22・ヒイラギ
前の話でクーがリュックの腕を引っ張ってNPC村に戻るという描写を削除しました
ボクはお礼を言いながら、リュックの手の中にあるポーションをもらう。
お礼請求されるかも、とは一瞬頭をチラついたものの、いまはクーのペットの一大事だ。ありがたく頂きます。
「クーちゃんこれ!」
いつもなら、「クーちゃん」や「アイちゃん」と呼んでしまうとみっちり叱られるのだが、今回は彼女もそれどころではなさそうだ。
キュポンと蓋を抜き、ポーションの飲み口をヒナの嘴に沿わせてビンを傾ける。
「飲んでる……かな?」
「わかんない……」
飲み物で窒息死とかあるのかな? 不安になったため、一度ビンを下ろす。
減っているのかすらいまいちわからない……大丈夫なのこれ?
何度かポーションを与えて様子を見ていたが、どうやら効いているようだ。震えが落ち着き、心なしか動きに活発さがみられる。
「大丈夫なのかなー?」
「うん……なんか落ち着いたね!」
「リュックさん! ありがとうございまし……た……」
リュックさんは、もう一本のポーションを取り出して、こちらを見ていた。
「あ、えーっと……もう大丈夫ですよ?」
「ありがとうリュック! おかげで助かったー!!」
卵の殻ごとヒナを床に置いて、クーはリュックに抱きついた。ボクは落ちそうになったポーションを空中でキャッチする。
「危ないなークーは」
「えへへー。でも、本当にありがとうリュック! おかげであたしの鳥も助か――」
ワニの口が大きく開く。彼女の視線の先をボクも見た。
卵は倒れて、ヒナが転がり出してしまっている。しかもそのヒナ、元気になったことをいいことに、まだ目も見えないまま動き出していた。釜戸に向かって。
「「わぁ!!」」
ボクとクーは慌ててヒナを救いに行こうとしたが、その前に、すごいことが起こった。
釜戸の炎が揺らめいたと思った瞬間、火の玉のようになってヒナに炎が襲いかかったのだ。
あまりに一瞬だったため、ボクたち二人は身動きがとれず、その場に固まってしまった。
ゆっくりクーのほうを見るが、そのワニの鉄仮面により、表情は読み取れない……。
「あの……クーちゃん」
「う、ん……」
コクリと一つ頷いて、彼女は釜戸の前で炎に包まれているヒナへ近づく。
いきなり動きはじめた炎だ。怪しすぎて近づいてほしくはなかったが、それでも、このときばかりはクーの好きにさせてあげたい。
「ピーピー」
そう、鳴き声さえボクらは聴いていない。鳥のヒナとはそれだけ短い付き合いだが、卵を二人で撫でていたときのことを思い出せば……どう言葉をかけていいのかわからない。
「ピーピー」
わかってるよ……。ボクだってそんなふうに元気だせって……え?
クーから視線を逸らして、火に包まれたヒナを見る。
炎の中からは、いまだに「ピーピー」と鳴き声がしているじゃないか。
「クーちゃん!」
「う、うん!」
クーは躊躇なく火の中に手を入れて、ヒナを助ける。
とは言っても、助けたのは火の玉ではなく、火を纏うヒナだった。
「ピーピー」
甲高く鳴くヒナは、彼女の手のひらのなかで、炎を纏って揺らめいている。
幻想のような光景だった。
人型のワニの手のひらで、火の鳥が鳴いている。
クロカゼさんは、これを見たらシュールと言っちゃうんだろうなーと思いながら、それでもボクは感動していた。
「熱くない?」
「うん。この子さ、火の鳥でいいのかな?」
「あ、ボクも思った。すごいよクーちゃん! 絶対珍しいよ!」
「ちゃん付けしないで! あー、名前なんにしようー」
手の中では、ヒナが羽をパタパタさせながら元気に動いている。炎はいつの間にかなくなっていた。
元気になったのはクーも同じで、打って変わって声は晴れやかだ。
安心して、ボクは工房を見て回る。
その中で、ファンシーなピンクのヌイグルミを手にとった。ボロっと取れたのはショックだったが、机の上の裁縫道具で直して上げると、少年のような声で挨拶をしてくれた。
ついで名前をつけてくれるように促される。
クーほどではないが、ボクのネーミングセンスは決してよろしいわけじゃない。ヌイグルミはクマっぽいイメージを受けたので、熊吉と名づけてみたが、良かったのだろうか?
「決めた! ピーって泣くからピーちゃんにしよう!」
……熊吉はまだマシだよね。
さっきまで目も開いていないヒナだったのに、いまではクーの手のひらで動き回るピーちゃんを見ながら、ボクの卵のことを思い出す。
一度クーの部屋に戻ろうと提案し、熊吉に別れを言って自室から出た。
「あ、そうだ。リュックさんあとでポーション返すね! おかげで助かりました」
クーちゃんが部屋を開けるまでの少しの時間で、ボクは彼女に改めて頭を下げた。頭を上げると、リュックさんがポーションを差し出していたことには驚いたが、もう大丈夫なんですよーと告げると、彼女は首を傾げながら、それをバックパックにしまった。
「あー!!」
「どうしたの!?」
また火の鳥がどうかしたのかな?
