52.初めての創造魔法
いつもお読みくださりありがとうございます。
本日も1話のみの投稿になります。
人間をやめてしまうという衝撃的な出来事が起こった翌日、私達は自宅に戻ることにした。
ミルスとトーヤが王城で大人気だったため、自宅に戻るのが先延ばしになっていたが、ちょっと落ち着きたい気分なので少し強引に帰宅する事にしたのだ。
それに、忙しい大工に無理を言って早く完成させてもらったので、早く自宅に戻らないとちょっと悪い気がするのもある。
新しい自宅は、ちょっとした高級住宅な様相を呈している。
地震で倒壊したお隣の敷地を買い取り、家2軒分の土地を使ったので、以前の家よりもかなり大きい家になった。
外観や内装にもそれなりにお金を掛けているので、貴族の邸宅として恥ずかしくない程度の家に仕上がっている。
とはいえ、貴族の邸宅としてはかなり小ぶりな方だ。
あまり大きくても管理が大変だし、大人数のお客を泊める予定もないので、これでも困らないと思う。
「これが僕達の新しい家ですか。王城と違って、何だか落ち着きますね」
「ここに戻って来られて、ミルスは嬉しいです!」
守護霊のトーヤとミルスも嬉しそうだ。
守護霊としては、守るべき家があるというのは嬉しい事なのだろう。
自宅に帰り、一息ついた所でシェリスから聞いた神族について、思い返してみる。
神族とは、その名の通り神と呼ばれる種族だ。
見た目は人族そっくりなので、人物鑑定できる人でないと、まず気づかれない。
神族は基本的に不老不死で、肉体が滅びても数日で再生できるし、精神体として生きて行く事も出来る。
見た目年齢も自由自在だ。
シェリスなんて、【ステータス】上の年齢や種族も自由に変更していた。
ただし、神族同士の争い等で存在が消滅してしまう事はあるらしいので、本当の意味で不老不死という訳では無さそうだ。
神族が神と呼ばれる理由の一つとして、この世界の事象の一部を司っている事があげられる。
転生と異世界転移を司る転生神、破壊と天罰を司る暗黒神、愛情と再生を司る慈愛神といった感じだ。
無職の神族も居るが、ほとんどの神族が何かしらを司っている。
中には複数の事象を司る神族も居るそうだ。
そして、私は創造と生産を司る創造神の一員だ。
と、偉そうな事を言ってみたけど、創造神の一員と言っても【下級創造魔法】を使えるというだけだ。
【下級創造魔法】
【消費魔力】 10~
・術者の望むものを創り出す。
・創り出す対象に制限は無い。
・創り出す対象の種類により消費魔力が変動し、生命体に関わる場合は消費魔力が特に大きい。
・下級創造魔法の行使には、上位神の承認が必要。
暗黒魔法の【消滅】と対を為す感じの魔法だ。
【消滅】と同様に、対象に制限が無いので、使い方次第ではとても便利な魔法になりそうだ。
ただ、使うには創造神エリクト様の承認が必要なので、気軽には使えない所が【消滅】とは違う。
まあ、勝手に変な物を創って世界を滅亡させたりしても困るから仕方ないね。
ちなみに、私が神族になった事を国王陛下マルセン様と宰相ローレン様に報告したが、想定の範囲内だったらしく、思ったほど驚かれなかった。
特に祀られる訳でもなく、かといって王国から追い出される訳でもなく、気が済むまで住んでいて良いと言われて助かった。
◇◇◇
いつまでも呆けている訳にはいかないので、もう少し前向きに考えてみよう。
創造魔法が使える様になった事で、暗礁に乗り上げていた飛行船作りが進められるかもしれない。
エヴィル・トレントの魔結晶を手に入れてから飛行船を作ろうと色々考えてみたが、なかなか上手く行かなかった。
まず、この世界の技術では、水素ガスやヘリウムガスを集める事が出来なかった。
暗黒魔法の【消滅】で物体を浮かせる事は出来たが、その方法では高度の調節が出来ない。
それに、飛行船は運べる荷物の量に比べて船体が大きすぎて、飛行船を置く場所が無い。
そういった問題が山積してしまい、飛行船作りを断念していたのだ。
