105.吸血とたまご
「じゃあ……えっと、食べる?」
俺はそう言って、コレットの目の前にそれをさしだした。
手の平を上にして、そこに乗せて差し出す。
近づいてきたコレットが、無言で俺をちらちらと、顔色をうかがうかのようにして見つめてくる。
『……勘違いしないでよね』
「ああ」
やっぱり何の事なのかさっぱりだけど、頷いといた。
コレットは追加で数秒間俺を見つめた後、ぱくり、と俺の手からそれを食べた。
小型種とは言えそこはドラゴン、人間に当てはめれば小豆くらいサイズのそれをかまずに丸呑みした。
「これでいいのか?」
俺はクリスの方を向いて、きいてみた。
『うむ、間もなく変化が起きよう』
「そうか」
頷き、コレットの方に向き直った。
コレットは普段よりも若干厳しめの表情になって、自分の身に起きるであろう変化に身構えている。
時間にして約十秒――変化が起きた。
『うっ……』
コレットが急に、苦しそうにうずくまった。
「コレット!? 大丈夫なのか?」
『うぅ……気持ち悪い……』
「気持ち悪い? 大丈夫なのかこれ」
問い質す口調でクリスに聞いた。
『くははははは、我にはよくわからん』
「ええっ!?」
今になって何を――って思ったが。
『知識としてはわかるがな。産卵不可から可能になるような肉体の変化はそりゃあしんどかろう』
「あっ……」
クリスの言い分に納得してしまった。
クリスは「神の子」と呼ばれている「フェニックス種」のドラゴンだ。
フェニックス種と呼ばれるのはクリスただ一人、その特徴は不老不死かつ、食事をする必要はない(できない)というもの。
ドラゴンではあるが、普通の生物とはまったく別次元の存在でもある。
その事を、今まで実例付きでたくさん見知ってきた。
だからその言い分に納得した。
そして、コレットの苦しみもまた――クリスと同じように俺は知識として理解した。
産めない体から、産める体への変化。
子を産むというのは大仕事で、それに伴う体の変化は相当のもの。
それで体が不調をきたすというのは理解できるが、男の俺は実感できないものだ。
そういう意味では、俺はクリスと同じだ。
だから、コレットを見守る事しか出来なかった。
『熱い……体が熱い……』
苦しむコレット。
「本当に大丈夫なのか?」
『くははははは、なあに死にはしない。……それは絶対だ』
俺が心配しているのを案じてか、クリスは最後に付け加えるようにいった。
それで俺はすこし安堵した――が、だからといってコレットが今苦しんでいる事に変わりは無い。
『ふむ、苦しみを和らげる方法がないでもない』
「本当か!? どうすればいい」
『心友の肉体を少し与えてやるのだ』
「え?」
『くははははは、なあに、多少の血を飲ませてやれば――』
「そうか」
俺は即断した。
人差し指の腹を切ろうとした。
何回も契約でやり慣れているやり方だ。
が、途中で考え直した。
契約という魔術的なものと違って、今回のは肉体に伴う変化だ。
小型種とはいえ、ドラゴンという人間を遙かに上回る肉体。
それを考えた俺は、指の代わりに手首を切った。
それをコレットに突き出す。
「コレット」
『……』
熱に浮かされたような目をしたコレット、ふらふらっと、俺が突き出した血が垂れている右腕に寄ってきた。
そして、その腕にパクッとかぶりついてきた。
歯は立ててなかった、まるであめ玉をしゃぶるような感じで。
ドラゴンの口の中に腕をつっこむという生まれて初めての、不思議な感触。
そして、初めて血を吸われるという、これまた不思議な感覚。
それらに戸惑っていると、コレットの顔がみるみるうちに落ち着いていった。
本当に血を吸わせれば大丈夫なのかって心配したが。
「ちゃんときくのか……」
『くははははは、我は嘘はつかん』
「そうか、ありがとう」
クリスに感謝をした。
『まあ面白い方に誘導はしたがな』
「へ?」
『別に血じゃなくでもよかったのだ』
「別のものでもよかったのか?」
『うむ。心友の髪でもよかったのだよ』
「……かみ?」
『髪』
俺が聞き返し、クリスがはっきりと頷いた。
思わず想像してしまった。
苦しむコレットが、俺の髪を大量にむしゃむしゃしている光景を。
「それはやだな……」
『くははははは、そうであろう』
「ああ、とりあえずありがとう」
髪じゃなくて血にしてくれたクリスにお礼を言い、再びコレットの方に向き直った。
俺の血を吸い続けているコレットを見守った。
『吸血の方が愛情的で楽しいしな』
「え? 今なんて?」
『あっ……』
クリスがふだんよりも遙か小声で何かをつぶやいた。
それを聞き返していたら、コレットもまた小さな声を漏らした。
みると、彼女はぼろっと、たまごを産んでいたのだった。
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