心配になり部屋に入ると、クーのベッドの上には卵の欠片が散乱していた。そして、その殻をついばむ紫色のヘビが一匹。
「ヒイラギくんの卵孵ってたんだねー。すごーい!」
「うん! でもヘビかー……」
時間が経つと成長するらしいが、大きくなったところで大蛇だもの。ちょっと怖いかも。
バリバリと殻を噛むヘビは、ヘビっぽくはないんだけど。丸呑みとかじゃないんだ……。まぁ安上がりでいいかと、ボクもベッドに座って殻を与えるが、あっという間になくなってしまった。
「ねぇクー……」
「おっけー。いいよー」
クーからヒナを入れていた殻を受け取って、それを砕きながらヘビに与える。
「名前なににするのー?」
「んー。ヘビってなんだろうねー」
「ニョロ!」
「んー。どうしようかなー」
卵の殻はみるみるなくなる。最後の一口をあげ終わるころでも、名前は決まらなかった。
なににしようか考えていると、最後の欠片を食べ終わったヘビは急に苦しむように身体をよじり始めた。
「また!?」
「えー! ペットってこんなものなのー!?」
さっきヒナに与えたポーションは、たぶんボクの部屋の工房に置きっぱなしだ。リュックからもらった新品のポーションを道具袋から取り出す。
「の、飲むかな?」
「いいから早く!」
だが、飲ませようとする前にその変化は起こった。
「わふっ!!」
とクシャミのような鳴き声とともに、ポンっとヘビの背中から羽が生えたのだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! じゃ、この竜の生まれたときの姿ってただのヘビだったの!?」
〈痺れ〉からすっかり立ち直ったクロカゼさんに問い詰められ、素直に頷く。
「まぁ、ただのっていう感じじゃなかったと思いますが。たぶん歯もあったし」
「へぇー……。ちょっと待っててね」
ネットで調べ物をしているのか、クロカゼさんは目をつむっている。
「あ、聞こえるから話は続けて大丈夫だよ」
「え、あ、はい。とは言っても、そこからは特別なにも……」
あったことと言えば、リュックさんにポーションを返そうと街に出たところ、ポーション配給用のNPCがいると聞いて、もらいにいったことくらいだ。
「それで、そのリュックにソックリのNPCに出会ったってことか」
「はい。まぁ、そのNPCはすっごく人間らしかったんですが……」
「しゃーないわな。たぶん、緊急メンテナンスで再配置したんだろうね」
そこらへんの事情はサッパリだ。
というか、リュックさんがそこまで深刻な存在だと、クロカゼさんに言われるまで思いもしなかった。
「リュックはあたしの妹なんだから、変なことしないでね!」
「するか!」
あ、これも変わったことの一つかな? ピーちゃんの一件ですっかり母性に目覚めてしまったクーは、リュックにベッタリだ。なにかと世話を焼きたがるようになってしまった。
べつに悪いことじゃないけど、不安にもなった。もしゲームするうえで彼女の存在が運営にとって邪魔だというのなら、ボクはどうしたらいいのだろう。
「ダメだねぇー! ヘビがドラゴンに進化するなんて書かれてないわー……。帰ったら聞いてみるかー?」
苦々しい表情で頭を抱えるクロカゼさん。
誰に聞くんですか? と問うと、嫌そうな顔をしながら彼は言った。
「俺の母ちゃん、開発スタッフなんだよねー。まぁ、発案者の一人ってだけで、システム的なことにはノータッチらしいけど、ほかのスタッフと友好はあるはず」
「へぇー! すごいじゃん! 見直したよ筋肉!」
「ちょ! でもなぁ、母ちゃんもドラゴンほしいほしいってβのときとこの一ヶ月言い続けていたくらいだから、知らないと思うんだけどねー」
ボリボリと頭を書きながら、彼は白いネコを持ち上げた。
「うなー」や「ぎゅ」と鳴くネコを取り上げられたクーちゃんは、悔しそうにクロカゼさんを睨みつける。
「リュックのことも含めて、ちょっと聞いてくるけど、いいか?」
「それってリュックさん……大丈夫ですか?」
クロカゼさんは眉間にしわを寄せ、視線を落とす。あまり大丈夫ではなさそうだ。それをクーも感じ取っただろう、リュックを守るように彼女の前に立つ。
「やっぱり! こんなヤツに相談するんじゃなかった!」
「で、でもクー……」
「いや、ワニの言いたいこともわかるけどさ……」
少しばかりのにらみ合いが続く。
それを遮ったのは、実に意外な人物だった。
「私……は……ここ……に、いる、べき、では、ありま、せん、か」
リュックと名付けられた、欠陥品のNPCである。
アスプロが活躍する日がこない……
こんな流れじゃなかったのに!