しかし、創造魔法が思った通りの魔法なら、これらの問題は解決できそうだ。
その前に、創造神エリクト様から許可を頂こう。
『創造神エリクト様、創造魔法を使用しても良いでしょうか』
『セトか。一々俺に確認しなくても良いぞ。創ったらまずい物は俺が止めるので、好きにしてみるといい』
『わかりました。ありがとうございます』
どうやら、事前に承認を得る必要は無い様だ。
承認が必要というのは、危険物の創造を防止するのが目的みたいだ。
そういう事なら、好きにさせてもらおう。
まずは、生産ギルドに行き、人が乗れるほどの大きさの厚めの鉄板を4枚購入する。
それらの鉄板を庭に置いたら、準備は完了だ。
「セト、何を始めるの?」
鉄板を準備していると、シェリスが家から出て来た。
「創造魔法を実験してみようと思ってね。見てみる?」
「うん。創造魔法って見た事無いから、興味があるわ」
そして、用意した4枚の鉄板に創造魔法を使ってみる。
――【創造】
一瞬だけ鉄板が淡い光に包まれて、すぐに元通りに戻った。
創造魔法を掛けた鉄板は、見た目には何も変わっていない。
しかし、魔力を200消費したので、創造魔法は発動したはずだ。
鉄板の【ステータス】を確認してみる。
【鉄板の鑑定結果】
【名称】 浮遊金属
【等級】 神授級
【特殊能力】
・魔力を注ぐと強力な浮力が発生する。
・腐食しない。
よし、思った通りの効果だ!
鉄板に対して、『魔力を注ぐと強力な浮力が発生する』という性質を創造してみたが、上手く行ってくれた。
おまけに『腐食しない』という効果も付与されている。
物体を創り出すだけでなく、新しい性質を創造して既存の物質へ付与する事も出来るみたいだ。
浮遊金属の鉄板に乗り、ほんの少し魔力を注ぐと、私の体ごと鉄板が浮き始めた。
魔力の供給を止めると、鉄板はゆっくりと下降して着地した。
思ったよりも少ない魔力で浮かぶことが出来たので、燃費の良い飛行船になりそうだ。
あとは、風を発生させる装置を使って前進すれば、飛行船が作れるだろう。
もはや、飛行船と言うより翼の無い飛行機と言った方が良いかもしれない。
「鉄板が浮かんだの? それはそれで凄いけど、一体何をするつもりなのかしら」
「これを使って、空飛ぶ魔導具が作ってみようと思ってね。空の旅と言うのも良いでしょう?」
「そうね。空からの景色を眺めつつ旅をするのも良さそうね」
私の気持ちはシェリスに理解してもらえた様だ。
空の旅は気持ちいいよね。
『ふむ、浮遊金属か。確かに珍しい性質だが、何に使うつもりなのだ?』
『これを使って、空飛ぶ魔導具を作ろうかと思います』
『なるほど、人族が空を飛ぶという夢を叶えるか。早速、創造神らしい事をするではないか』
さすがにそこまで考えていなかった。
しかし、私だけが使うのも勿体ないので、他の人にも使ってもらうのが良さそうだ。
遊覧飛行船の商売でも始めてみようかな。
船体の建造やメンテナンスを生産ギルドに委託すれば、私の手を割かなくても運用できるだろう。
そうと決まれば、生産ギルドへ相談しに行こう。
◇◇◇
飛行船のラフ案を考えて、生産ギルドへ相談に来た。
受付のアクアリーナさんに相談すると、ジーニアギルド長と話をする事になった。
「セトさんとシェリスさん、お久しぶりですね。お元気でしたか?」
ジーニアギルド長に会うのは、久しぶりだ。
最後に会ったのは、初仕事の依頼を受けた時だ。
「ええ、ジーニアギルド長もお元気そうで何よりです。今日は、とある魔導具の製造を委託したいと思い、お願いに参りました」
「魔導具という事なら、魔導ギルドへ行くべきではないでしょうか」
確かに、魔導ギルドには魔導具製造部門がある。
しかし、魔導具製造部門は魔法付与がメインの業務なので、飛行船を建造するのは無理だと思う。
そう言った事情をジーニアギルド長に説明した。
「空を飛ぶ船ですか……。私達も研究はしていますが、実現の目途は全く立っていないのですよ」
