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この日は日が沈んでも、ずぅっとリュックのことを質問詰めにしてしまった。
身体に痛覚はあるの?お腹すかない?これ何色?何歳に見える?なにかしたいことある?車って知ってる?ネット見れるの?知識ってデータベース検索のみ?ケータイってわかる?この三人で一番好きなの誰?好きって知ってる?どうやって着替えたの?服どこで買ったの?このリュックサック借りていい?エメンタールってなに?
リュックがいま、一番やりたいことってなに?
リュックも俺たちのことを、俺たちの〈世界〉を一杯知ろうとしてくれていた。
私はなにをすればいいんでしょう? んー? あ! もっとみんなと一緒にお話がしたいです!
死ぬと――悲しいですか? 悲しいって、みなさんと会えなくなるって気持ちで合ってますか?
みなさんはどうやって生まれたんですか? コウノトリですか? 鳥さんですか? ピーちゃんはコウノトリですか?
クロカゼさんの顔、なんで線があるんですか? ヨウヘイ? 傭兵……あ、戦うんですね! 頑張ってください!
中二? クロカゼさん、どういう意味ですか? 中学二年生? いっぱい肩書きあるんですね! クロカゼ伍長殿!
このことが、明日、彼女を救うことに繋がるように――切に、本当に、希望し、願う。
だって、なんか奇跡とか起こらなそうな流れになっちゃったんだもん!!
不安になりながらログアウトすると、すでに8時は過ぎていた。
――本当のことを言えば、もっと、ずっと話したかったのだが、俺にも準備しなければならないことがあった。
奇跡が明日起こるなんて確証はない。
だから、出来うる全てのことをやらなければならない。
一階に行くと、テーブルに、冷めたごはんと、突っ伏して寝ている母親の姿があった。
起こすのは、ごはんを済ませてからでいいか……。
冷めた冷凍食品を口にいれ、その皿を電子レンジに放り込む。
「あ、終わったー?」
「あぁ、待ってー。噛み砕くから」
電子レンジを起動させた音で母親が起きたらしい。
俺は凍った冷凍食品を噛み締めながら、テーブルにつく。
歯ガネェ、折レタト思タヨー。
「あのさ、自然解凍ってお弁当とか限定にしようぜ?」
「ぜ、だって、だせぇー!」
「うるせぇ!」
「んん?」
「すみませんでした……」
なんで俺の周りはこんな女ばかり――!!
「で、どうだったの?」
「……まぁ、うん。補足されたかも」
「知ってるよー。あんな簡単にNPCに見つかるとか、運なさすぎ」
ミクリに見つかって、その後逃げ出したは良いものの、処理はできなかった。
「ま、今回は救われたねー。〈クロカゼ〉伍長があんただって知っているのは、お母さんだけだから。それに、映像データでも、なんだっけ、ヒイラギくん? も特定されてはいないし」
「じゃ、利用停止とか、そういう処置はないの?」
「まぁね。まず罪に問われないから。フレンド調べられなかったのは幸いだったなー。お父さん以外フレンドでしょ?」
そうか……本当にトールも危ないところだったんだな。
「でも、〈クロカゼ伍長〉〈ヒイラギ〉〈クー〉は議題で上がったよ。火山でも、今日の〈セントラルライセンス〉でも、一緒にいるところは目撃されちゃってるからねー。一応は、NPCに騙されている被害者って見立てだけど」
「まぁ、それはいいよ……。そっちは大丈夫?」
そう聞くと、母はクククッと笑う。
なんて邪悪な笑顔が似合うんだ。
「何人かのコードを書き換えて、明日ログインできないようにお願いしたわ。風太に渡したコードあったでしょ? あとからデータ見ると、その書き換えられた人間のコードは、それを入力したように見せかけられる……ことに成功したと思うわ」
ん、んん……ありがとう?
「ただ、多すぎてもバレるから、本当に数人だけ。まぁ、あとからチェックされたときの保険程度だね。これで、サツのお世話になる確立は激減したわ」
お世話になった場合のリスクが反比例だがね?
