう。
「……いいでしょう。どんな条件でも私は飲みます」
「まだ内容を言っていないのですが」
「言ったでしょう。貴女は聡明な方だと。少なくともその条件はお互いの利害が一致するものなのではないでしょうか?」
「……聡明なのはどちらですか。ですがその通りです。私たちは共犯者ということになりますね」
デューク様へと笑いかけると、彼もまた同じように返してくれた。
互いに同じことを思っているのだろう。
「これからよろしくお願いいたします、デューク様」
「……やはり貴女に名を呼ばれるのは光栄ですね」
うん、この性格だけはきっと変わらないんだろうな。