「そこは私に考えがあります。魔力を注ぐと浮かび上がる浮遊金属という物があるので、それを使うのです。実演しましょうか?」
私がそう伝えると、ジーニアギルド長は驚きの表情に変わった。
「ちょ、ちょっと待っていてもらえますか! 責任者を呼んできます」
ジーニアギルド長は、そう言うと執務室から飛び出て行ってしまった。
「ジーニアさん、凄い勢いだったね。やっぱり人族って空を飛ぶのが夢なのね。アタシ達は精神体になればいつでも空を飛べるから、その気持ちはちょっと分からないわ」
シェリスの言う通り、空を飛ぶと言うのは人類の夢だと思う。
私は前世の日本でよく飛行機に乗っていたけど、空の上から眺める景色は最高だった。
執務室で数分待つと、ジーニアギルド長は10人ほどの職人を連れて戻って来た。
「セトさん、お待たせしました。中庭で実演してもらえますか?」
生産ギルドの中庭に出て、浮遊金属に乗って浮かんで見せる。
また、希望者には実際に体験してもらった。
その時、注ぐ魔力量が多いと急に飛び上がってしまうという問題が見つかったが、予想の範疇だ。
「これは凄い。これなら空飛ぶ船を作れるぞ」
「だが、これだけでは前に進めないな。そこをどうするかが問題だ」
職人達は、早速熱い議論を交わし始めた。
ひとまず、会議室に集まって私のラフ案を説明する事にした。
飛行船の形は、空気抵抗を考えて葉巻型潜水艦をベースに考えてみた。
船体の床下には頑丈な金属製フレームを取り付け、木製の船体を支える構造にした。
金属製フレームの四隅に浮遊金属や降着装置を固定し、また船体や推進装置も金属製フレームに直接取り付けて支える。
船体の前方はガラス張りの操縦室とし、後方の細くなった部分に方向舵と推進用のプロペラを取り付ける。
船体の傾き調節は、四隅の浮遊金属の出力を調節することで実現する。
「空気抵抗? プロペラ? 何だいそれは」
一通り説明を終えると、職人達から色々と質問が上がって来た。
この世界には航空機が無いのだから、その基礎知識も無い訳で、私の説明は半分ほどしか理解してもらえなかった様だ。
「セトさんも、お人が悪いですね。これだけの知識を持っているなら、生産ギルドに加入しても大活躍ではありませんか」
そして、ジーニアギルド長からは苦言を呈されてしまった。
そこは仕方ないと思う。
ギルドを決めたあの時点では、まさか中学校や高校で習う基礎知識が役に立つとは思っていなかった。
それに、結果論だけどシェリスに会えたのは魔導ギルドに加入したからなので、今でも魔導ギルドに加入して良かったと思っている。
しかし、ジーニアギルド長には少し悪い事をしたので、しばらくは生産ギルドで基礎知識を講義することにした。
◇◇◇
飛行船の建造を依頼して3ヶ月が経った頃、完成したとの連絡が来た。
想像していたよりもずっと早い。
講義中も生産ギルドのメンバーは血走った眼をしていたので、相当な情熱を注ぎ込んで作ったに違いない。
急いで生産ギルドへ行くと、そこには高さ2.5m長さ12m程の葉巻型飛行船があった。
設計時から大きさを知っていたが、実物を見ると想像以上に大きい。
しかし、船体の後ろに付いているはずのプロペラが付いていない。
メンテナンス中なのだろうかと思いつつ、飛行船のステータスを確認する。
【飛行船の鑑定結果】
【名称】 試作型反重力式航空機
【等級】 伝説級
【特殊能力】
・魔力を消費して飛行できる
何やら恐ろしい響きの名前になっているので、後で別の名前を付けよう。
「あ、セトさん、待っていましたよ」
出来上がった飛行船を見ていると、ジーニアギルド長が声を掛けて来た。
「想像以上に大きいですね。早く乗ってみたいですよ」
「ふふ、私はもう乗りましたよ。馬車で急いでも3日は掛かるレイタル市まで、1時間程で行けました。全速力だと40分で到着するらしいですね」
それは凄い。