「しっかししてるねぇ」
「当たり前でしょ。お母さんたちにとっては、リュック守るより大切なんだから」
「そうだよな」
「ほかに聞きたいことは?」
そう言われて、俺の脳内にはどれほどの疑問が溢れただろう。
母親のチームは、どれほど信用できるのか。
会社の人に、もっと言葉を尽くしてくれたか。
リュックを撮った映像を公開するべきじゃないか。
それが気がかりしかたない。
気ばかり焦ってしかたない。
「俺は……母さんを信用する」
考えるのが嫌で、逃げたのかもしれない。
全てが失敗に終わったとき、母親のせいにしたかったから、そう言ったのかもしれない。
「あのとき、ああしていれば!」
その『ああ』を、遺憾ながら、まったく考えつかなかった俺のセリフではないがな。
でも、そういう逃げ道もあるって話だ。
でも、いまの俺が母親を責めることはない。
だぶん、それが覚悟ってことなんだと思う。
誰かのせいなんかじゃない。
俺のせいにも、もちろんしない。
あとから「あのときもっと努力していれば」なんて言い訳、絶対にしてやらない。
だから、全部、やっておくんだ。
「信用するけど、信頼なんかしない。だから、母さんは俺を信頼しないでよ」
「――信用して信頼しない? え? なに? なに言いたいの?」
「え、いや! あの! 信用は条件を認めるって意味で、信頼は、それを反故にする可能性があるというか、なんというか」
「風太は子どもだなぁ。あのねぇ、大人になればなるほど、そういう言葉は曖昧に使うの。本当に同僚やら外部の人を信用しているやつなんかいないわよ。金もらっているんだからそれくらいの仕事できるよなぁって、せいぜいプレッシャー与えるくらい? あ。ははーん? プレッシャー与える気?」
「……違うけどさぁ」
それじゃあ、顔を赤くしてしまった俺に、真剣な声色で話しかけてきた。
「真面目な話よ。マジよマジ」
「真面目な話するときはマジとか使わねぇんですよ」
「マジで?」
「マジだよ!」
冷凍食品をレンジから取り出し、テーブルに置いて、席に着く。
摘むための道具がないなと、立ち上がろうとしたとき、母の眼差しに捕まって、俺は一歩も動けなくなっていた。
「風太はさ、お母さんが有休使い切ったのにも関わらず、なんで休んでいるか考えたことある?」
「え」
「よく考えてみて。お母さんは、家族を守るために仕事をしているの。DOLOというゲームの完成度は、そのまま会社のお金になります。そのお金がお母さんに分配され、そのお金で、風太の大学の学費を賄おうとしています」
真摯な目だ。いつもニコニコか病んでいるかのイメージしかない母親からは、正直想像できなかった。
その本気の声に、俺は、一言も口出しできなかった
「お母さんがゲームで感じたことは、すべてゲームに反映してもらっています。無論、一般参加者――としてだけどね」
「――えっと……続ける?」
「どう言う意味?」
「本気で有休使い切っているって言われたからね? 絶句していたんですよ?」
母は黙った。
俺も黙った。
しかし、なんて美しいポーカーフェイスだ。
なに考えているのか、さっぱりわからん。
人としてなに考えているのか、さっぱりわからんぞ。
「おい! マジか! マジなのか! アンタただ休んでいるだけじゃねぇか!」
「真面目な話しにマジとか使わねぇんですよ?」
「しかも一般参加者ってことは、ただのアンケートに答えているようなもんだろ!? なに言い出してるんだよ! 驚いたよ真面目な話しにしようぜ!」
「ぜ、だってー! だせぇー」
「うるせぇよ!!」
「まぁ、お母さんが言いたいことは、お母さんのおかげで大学行けるんだから親孝行しなさいって話し」
「無理やり路線変更するなよ! 明らかにお説教だったろ、これから起こること予期して、なにか息子にアドバイスくれる流れだったろ!」
「昨今では、お説教といえばイコール叱りつけるみたいなイメージだけどねぇ」
「じゃあイメージ通りのお説教してやるよ。リュック云々以前に、アンタ会社で窮地に立たされているんだぞ!」
「?」
「首傾げるなよ! あんたリュック並みに絶対絶命だよ。母さんが仕事辞めたら大変なことになるだろうが」
「大学諦める?」
「諦めるか! 冗談だろうが、わずがにその考えがあるなら、アンタを母親とは呼べないぞ!」
「冗談……だとでも?」
「本気なの!? 本気で言っているの!?」
「ふぅ、ガス抜きになった?」
「――いやいや待てって」
「……ふぅ、ガス抜きになった?」
「どこまでがマジなんだよ! ガスの濃度で俺の脳みそが中毒起こしてるわ!」
「うwwwまwwwいwww」
「うまくはねぇだろ。草生やすなよ」
「あーもーうるさいなー」
唐突に掛けられた声に驚いたが、なんのことはない、姉だった。
「フルダイブ中でも響くんだからねー。勘弁してよーもー」
「ゴメンね姉ちゃん。でもいま真剣な話ししているから」
「あぁ、NPCのリュックのことー? いいよ、こっちは準備できてるからー」
ん? 準備?
「あ、コーチって姉ちゃんだったの?」
コーチ。
戦闘になった場合、俺が先陣をきって40分耐えねばならない。
まぁ40分耐え切れないとしても、せめて半分の20分は、どうにかしたいと母親に提案したところ、戦闘のプロをコーチとして呼んでくれるとのことだった。
いまの母や、母のチームがログインすると、そのデータは会社かどこかのコンピュータに送られてしまうらしいから、ベターな人選なのだろう。
「そーだよー。まぁ、武器の試験も兼ねてかな。どこまでスキル付与できるかわからないし」
『どこまでスキル付与できるか』? 意味深な言葉である。俺の実力の話しなのか?
「了解、すぐ行くから、待ってて」
「おーけー」
眠たそうに『セカンドライフ』をかぶった姉は、ソファーへ深々と腰掛けた。
俺も、ログインしようと、母親に捨て台詞を吐く。
「お説教は明後日な」
「はいはい。んー……導入が悪かったから、単刀直入に言うわよ」
「……うん」
最初からそうしてくれれば――と茶化しても良かったが、なんとなくやめておいた。
なんか、なんとなくだけど、怖かったからだ。
「母さんのチームがリュックのデータを解析して、それで有害だと判定が出た場合、母さんも含めて、みんなが敵よ。恨まれたって構わない。それが、あんたを、私たちの家族を守ることになるんだからね」
「――大丈夫」
言っただろう。
信用しているが、信頼なんかしちゃいないって。
「俺にも、ちょっと作戦があるんだ。母さんを裏切るような作戦が」
そういうと、意外なことに、母はクスクスと笑った。
「お・も・し・ろーい」
「面白いって、どこが?」
「息子の初めての反抗期が、ね」
「母さんの犯行期ほどじゃないよ」
「なにそれ?」
「警察のお世話にならないでねって話し。あ、いまから仕事あるから、電話してきても出られないからねー」
塾行くようになったのも、反抗期なのかなーと、うそぶく母親の声を聞きながら、俺はリビングをあとにした。
ログインして、姉と連絡を取り合う。
『あんたそういえば、電話してきた?』
『したしたー。出てよーもー』
おかげで、トールと嫌な別れかたをしてしまったじゃないか。
文句もそこそこに俺と姉は、火山へと足を向けていた。




