29
「風太遅いわよー。まったくゲームばっかりなんだからー」
母の発言である。
え、俺いまお説教されてるの?
「えっと、なにがあったの?」
とてもじゃないが、この四、五日ゲームに全てを費やした母親の言葉とは思えない。
『セカンドライフ』による精神汚染か!? 大歓迎だ!
そう思ったが、弟はeyeも変わらずクマをこしらえている。一体全体、なんだというのだろう。
不信感丸出しで、冷凍食品が並ぶ食卓に着く。
そんな俺の様子が面白かったのか、姉が口を開いた。
「とりあえず雪緒を〈剣聖〉に上げたから、一段落ってことかなー」
え? ちょっと、え、初めてまだ四日目ですよね?
俺、盾のライセンスようやく二つ目なんですけど。〈剣聖〉は派生でこそ三つ目だが、その同時派生でいろいろなライセンスを獲得しなければならなかったはずだ。
「雪緒ワーウルフだから楽だったよー。夜はモンスター狩りまくって、昼はライセンス取って。今日はグッスリ眠れるわー」
「へぇ! やっぱりワーウルフって強いんだ。俺のフレンドにもワーウルフのヤツいてさ、むっちゃ強いんだよねー」
とは言っても、フレンドのゲイルは先行組だから、その差は大きいだろうが。ゲイルも〈剣聖〉なのだろうか。〈剣王〉まで進んでいてもおかしくはないな。
「ほらほら、ゲームの話してないで、早くご飯食べちゃいなさい」
母親が俺のためにご飯を装った茶碗を受け取り、目がパチパチしてしまう。
「……で、アレは一体どなたですか?」
「あれはね、しかたないの。お父さん明日仕事だからねー」
あぁ、気を使ってるのね。
そういえば我が家の大黒柱のお父さまは、可愛い我が子たちをジト目で見ている。
リュックのことも聞きたかったのだが、後にしたほうが良さそうだ。
「飯食い終わったら、明日からの飯買ってくるけど、なにかある?」
ご飯を食べながら家族に聞くと、それぞれ食べたいものを答えてくれた。明日のご飯はサーロインステーキとケバブとパエリアとパフェになるらしい。
ハハッ、ご機嫌になっちまうぜ!
「適当に買ってくるからねー。父さん昼ご飯は?」
「どっかで食べるわ。ってか明日帰って来れるかなー……」
「そうなの? まぁ、帰ってこないときはメールか電話で」
「わかったー」
あんたら夫婦みたいだねーと姉にツッコまれながら、俺はちょっとだけ母親の様子を伺う……。母親はリュックのことをどう考えるだろうか。
正直に言う勇気も出せず、曖昧のままではリュックに対する答えも出ない。どうするべきなのか……。味付けが濃い冷凍食品のはずなのに、あまりご飯は進まなかった。
「んじゃ、俺行ってくるよー」
エコバックを手に、リビングでゆったりしている家族に声をかける。
父と雪緒はフルダイブ中のようで反応はなかったが、久しぶりに会った母と火燐は笑いながら話していた。
「あ、コレ買ってきてー」
母親に手渡されたメモを受け取り、俺は家を出る。
玄関を開けると、温い空気がまとわりついた。
フルダイブ中とは違う全身を覆う空気を感じながら、やはり〈Dragon Obey Licence Online〉の出来は違うなと感動してしまう。
手にしたケータイで、逃亡したポーション配給用のNPCの行方を調べる。
〈ネンベッツァ〉にいたそのNPCは、「逃げ出した」らしい。
その日の朝から様子が変だったという。反応が薄く、ポーションをくれと言えば渡してくれはしたものの、「頑張ってください」や「お疲れ様です」などの挨拶がなかった。
そして夕方には、とうとうポーションも渡さなくなり、不信がって何人かのプレイヤーが彼女を囲むように見ていると――逃げ出した、と。
なんだそりゃ、人間の乙女かよ。
ちなみに、そこから先の目撃情報はない。俺が見たことは運営側に伝わっているが、情報としては降りてきてはいないらしい。
アーケードの前を通りかかった時、閉まりかけた電気屋のテレビに映っていた映像を見て、足が止まる。
その映像の始まりは、リュックサックを背負ったサラリーマンが漫画喫茶に入るところだ。