この世界の距離感はいまいち掴めていないが、通常速度でも時速200km以上は出ていそうだ。
頑丈な船体設計にしておいて良かった。
燃費の方も、通常の魔法使いが魔力を供給するなら1人で2時間程度は飛行できるそうで、なかなか低燃費だ。
今回は魔結晶を使うので、満充電しておけばお隣の大陸まで行けそうだ。
「それにしても、後部にプロペラが付いていませんが、メンテナンス中でしょうか」
「それについては、技術主任から説明を受けてくださいね」
ジーニアギルド長に促されて、技術主任が説明を始めた。
どうやら、浮遊金属へ魔力を流す方向を変えると、横方向にも力が生まれるらしい。
それを推進用に応用したのでプロペラが不要になり、燃費も倍増したそうだ。
一通り説明を受けた後、実際に乗ってみた。
離陸時は、フワッと浮かび上がる感じだ。
前進時は、飛行機に乗ったかの様な力強い加速感を感じる。
なかなかいい感じだ。
「生身で空を飛ぶって、こんな感じなのね。精神体の時の解放感も良いけど、こうやってのんびりと景色を楽しむのもなかなか良いわね」
シェリスも気に入ってくれたみたいだ。
それから30分ほどゆっくりと飛行を楽しんだ。
「それでは、これにて飛行船の引き渡しは完了したという事にしましょう。どうもありがとうございました」
私がそう言うと、ジーニアギルド長が少し気まずい顔をしながら声を掛けて来た。
「あの、セトさん」
何だろう、報酬は全額前渡ししているけど、足りなかったのだろうか。
「何でしょうか、ジーニアギルド長」
「もし良ければですが、浮遊金属が余っているなら譲って頂けません?」
余ってはいないが、作ろうと思えばいくらでも作れる。
しかし、勝手に飛行船が大量生産されると、色々とバランスが崩れそうだ。
地震復興の特例で転移門を使った時も、商人間での不公平感が凄かった。
そこは考慮しておこう。
「この試作機を王家にお披露目した時に、話してみましょう。許可が下りれば、研究用にいくつかお譲りするという事で如何でしょうか」
「それはとても嬉しいお返事ですね。ぜひよろしくお願いしますね」
◇◇◇
出来上がった飛行船には、月を意味するルナと名付けた。
空に浮かぶもので真っ先に思い浮かぶのは太陽と月なので、静かなイメージのある月の名前を付けたのだ。
そして、飛行船ルナを暗黒空間に格納して王城まで運び、王家の方々へお披露目した。
「ふむ、これは凄いな。ぜひ王家にも1台欲しいものだ」
その場で試乗会を開くと、国王陛下のマルセン様から欲しいと言われてしまった。
空を飛ぶというのもあるけど、前世の日本基準で作ってあるので、乗り心地も馬車の比じゃないからね。
この機会を逃さず、こちらの要望を伝えておこう。
「マルセン陛下、この飛行船ルナは生産ギルドで建造しました。そこで、王家から生産ギルドへ依頼されては如何でしょうか。その方が、お好みの形に作り上げる事が出来ると思いますが」
私がそう言うと、マルセン陛下は少し考え込んでしまった。
「それは、誰でもこの飛行船を作れると言う事か?」
「いえ、心臓部の浮遊金属は私しか提供できません。王家から許可のある者のみに提供する、という決まりにすればよろしいかと」
国王陛下は私の正体をご存じなので、浮遊金属の出自は理解してもらえているだろう。
浮遊金属の出元を抑えれば、飛行船を勝手に作られる事も無くなる。
あまり急に広めると、商人達に影響が出てしまうので、その辺を王家にうまくコントロールしてもらいたい。
「ふむ、それなら大丈夫だな。詳しくはローレンと相談してくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
その後ローレン様に相談し、ひとまず王家用と研究用の2台分の浮遊金属を生産ギルドへ販売することになった。
遊覧飛行船で商売する事を考えているが、それにはまだ研究が必要なので、しばらくお預けだ。
次話は3/5に投稿する予定です。




