42・クー
あたしは、実は、クロカゼという人間が羨ましい。
身体的に恵まれているとか、社交的な性格とか、そんなのは、二の次で、三の次だった。
だから、人間が羨ましいと言っても、その人間性にはまったく、これっぽっちも憧れる要素はなかった。むしろ恨めしいとすら思った。
恨めしいけど、羨ましい。
羨ましいから、妬ましい。
憎たらしい、と、言ってしまおうか。
まぁあれだけ筋肉が多いのだ。あたしでなくとも、あの憎たらしい奴のことを肉々しいと思う、プレイヤーは多いはずだ。
その中の一人が、あたしである。というだけの話。
そう、あたしは普通。一般人と、自分で自分を指し示すのは、非常に悲しいところではあるが、客観的事実として、好感的事実として、あたしは一般人なのだ。
あたしは――可哀想なんかじゃない。
話がズレた。悪い癖だ。
山田はあたしのことを指差して、
「論点を変えるなこの巨人め!!」
などと抜かすが、車椅子の人間を指差して巨人扱いするお前の身長はどうなのか、と聞き返したい。むしろ身長をミリ単位まで聞く。聞くたびに泣かれるから、非常に面倒臭い。
面倒臭いと一言で言い表すのは、きっと良いことじゃないんだろうな。
あたしが言うところの面倒臭いとは、謝っても、言ったことが消えないから、面倒臭いのだ。
山田に言ったことは、きっと山田の胸に深く残っているはずなのだ。
それを消すには、あたしが謝ることがベストではない。
時間が経ったころに話しかけるか、あたしが山田と仲良しになるか。それくらいなものだろう。
だが、それには、色々と面倒臭いことが多い。これは、ただの面倒臭いだ。含みもなにもない。どれくらい面倒なのか、書き出せばわかる。
まず、山田はあたしのことをデカと呼び、あたしは山田を呼びもしない。
これでは仲良くなろうにも、キッカケがつかめない。
次に、いつ会えるかわからない。
時間が経ったことに話しかけるという点では、非常に楽観視できるのだが、そうではない。
いつ会えるかわからない、ということは、明日、いや、今日会ってもおかしくはないということになる。いっそ退院してしまえばいいんだ。あんな奴。
最後は、極めつけは。
山田は……目が見えないということだ。
盲目というやつだ。
全盲、というわけではないらしい。
だから、あたしたちの『学校』にいるようだ。
学校と言っても、養護学校ではないし、大学と病院の中間みたいなものなので、研究施設と言ったほうがいいかもしれない。だけど、施設の名前は『~~学校』。履歴書を書くときにでも、気を使ったつもりなのか。
――それとも、『学ぶ』ということ意味は、あたしたちに向けて使った言葉ではないのか。
おっとまただ。
山田が臭いのはわかっていたことだが、ここまで臭かったとは思わなかった。
ん?
山田が面倒なのはわかっていたことだが、ここまで面倒だとは思わなかった。
簡単に説明すれば、いや、あたしも詳しく知らないが、彼は、横になっていると視力が戻り、立ち上がると視力を無くすらしい。血圧の関係だとか、山田は言っていた。
そのくらいを話すくらい親しい――わけじゃない。
これを話し始めると、また論点がズレるので、いまはやめておこう。
入院(転学とよく表現される)して半年近く、まだ20回と会っていない奴と、仲良くなれるわけがない。
だって、リハビリステーションに通い始めたのが、すごく最近の話だし……。
それに、同じリハビリでも、山田は盲人用の場所でやっていることが多いし……。
そう言い訳をすると、ヒイラギは笑いながらあたしに言うのだ。
「じゃあさ、せめてぶつかったのがボクだって教えてあげたら?」
あたしは、山田に出会ったときのことを語っていない。
入院して一ヶ月。ようやく乗れた車椅子すらまともに扱えないあたしが、見慣れぬ校舎で迷子になっているとき、彼に出会った。
ニコニコと、爽やかな枯れ木。
そんな印象だった。身長はデカいのに、なんと細いのだろう。
女のあたしより細いのではなかろうな?
悔しいので、そのデカい図体の使いかたを教えてやった。
病室まで押すことを許したのだ。ふははは。
まぁ、無論、と自分で言うのはアレだが……ここでも、あたしの口の悪さが遺憾なく発揮された。
――あんた! 聞こえんなら反応しなよ!