疲れきっているのか大きなため息を吐き、脇に置いたリュックサックから取り出した『セカンドライフ』を被り、目を瞑る。そして目を開けると、彼は豪邸に立っていた。
周囲を囲むのは、メイド服を着た美女や、イケメン紳士たち。そのサラリーマンは装備を変えて、モンスターを狩りに行く準備を終えたプレイヤーに変化していた。
『ライセンスを取得してスキルを会得! 君だけの第二の人生を〈Dragon Obey Licence Online〉で手に入れろ!』
その映像は、DOLOのコマーシャルメッセージだった。
自分がのめり込んでいるゲームがCMになっていると、普段なら楽しんでしまう俗物ではあるのだが、今回ばかりはなんとも言えない。
リュックの住む世界が、見世物のように扱われているのが嫌だったのかもしれない。
「ガキだなー! もー」
星空を見上げ、スーパーへ向かう。
俺はリュックを、なにから守ればいいのだろうか。
その答えは、いまだ出ない。
「ただいまー! 手伝ってー!」
エコバックひとつでは足りないほど買い込んでしまった。合計三つの袋を持ち、俺は大汗を掻いてしまっていた。
運動不足の我が身では、なんとも長い道のりだった。
皿洗いを終えたのか、手をエプロンで拭う姉がやってきてくれた。
「母さんは?」
「テレビ見てる。DOLOの特集やってるんだってー」
なんというか、タイミングが良いのか悪いのか。
俺も荷物を抱えてリビングに入ると、『榎田益男』と書かれたおっさんがインタビューを受けていた。
「おかえり風太ー。これね、この前電話した人だよ」
「へぇ! やっぱり」
「風太これ冷凍食品じゃない! 溶けてない?」
「もっかい冷凍すればいいでしょうが」
久々に帰ってきた姉にすべてを任せるのも心苦しいため、テレビそっちのけで手伝いに参加する。
「あぁー! いたなーこんなヤツ」
ゲラゲラと笑う母親は、誰よりも早くお菓子に手をつけている。バリバリと煎餅を食べる音がリビングに響く。
「牛乳4.4じゃないの? えー?」
「親父は低脂肪じゃないと牛乳飲めないんだよ」
「知りたくないよそんな情報。あ、そのパパがお風呂上がったら、いったんお湯入れ替えてよ。ゲームやってるかと思ったら、先に入りやがった……」
「シャワーにしよけよ、ねーちゃん」
冷蔵庫に粗方しまい終え、俺もテレビを見るためにダイニングへ移動する。
テレビには母の同僚の榎田益男と、もう三人ほど知らない人が映っていた。
「誰これ?」
「こっちの人は会社の社長ー。そっちの人はテレビのアナウンサー。で、コイツがDOLOチームのリーダー、システムデザイナーの大塚なんちゃら」
「大塚聡一ね。漢字出てるじゃん」
コイツめっちゃくちゃ頭良いんだよねー、と笑いながら言う母。俺からしてみれば、〈Dragon Obey Licence Online〉なんていうゲームを作った母親も十分頭が良い部類に入るのだが、まぁそれはいいだろう。
「イケメンー! ダンディー!」
姉の黄色い声援を背に受け、俺は親父が定位置にしているリラックスソファーを使わせていただく。全身汗だくだが、父なら文句も言うまい。
「なぁ母さん……」
「なにー? 小遣い復活させたいって?」
「塾は辞めないよ。んなことじゃなくてだな、その、この前のNPCってどうなったの?」
母は煎餅を囓りながら、あぁあれねー、とつまらなそうに首を傾げた。
「知らないわねー。DOLOに関しては初期メンバーだけど、規模が規模だから、完成近くになるほどほとんど関わってないし、お母さんプログラミングなんてカラッキシだからね。通知はきたけどさ」
グヌヌ……。
「じ、じゃあさ、その、『俺なりに考えてみたんだけど』、もし俺が見たNPCが、自立して動いていたとしたら、ゲーム会社の人間としてはどう思う?」
「えぇ? なにその質問」
暇つぶしとばかりに母は考えている。姉も面白がって会話に参加し始めた。
「つまり、自我を持ったってことだよねー、うはーありえねー!」
「そうねー、お母さんもそう思うよ。さすがに息子の脳みそが心配になっちゃうわ」
コイツら、もしかして役立たず?
