27
浮遊感に包まれる。
落ちかけているのだと気づいたとき、俺は絶望にも似た、苦い気持ちがこみ上げていた。
このまま俺が戻ってしまえば、リュックはどうなるというのだ。
体制は立て直せない。
バチャン!!
盛大なマグマ飛沫を上げながら、俺の盾が溶けていく。
「おっらっ!!」
〈クライミング〉で中心部分の足場を掴む。
俺が足場として利用した盾はすでに飲み込まれていて、薄汚れた白いシャツも、溶岩の飛沫から俺を守って、消えていくところだった。
品質高いのにして良かったような、すごくもったいなかったような。オーバーオールの肩口も、昼間に天使ちゃんに噛まれた影響で、片方がペロンとしてしまっている。
落ちたら死に戻りしちゃうんだろうな。
もし死に戻りして、俺が2時間走り込んだとして、リュックは無事なのか。
そう考えて俺は、また涙を流しているんだろうなーと、ぼんやり考える。
俺がモンスターからリュックを守ろうという行動は、精神的なものなのか、肉体的なものなのか、それすらぼんやりしている。
ただ、行動は置いておいて……、俺がリュックを守りたいという気持ちは、絶対だ。
そして、俺にはその手段がある。
〈鑑定〉で周囲を見渡し、黒煙に隠れて壁に刺さっていた〈ゲイボルグ〉を引き抜く。
「いま行くぞリュックー!!」
気分はゴキブリだ。ねずみ返しもなんのその、槍を突き刺して足場として利用する。最後は淵に真横で刺して、逆上がりの要領で叫ぶ。
「〈跳躍力〉!!」
いや、スキルが発動したかはわからない。多分していない。したところでレベル7だから効果は薄い。
それでも成功した。
槍は今度こそ落ちてしまったが、それでも俺は戻ってこれた。
「リュック!!」
「クロカゼさん! 良かったっ!」
リュックが無事で安心するが、いまはそれどころじゃない。〈鑑定〉を発動させ弓を拾う。
こんな狭い場所で弓が効果的なのかはわからないが、それでも!
トトトトトッ――
その音を聞きながら、俺は煙に向かって思い切り弓を振るう。衝撃が腕に伝わる。ゲーマーのサラブレット舐めるな!
だが、無論そんな使い方は弓も望んでいないわけで、2つに砕けた弓は灰色トカゲと一緒に穴に落ちていくのを尻目にしながら、俺はリュックへ駆け寄った。
「無事か!? 良かった、ゴメンな!」
「はっ、はいっ!」
思い切り抱きしめたのが不味かったのか、彼女は手足をバタバタさせる。そしてそんな俺たちの出会いを邪魔するように、
トトトトトッ――
と、またも足音が聞こえる。
あと何匹いるのか想像もできず、かといって引くこともできず……。
リュックがもっていた棍棒を借りて、彼女を守るように周囲を見渡す。
「リュック、お前は絶対守ってやるからな!」
「――は、い……」
そうは言っても棍棒などまともに使ったことはない。この棍棒はもともと俺のだったとはいえ、実践で振るったことは10回もない。
思ったとおり、スキルも足らず煙から飛び出してきたトカゲに、反応はできない。
「うおっ!?」
「うわっ!」
リュックだけは逃がそうとしたが、それも失敗して一緒に倒れこむ。彼女はリュックをクッションにしたが、地面がまたも俺を抱きしめてくれる。
「大丈夫か?」
「はいっ……、あの、でも」
「しっ!」
足音が増えた。嘘だろ。
しかも近づいてくるぞ。
「リュック、俺が死んでも、火山を降りればまた会えるからな。それにヒイラギくんたちもこっちに戻ってきてる。さっきのところまで戻れるか?」
「はい。でも――」
「大丈夫、また会えるから!」
俺は棍棒を握り直して煙の中に突っ込んで――
「だっいじょーぶー!!」
「ふびゅる」
甲高い舌っ足らずな声とともに煙の中から現れた女性に、顔面を踏み抜かれた。
クロカゼは首に大ダメージ!
女性は体制を崩した。
女性は着地に失敗した。
クロカゼは腹に大ダメージ!
