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21・ヒイラギ

『クロカゼ伍長からの通話を受け取りますか?』


 ボクがその表示を見て笑顔になったのは、〈ネンベッツァ〉の周囲にいくつかあるというNPCの村で、茶色い犬と戦っている最中だった。

 すぐ通話したかったが、とりあえず一緒に戦線を保たせているクーには連絡しておく。


「こめんクー。電話するから、近くにいてねー」

「ん!?」


 その聞き返す声にすごく不安を覚えたが、いまは早く電話に出なきゃいけない。


『あ、もしもしヒイラギくん?』


 通話越しに彼の声を聞いたのは初めてだ。

 いつもより低い声にすこしだけ戸惑う。


『クロカゼさんですか? あ、いまクーと一緒に――って突っ込んじゃダメだよ! すみませんまたあとでっ』


 重たそうに走るクロコダイルは、棍棒を振り回しながらすでに村の外だ。

 通話中に慌てて呼び止めてしまったが、思考通話なのでクーには届いていない。そこまで万能じゃないということだろう。

 選択肢を無くしたボクは通話を切って、クーの後を追いかける。


「クー! ダメだよー! あくまで橋の護衛なんだからー!」

「早く早くー!! あと二匹!」


 重たそうな足取りなのに、彼女の足は早い。クーのスキルは知らぬ間に、〈ダッシュ〉から〈瞬足〉に変更されている。ボクはまだ〈ダッシュ〉で止まっているというのに……。


 クロコダイルが、逃げる犬に向かって棍棒を投擲した。〈投擲〉スキルにより彼女の棍棒は的確に命中する。威力も上がっているためだろうか、犬は一撃で消滅エフェクトを撒き散らす。

 強いなーとは思うが、その強さに驕って突っ込んでしまうのだからどうしようもない。

 実際、森に迷い込んだときにクロカゼさんに助けに来てもらえなかったら、ボクたち二人は卵を無くしていただろう。


「まったくー!」


 追いかけることに集中した彼女は、落ちた棍棒を拾わず、腰に差した剣を抜いた。投げないでよねと祈りながら、クーの棍棒を拾って装備する。

 これじゃ、前衛と後衛に分ける意味がないじゃなんだけど……。

 ボクが背負う弓が、寂しそうにしている気がする。


「〈スラッシュ〉!!」


 彼女の抜きざまにスキルを唱えたが、それは空振り。犬はすごい速さで走り去ってしまった。

 〈投擲〉と〈スラッシュ〉、そして〈瞬足〉でスタミナを使い切ったのか、クーはゼーハーと肩で息をしながら立ち止まっている。


「逃げられちゃったね。まぁ、橋は守れたから大丈夫だよ」

「おーけー……それで、よしとしよう!」

「外国の人なの?」


 ボクとクーはのんびり歩き出す。結構走ってしまった。スキルを使わないと、時間がかかってしまうだろう。わざわざこっちこなくても良かったのにーと考えていたら、不意にクーの背中で卵が動いた。