「で、でもさ、逃げたNPCって、周囲をプレイヤーに囲まれて逃げ出したって書いてあったんだよね。それってつまりさ、怖がったんじゃないの?」
「まぁ、たしかに」
姉の賛同を得て、家族に可能性を植え付ける。
「ねぇNPCってどうなの? 喜怒哀楽とかはあるの?」
「んー、特別そういうのはないんだけど、リアクションとしては用意されてるはず。怒られたら、怯えや反省。ふざけすぎていたら、注意や質問。とか。でも、DOLOのNPCのシステムはそこまで複雑じゃないのよねー」
おや、母親の様子が?
「お母さんはね、やっぱり第二の人生を歌うくらいだがら、NPC一つとっても、現実世界で、どっかの店の店員さんくらいの反応は欲しかったのよね。いや、実際ゲームしていると、やっぱりいい反応はしてくれていると思うわよ。でもリアクションに比べてレスポンスが足りなくてさ。なんていうか、プレイヤーが入ってきたら、話しかけたら、で起動する感じでしょ? それが悪いってわけじゃないんだけどね。そもそも『セカンドライフ』は要領そこ多いけど、そのほとんどは脳みそに干渉するVRに特化しちゃっているわけで、そのせいでネットにDOLOを転がしておかなきゃいけないんだけど、でもそれって一度に見ることができる映像って限られちゃうんだよね、人間の脳は無限の可能性を秘めているけど、家庭用の回線じゃHDMIケーブルとネット回線直で『セカンドライフ』を繋げてもゲーム世界の範囲の限界が――」
「母ちゃんストップ! すまねぇ! つ、つまりさ、NPCが自我を持つのはありえないってこと、だよね?」
わけのわからない話になってきたので、慌てて結論を出そうとしたが、母から帰ってきた返答は異常なものだった。
「自我が生まれる見込みはないわねー。でも、NPCを乗っ取ることは可能だよ」
んんんん? んんんん?
俺の疑問は、姉が聞いてくれた。
「どういうこと?」
「NPCはプレイヤーとまったく同じシステムで動くようにカスタムされているはずなの、それって普通のゲームから見ると異常なんだけど、DOLOのシステム上――」
「あぁ、あの、違う、結論行こう結論。逃げ出したNPCは人間が操っていたということ?」
母は首を振る。
「それは無理。人間じゃなくて、ウイルスのほう」
――あぁ、それはキツイよ母ちゃん。
「たぶん運営も頭抱えてるはずよ。とうとう攻撃受けたかーって」
「へぇー!」
「バグだとしたらタイミングおかしいからねー。βのときにもNPCに関する不具合なんて、発音悪くて聞き取れないとか、声が小さいと聞き取れないとか。つまり難聴だったことくらい。でもウイルスだとすれば説明はつくのよねー」
俺の気持ちなど知らず、母は話を続ける。
「たとえば逃げたとき、周囲の『プレイヤーに対しての不快感』を覚えていたとしたら説明つくでしょ? 風太が見たときバグっていたように見えていたのも、NPC本来の機能と『プレイヤーに対しての不快感』が相反しての行動だったのかもね。」
リュックはそんなことない! と声を荒らげてしまいそうになる。
彼女は人の心配をするくらいには、他人に対する愛情に満ちているはずだ。
「もし……放浪しているNPCを見つけたら?」
「とりあえずはモンスターとして攻撃してみるかなー。NPCにだって耐久値はあるからね。それでウイルス拡散――ってこともありえるかもしれないけど、わざわざそんなウイルス作るとは思えないからね。既存のウイルスにしては、効果が曖昧だし。たぶんVRゲームとしてではなく、DOLOとしての評判を落としたいヤツの攻撃だと思うのよ」
それに、と母は付け加えた。
「そのNPCが消えたとして、同じ場所に配置したNPCに同じ現象が起こるなら、対処も可能になるからね」
母さんは、あっけらかんとそう言った。
運営側からすれば、リュックを消してみるということは実験の一部なのだ。
俺が〈ポート〉でリュックを移動させたときと、いったいなにが違うのか。
俺自身がリュックを実験に使ったことの罪悪感と、リュックを守れないという絶望感で、その日は風呂も入らず眠ることになった……。
四日目がようやく終了です
家族が出てきてコントオチにならないとは……