彼はニコニコと日向ぼっこを続行するものだから、最後のほうは、他の病室(教室と表現されることが多い)から何事かと人が出てくるほどに叫んでしまった。
これを機に、あたしの口の悪さは学校中の評判になったのだが、それはやっぱり論点がズレるので置いておこう。
なにを言おうといしているのかは、わかっていただけだと思う。
彼は、耳が聞こえなかったのだ。片側だけ、ではあるが。
その聞こえない側から、あたしは盛大に怒鳴りつけていたわけだ。がなりつけていたわけだ。
だけど、誰も滑稽だと笑わなかった。
いっそ笑ってほしかった。
笑い話にしてほしかった。
可哀想に――そう、生徒の誰かが言った。
怒られたあたしを爽やかな枯れ木は庇い、あれよあれよという間に、あたしの後悔なんかどうでもいいんだという間に、いつの間にか、あたしたちは二人で散歩していた。
爽やかな枯れ木は、つまりヒイラギは、あたしに謝った。
誤ったことをしたあたしに、誤らせたことを謝った。
「遺伝性の病気でね。お母さんもそうなんですよ。すごく珍しいですよね。治療法もないくらい。あ、ないくらい、なんて言うのは、ガンとか、そういう病気の人に失礼ですよね」
不治ではあるが、死ぬような病気じゃないです――と、彼は、ニコニコ笑った。
あたしは、笑えなかった。
笑ってあげたかったのに、あたしは――彼に、同情していた。
あたしは――治る。
しかも、医者の言うとおりならば、元通りだ。
あたしを執刀した医者の話によれば(医者の話を通訳した人の話によれば)新術式は成功率こそ低いが、成功すれば、神経をより強固につなぎ合わせることができるらしい。
そして、口ぶりからわかるとおり、あたしの手術は成功した。
リハビリを続ければ、また走れるようになるらしい。
と言っても、走るのは好きじゃないし、最後に走ったのだって、高校のマラソン大会とか、そういうレベルだ。
走るとは別に、自分の足で立ちたいという気持ちは――日に日に増している。
だから――なのか。
でも――なのか。
あたしは考えた。
不治とか、死ぬとか、そういう人たちのこと。
きっと、あたしとは、不幸の段階が違うんだって、そんな下らないことを思ったのは、あたしには元通り治るって希望があったからじゃないかって。
「愛ちゃん、大丈夫なの? 可哀相ー!」「可哀相にね……大丈夫よ! きっと歩けるわ!」「なんだ愛、意外と元気じゃん。事故の原因なに? え! 可哀相ー」「リハビリっていつまで? えー! かわいそー! でもまた歩けるようになるんだって!」「良かったじゃん愛ちゃん! でもリハビリって辛いんでしょ? 可哀相ー」
「「「可哀想」」」
悔しかった。
下心が見えていて悔しかった。
お前らアレか? あたしを下だと認識しにきたのか?
自分たちより不幸な存在を見に来たのか?
そんな風に、センチメンタル・ジャーニー先生よろしく、考えてしまった時期もあったわけだ。
そんな風に、あたしもヒイラギのことを見てしまったのだ。
不治の病!? あたしより不幸じゃん! ってな感じに。
しかも、そこに『やった! あたりよりー』が付くから、本当に憎らしい。
憎々しい。
恨めしくもなく、羨ましくもなく、妬ましくもなく、ただただ、憎々しい。
そんなことを考えていたあたしの車椅子を、ニコニコと笑って押してくれていたヒイラギにぶつかったのが、山田だった。
ファーストコンタクトだった。
ここでも、あたしの口の悪さが際立つことになるのだが、まぁ、その、言ってしまうわけだ。
――どこに目をつけて歩いているんだ、と。
いやいや本当、なにを見てあたしは生きていたのだろうか。
尻餅をつく彼の手に、盲人用の杖が握られていたことにすら、あたしの顔に神さまが気まぐれで開けた穴には、映らなかったわけだ。
「この巨人め! 貴様こそ! 俺にぶつかるとはいい度胸だ!」
山田は臭かった。厨二病臭かった。
あたしの本来の身長と、山田の身長とでは、実際はどんぐりの背比べになる。
その背比べに勝ちたいがためにミリ単位まで聞いたのだが、彼は頑なに答えなかった。
そんなわけで、喧嘩勃発。
口の悪さで勝敗が決るので、血が出るとか、そんな物騒なことはなかった。
今現在8勝10負。口喧嘩で負けたわけじゃなく、山田を見つけたが、あたしが声を掛けなかったのが10回あるというだけの話だ。
話しかけられなかったというだけの話だ。
だって、廊下の端っこを申し訳なさそうに歩く彼に、手を引っぱることすらできないあたしが、なんて話しかけたらいいのか、わからなかったんだ。
だけど、山田に対して同情したことは一度もない。
同情していれば、彼があたしのなかで面倒臭い存在になることは、おそらくなかっただろう。
教室で、山田の病気のことを取り上げた日がある。
山田も、あたしも、そこにいた。
始めて山田の病気を知った生徒たちは、口を揃えて言うわけだ。
「私たちが、きっと治す方法を見つけてあげるから!」
――お前ら「可哀想」って思ってるだろ。
そう、口だけを動かした山田に、このあたしが同情なんてするわけがない。
同情はしなかったが、同調はした。
面倒だ。面倒だ。
彼を見ていると、あたしを見なきゃいけなくて、生きていけなくて、面倒臭かった。