「いったー。ちょっと! メリーの邪魔しないでよー!」
「誰!?」
「メリーだよー! メリーちゃんって呼んでね!」
銀髪ロングの髪をファサっとして、おっぱいを揺らしながら現れた……〈エルフ〉のメリーちゃん。正直肉体ダメージより生理的に無理な嫌悪感が優って逃げたい気持ちが湧いてきた。
だがそれより、彼女の第一声が気になった。
「大丈夫って、俺たちを助けに?」
ポーションを飲みながら聞くと、彼女は腰に差した太刀を抜きながら妖艶に頷いた。
「メリーはね、お願いされちゃったから、やってあげるんだー」
伏せててね、と彼女が言い放ったとき――煙が晴れた。
その幻想的な光景に、俺は立つことができなかった。
このメリーとかいうプレイヤー、煙ごと全部を斬りやがった。トカゲの消滅エフェクトも見える。
素直に見とれてしまった。
「すっげ……」
「ありがとね! ほら、じっとしててねー」
納刀した彼女は、俺を右肩に、リュックを左肩に担いで、ボソっと「跳躍力」と呟いてドーナッツ状の穴をピョンと飛び越える。
メリーを一人称に使う痛いプレイヤーだが、助けてもらった手前ピョンという優しい表現を使ってみたが、実際はゴオッっと身体が震えるほどの風を感じていた。
当然のように火口の淵すら飛び越え、彼女は着地する。
俺は落とされると、同じように地面に寝転がるリュックを見て、大きくため息をつく。
「良かったー……生きてたー……」
「またまた、大げさだなぁ。それより大丈夫? メリー心配しちゃった✩」
うぐぐ、ぶっ飛ばしたい。
助けてもらったというのに、なんだこの不快感。絶対中身おっさんだよな。
「ありがとう。俺は――」
「キミがクロカゼで、リュックちゃんでしょ? わかってるって!」
腕を引っ張ってもらって立ち上がる。
「でも運がいいわよーキミたち。あの罠ハマった初心者が生き残れるなんて、すごく珍しんだから!」
「ありがとうございましたメリーさん!」
後ろに立たれたら呪われそうな名前だな。
「どうして俺たちのことを?」
「ヒイラギって子と、クーって子に頼まれちゃってねー! あたし、そういうの見捨てられないのよねー」
手のひらでアゴを支えるメリーという女性を見ながら、慌ててヒイラギくんに通話する。
『あぁ! クロカゼさん!』
『ありがとヒイラギくん! 助かったよ! メリーって人に助けてもらった!』
『良かった! お願いして! 自分たちの足じゃ全然追いつかなくて……。あと少しで中腹につきますよ!』
『わかった。俺たちもそっちに行くわ』
『はい!』
「ヒイラギと通話終わった?」
「はい。中腹に掘った穴あるんで、そっち行こうってことになりました」
「おっけ! あたしも行くわ」
またもやファサっとしながら、彼女は歩き出す。
見れば見るほど、男の欲望が詰まったようなアバターだな……。助けてもらったのはありがたいが、生理的に受け付けない。もう喋らないで欲しい。喋らなければ、きっと俺は素直にお礼が言えるというのに。
「あ! あの、すみませんが、いまお礼できるようなものがないんですが」
「知ってるわよー。お金を稼ぎたくてきたんでしょ? いいわよ、お金なんて」
その代わり――と、彼女はニッコリと笑って、舌っ足らずな喋り方をやめた。
「穴掘るの手伝って!」
あ、はい……。
30分後、俺たちとヒイラギくんたちが合流したとき16時を少し回ったところだった。
そこから俺たち5人で穴を掘ることになる。
メリーさんの手前ポーションチートが使えずえらく難航したが、ちゃっかりライセンスとスキルを取得していた〈亜人〉コンビのおかげで、サクサク掘り進めることができた。
メリーさんが持ってきていたランタンも大変にありがたい。
「でも、なんでそんなに穴掘りたいんですか?」
「ダンジョン行きたいんだけどね、穴はメリーが掘らなきゃいけないでしょ? だから、人手が欲しかったのよねー」
「はぁ……」
「ダイヤモンドとかかなこれ!?」
「すっごいねクーちゃん!」
「すごいんですか?」
掘り進めて何時間かしたころには、リュックとメリーさん以外飽きていたのだが、鉱石は驚く程回収できた。
金も素材もいらないというメリーさんの言葉に従い、それら鉱石は俺たち三人で分配することになったのだが、問題はその量だ。馬車に積んでも溢れるぞこれは……。
まぁめぼしい石だけ回収していけばいいか。
「俺ちょっとトイレ……」
「そういえば、リュックちゃんはトイレいかないの?」
「トイレ、ですか?」
「あ! 俺もまだいいや! うん、案外大丈夫だよねー!」
という危ない場面はあったが、俺が我慢することでどうにか話題を逸らす。
もっともアバター自体のことは誤魔化しきれないはずだったが、メリーさんはそのことにほとんど触れなかった。
いるよねー、と小馬鹿にするようなイメージがあって俺たちはあまり良い印象をモテなかったが、まぁ結果オーライだ。
『ご飯作るよー? 食べるー?』
と母からメールが来たが、この様子では食えそうにないな……。
あとで食うわーと返信しようとする前に、メリーさんが打ち切りを宣言した。
「そろそろ良いかな。この穴、もらってもいいかなー?」
「いいっスよ。もっと掘っていたほうがいいですか?」
「ううん! ありがとクロカゼくん」
「いえ、こっちこそ、本当に助かりました。ありがとう」
「本当にありがとうございます!」
俺とヒイラギくんは頭を下げる。
クーはこの作業で疲れきってしまったのか、頭を下げる気はないようだ。まぁ、俺もそっち側なのだが、リュックが死んでしまう可能性もあったのだと考えると、頭を下げるくらいなんでもない。
「じゃ、またねー」
彼女が手を振りながら、10m以上掘った穴から出ようとするのだが、俺はその背中に声をかけていた。
「あの! これ!」
最初に作った鉱石の山、その近くに隠して置いておいた宝箱を渡す。
この宝箱については、選択肢はいくつかあった。ヒイラギくんにあげてもいいし、自分の手元に置いておいても良かった。
だが、助けに来てもらえて、本当にありがたかったのだ。
「わぁ! ありがとう! メリー、クロカゼくん大好きだよー!」
思い切り抱きつかれる。ゴロニャーンと頬と頬を擦りつけられる、その行為がなければ、もっと素直にお礼を言えるものを……。
「やらしー!」
「クーちゃんにもやってあげようかー?」
ニヤニヤと笑うメリーさんに、ちょっとだけ殺意が沸く。彼女が悪いんじゃない――そう繰り返しながら、どうにか自分を落ち着かせる。
「じゃ、ありがとうね!」
もう二度と会いたくないが、また合うような気もした。
「あー! やっと帰れるー!!」
「そうだねー。さて、あとはこれをどうするか……」
洞窟を埋めんばかりの金銀財宝を目の前に、俺たちは頭を抱えた。
ここにきて評価してくれる方が増えて、涙が出そうになりました。
ありがとうございます!
頑張ります!!