「おおー、生まれそう!」

「え!? マジで!?」


 ボクの卵も今朝も動いていた。クロカゼさんの説明を聞く限り、今日生まれたっておかしくはない。


「あ、クロカゼさんに通話しなきゃ」

「いいよあんな筋肉お化けー」

「えー、カッコイイじゃんー。ボクも力強いのにすれば――」

「いや、気持ち悪いから! 絶対やめてね!」


 その反応に苦笑いしながら、メニューから通話を探す。とはいえ初心者、ちょっと時間がかかってしまう。


 ――この動作を一瞬で行えたなら、きっと、これから起こる出来事の結果を、変えることが出来たかもしれない。


「ねぇ、あの人誰だろ?」

「んー?」


 クーの視線を追って首を動かすと、自然とメニューが閉じてしまう。

 まぁ、あとでいいか。

 視界に入った人物には、ボクも興味もったし。


 足を引きずるように歩く、人間が一人。

戦闘職ではないのか、背には大きなリュック。このヒイラギというキャラクターなら、3人くらい入ってしまうかもしれないほどの大きさだ。


「行っていい、ヒイラギくん?」

「うん」


 ボクはクーと一緒に走り出す。

 近づくにつれ、その人がどういう人か見えてきた。

 女性だろう、結い上げられた髪はところどころ解け、みっともないことになっている。靴も一足なくなっているし、なんというか、目に生気がない。


 その格好からも推察できたが、まずアイコンがないことから、彼女はプレイヤーだと判断できる。

 一度、歩行ギルドでこういう人を見たことはあるが、それにしては格好があまりにもラフすぎる。

 このゲームは、こと戦闘に関して大変シビアだ。胸当てを付けていても、身体全体の防御力が上がるわけではないし、むしろ重量システムの関係でつけないという人もいると、クロカゼさんは言っていた。着られるサイズの装備が高いから、という理由ではないらしい。まぁ、ウォーターベアー(クロカゼさん命名)のドロップアイテムを、ボクとクーに全部くれるくらいだから、お金は余ってそうだし。


 そうした予備知識を広げれば彼女の薄着には納得できるが、歩行ギルドで出会ったプレイヤーたちは、素人目には『やり込んでいる』ように見えた。一方の彼女は、同じ目はしているものの動きに機敏さはなく、装備も貧相だ。


「あのー、大丈夫?」


 敬語も忘れ、クーは荷物を抱える女性に話しかけていた。

 彼女の視線がこちらを捉える。


「あー……もしかして外国のかた? ハウアーユードゥーイング?」

「翻訳されてるはずだから、日本語でもいいと思うよ」

「へぇー! すごいじゃんこのゲーム」

 

 感心するクーはさておいて、問題はこちらの彼女だ。


「あの、言葉、わかりますか?」


 と再三問いかけるが、いまだ返答は得ず。

 ボーッと半開きの瞳と、焦点の合わない目。なんというか、非常に怖い。

 痺れを切らしたクーは、女性に「着いてきて」と促して歩き出した。

 女性はおぼつかない足取りのまま、ゆっくりとついてくる。


 こちらの声は聞こえているようだ。

 ということは、ログアウトしたプレイヤーのアバターが、なにかしらのバグで動いているという可能性もないだろう。


「ねぇねぇ、やっぱり演技かな?」

「うーん。まぁゲームだからねー」


 ボクたち二人は、無い頭を絞って答えを出そうとしたが、とりあえず、いろんな人がいるという結論に至った。

 NPCの村に戻ると、そこでも一つの謎が生まれた。

 ボクらに感謝するNPCの村長は、なぜか後ろの彼女のことを無視しているのである。プレイヤーをNPCが無視するなんてことあるのか? そう思いながら、ボクらの中でモヤモヤが大きくなる。


 さきほど「着いてきて」と言ったことが原因なのか、彼女は〈ネンベッツァ〉の道中もずっと着いてきた。無下にするわけにも行かないし、ボクは街のほうが彼女のことを探しやすいと思っていたのだが、クーはそうでもないようだった。


「あんた! 名前くらい言ったら!?」

「……」


 学校でもそうだが、彼女はちょっと敵愾心が強すぎるんだよ。

とはいえ、他の人ならまだしも、こんな演技をずうっと続けている人だとすれば、それはそれで不謹慎でもあるし、一緒にいたいとはボクも思わない。

 少しでも言葉が引き出せればいいなと思って、心の中で、すこしだけクーを応援する。


 結果は、クーはイライラが噴火しそうで、彼女からはなにも聞き出せないという散々なものだった。

 唯一の成果があると言えば、


「あんた名乗らないなら勝手に呼ぶからね。リュック。あんたリュックだからね! 嫌なら早く名乗ってよー」


 と、クーがリュックさんの名付け親になったことだろうか。

 街に着く頃には陽も傾いてしまっていた。

 そこでようやく、クロカゼさんとの通話を中断させていたことを思い出す。





「すみませんクロカゼさん」


 素直にペコリと頭を下げると、たどたどしい動きで手を振りながら、クローゼットのなかのクロカゼさんは、大丈夫だよ、と言ってくれた。


「俺も、なんだ、その、色々、あったんだよ、その、用事とか?」

「なに? どうしたの?」

「あ、いや、ホントなんでもないよ。ささ、続けたまえ!」


 冷や汗を流しているように見えるが、気のせいだと思う。さすがにこのゲームで汗を流すことはない。


「そのあとは、クエストの報酬をもらって一度クーの部屋に。で、そこでもなんですけど――」





 ボクとクーが部屋に入ると、なぜか彼女……リュックも着いてきてしまった。

 いまでこそ、リュックがNPCだという情報をもっているが、昨日は大変だった。

 部屋主の招待がなければ部屋には入れない。それどころか、フレンドに登録しておかなければ部屋への招待も行えないのだ。それを全て無視して、リュックは部屋に入ったため、ボクとクーは大慌て。