あたしも、あんな不安そうな顔で、廊下を進んでいたわけだ。
そりゃヒイラギがあたしに構うわけだよね。
アイツ、他人の分まで笑うんだって、必死なんだもん。
その思想をヒイラギから聞いたとき、あたしは、たぶんヒイラギに惚れた。
感動した、恋慕した、尊敬した、孤高だと思った。
彼は同情なんかじゃなく、自分のルールで人と接しているんだと、わかったからだ。
だからこそ、クロカゼが憎々しい。
彼を憎々しいと思うようになったきっかけの〈ドラゴンオベイなんちゃら〉ではあるが、もともと、ヒイラギが走り回れないあたしのためにと始めたゲームだ。――たぶん。
学校には備品として、『セカンドライフ』や、それ以前のハードがいくつか用意されていたわけだが、バーチャルリアリティを流用ゲームということで注目度の高かった〈ドラゴンオベイ〉を利用して、学校側がある企画を持ち上げた。
ネットの中で、あたしたちに〈世界〉の楽しさを教える――というものだった。
例えば、あたしは走るという行動をすることによって、リハビリのストレスを軽減。
山田は、純粋に普通に見ることのできる〈世界〉の追体験。
他の人で例を上げても同じことだ。
面白いのは、目が見えない人が、目の見える状態で点字が覚えられる、ということだろうか。手話も同じ要領で、ワンツーマンで教えてもらうこともできる。
まぁこの二つは〈ドラゴンなんちゃら〉で組み立てられたロジックじゃなく、『セカンドライフ』が元々そういう目的で作られたらしい。
口も聞いたことのない(喋れないから)同級生は、〈ドラゴンなんちゃら〉からログアウトしてすぐ、信じられないくらい大泣きをしたのが印象に残っている。
――でも、あたしは冷めていた。覚めきっていた。醒めすぎていた。
あたしは先行発売と同時に配られた〈ドラゴンなんちゃ〉に触れもしなかった。
あの同級生が、なぜ泣いたのかわかったからだ。
以前のあたしなら――ヒイラギと会う前のあたしなら、同級生が泣いた理由を、ゲームの中ではあったが、まともに喋れたことに感動したから、そう言うだろう。
そんな、苛立たしいまでの勘違いをしていたことだろう。
ほかの、あたしたちの症状を、病状を『学ぶ』ために集まった学生と、同じような勘違いをしただろう。
違う! と、あたしは叫びたかった。
その同級生は、現実に戻って、惨めな自分に、泣いたのだ。
悔しい、自分は――あたしは、人間以下だと、泣いたのだ。
知らなければ良いこともある。
考えなければ良いこともある。
だから、あたしはゲームをやらなかった。
――現実に帰ってきたとき、車椅子の自分が、どれほど惨めか、考えることすら嫌だったからだ。
自分が惨めなら、あたしより不幸なヒイラギを見たとき、もしかしたら『安心』するかもしれないと思うかもしれない、その可能性があることすら嫌だった。
いまがあたしたちの普通なんだ。
いまを崩せば、きっとあたしたちは、一般人じゃなくなってしまう。
そう、思っていた。
でも、ヒイラギはあたしの〈世界〉のためにゲームをつけた。
あたしが笑った顔が見たいんだと、『セカンドライフ』をかぶった。
で、ここで冒頭に戻るのだが、いやいや、冒頭に逆行するのだが。
恥ずかしいから、もう二度と言わないが、あたしが彼に惚れた理由は。
「他人の分まで笑う」
というただ、それだけだ。それだけって、それしか魅力がないような言い方だが、いまは恥ずかしいので、この話題は置いておく。いや、二度と触れない。
この彼の魅力を奪い去ったのが、クロカゼのクソッタレである、という話しを、あたしは、ずーっと考えて、でも認めたくなくて、こんな遠回りなことをしてしまった。
ゲームから戻ってきて、ヒイラギは笑った。
「すごいんだよ! クロカゼさんって人に会ってね! 優しくて強くて物知りで! 格好良かったなー」
彼は、ゲームから戻ってきた彼は、現実世界に戻ってきた彼は。
あたしが不安になっていた、現実の自分とのギャップなど気にする様子もなく。
「自分のため」に笑っていたのだ。
悔しい、そう思った。
クロカゼには、ヒイラギを笑わせてあげることができたんだ――と。
なんて妬ましい。
あたしは半年かかっても、あたしのためにしか笑わないヒイラギしか見たことなかったのに。
なんて羨ましい。
まぁ純粋に、その日の話題がすべてクロカゼと〈ドラゴン〉のゲームの話しになっていることに恨めしい気持ちはあったのだが。
その次の日、あたしは『セカンドライフ』をかぶっていた。
だって、ヒイラギはあたしのだもの。
まぁ、ヒイラギとはべつに、あの肉野郎を恨めしく、羨ましく、妬ましく思うことがあるのだが。
残念ながら、これはヒイラギとの約束があるので、声を大にして言うことができない。
――本当、彼女はあんな筋肉ダルマの、どこが気に入ったのだろうか。
この話は、正直後付けです。
ちょっと重いですしねー・・・。
もともと『そういう学校』で小説を書いていまして、そこの二人を無理やりヒイラギくんとクーにしました。
もっとファンタジーな病気だったんですが、自分に書けるリアルな症状はこれが限界です。ヒイラギくんと山田くんには、幸せになってほしいです!