 運営に連絡しようとしたが、その時、もう一つの大事件が起こった。


「あ! クー、卵!!」

「え! あ! 本当だ!!」


 二人そろって紐リュックごとベッドの上に卵を置く。

 クーの卵のほうはすでに内側からの力に耐え切れず、ひび割れが入っていた。


「生まれるのかな?」

「そうだよー!」

「虫とかだったらどうしよう……」


 珍しく弱気な彼女を見ながら、口元がニヤける。ひと睨みされたが、無表情を装うのは大変だった。ドアの前で佇むリュックが、この時ばかりは羨ましいよ。


 パキィと一際大きい音とともに、卵に拳大の穴が空いた。ボクとクーはほっぺとほっぺをくっつけて穴を覗き込む。


「あ、鳥……かな?」

「え!?」


 クーはボクを突き飛ばして、こっち来ないで! と言い放つ。友だちだと思っていたのに……。


「刷り込みするから、こっち絶対来ちゃダメだからね!」

「あぁ。鳥さんだもんねー。でもゲームだから、所有者のクーが……親決定……なのかな?」


 あんまり適当なことを言ってしまうと、あとあとマズイ事になってしまった場合責任がもてないので、どんどん小声になる。案の定、そんな小さな声は、卵に熱狂しているリーに届かった。ちょっとだけホッとした。


「あ、あれ?」

「どうしたの?」


 安心したのも束の間、クーは慌てだした。

 どれほど慌てているかというと、割れかけている卵を、腕力でこじ開けるくらいである。えーっと、そういうのっていいの? なんか、割れないと生きていけないからうんぬんとかさ。


「ねぇ! どうしよう! 呼吸やっぱり弱いよ」


 覗いてみると、赤い鳥が卵の底で弱々しく震えていた。


「とりあえず温めてみよう!」


 一度外に出て、すぐに自室に戻る。工房に続くドアに触れ、『50000kで工房を購入しますか?』という表示にイエスと答える。


 埃っぽい部屋だったがそこは構わず、部屋の端に置いてあった薪を釜戸に何本か突っ込む。釜戸の上のマッチに火を点け、それを釜戸にポイッと入れた。火を付け損じた、折れたマッチもついでに入れておく。これでいいのかな?

 ミクリというNPCの説明どおり、釜戸の火はみるみる大きくなっていく。


 クロカゼさんと通話できなかった反省を活かして、今度はすぐに通話状態に入る。


『こっちの釜戸に火をつけたよ! そっち大丈夫?』

『わかんないー。でも、すごい弱ってる!』


 玄関をあけてクーを待っていると、隣の部屋のドアから卵の殻を持ったクーと、大きなリュックを抱えたリュックが現れた。


「入れるからね」


 横をすり抜け工房に走るクー。ボクも追随するが、はたしてなにができるのか。

 火にあたり、心配そうに鳥のヒナを撫でる彼女に向かって、「DOLOってこんなこともあるんだねー」なんて軽口は叩けず、ボクは言葉に迷っていた。


「あ、そういえば、ポーション効くかも!」

「え? ポーション? 回復薬の?」

「うん。クロカゼさんが言ってたんだ、βのとき、ドラゴン殺されちゃったポイポって人が、回復アイテムで復活させてたって」

「えー! でもポーションなんてないよー!」


まぁ、そうなるよね。ミクリにもらったポーションは、すでに森で迷ってしまったときに使ってしまっている。

始まりの街でもポーションは売っていたようだが、ボクたちはお金がなくて買っていなかった。


「買ってくるけど、それまで大丈夫かな?」

「わかんないよ、そんなの……」


 クーの言葉も弱々しい。もしかしたら間に合わないかもしれないが、それでも自分にできることだけはしておきたかった。


「行ってくるね!――っと! ……え?」


 踵を返そうとしたとき、目の前にはリュックが立っていた。

 そして、彼女の手には……ポーションらしき瓶。


「あ、ありがとうございます……」



続きます!


風太くん視点との書き分けは

ほとんどできませんでした……

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