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35.戦争 1

 本日投稿全3話のうち1話目です。

 第32話に地図を追加したので、そちらを見た後に読まれると、より分かりやすいかもしれません。

 戦争の準備を始めて7日目の朝早く、宰相ローレン様から登城せよとの知らせが届いた。

 タイミングからして、そろそろ宣戦布告が発せられたのだろう。

 シェリスと共に急いで登城すると、大きな会議室へと案内される。

 会議室には、王国の主だった貴族が揃っており、異様な雰囲気を醸し出している。


 あらかじめ決められた席へ着くと、国王陛下のマルセン様が入場され、会議が始まった。


「諸君、もう知っている者も居るだろうが、シャピナ共和国から宣戦布告が発せられた。とはいえ、我々はこの事を事前に察知しており、準備は万端のため、落ち着いて対処されたし」


 宰相ローレン様から、宣戦布告を受けたことが公表される。

 その内容は次の通りだ。


 ・一つ、プロイタール王国は三国条約に反し、不正に異世界人を匿っている事。

 ・一つ、不正に匿った異世界人を使い、【アイテムボックス】で不正に利益を得ている事。

 ・一つ、不正な【アイテムボックス】使用により、穀物の収穫を不正に得ている事。

 ・我々シャピナ共和国は、これら不正を正し、また不正に得た利益の再配分をプロイタール王国へ要求する。

 ・要求が受け入れられない場合、我々シャピナ共和国は決起する。


 ……これまた清々しいほど自己中心的な宣戦布告だった。


 どう見ても、異世界人の私が居てうらやましい、としか読み取れない。

 しかも、プロイタール王国南部の豊作に無理やり結び付けて、食料を寄越せと言っている。


「宣戦布告の書状によると、セト殿を渡せば手を引くとも書いてあるが、セト殿はどのようなお考えかな?」


 宣戦布告について、ローレン様から意見を求められる。

 一国の貴族という立場にある以上、答えは決まっている。


「はい、私は正式な手続きをもってプロイタール王国へ所属しており、なんら不正は存在しておりません。このような要求を呑む必要は無いかと存じます」


「そうだ、よく言った」

「うむ、それでこそ王国貴族だ」


 会議に参加している貴族から、賛同の声が上がる。

 今回の宣戦布告は、あまりに酷い理由のため、この意見は当然だ。


 それに、プロイタール王国には知り合いが何人も居るし、愛着もある。

 なにより、食べ物がおいしくて過ごしやすい。

 どう考えても、シャピナ共和国へ行きたいとは思わない。


「それでは、シャピナ共和国の要求を断り、徹底抗戦する事でよろしいかな? 同意するものは起立してほしい」


 ローレン様の言葉に、国王陛下を含めた全員が起立する。

 わざわざ確認するまでもないと思うが、これも国政に必要な決まり事だ。


 こうして、プロイタール王国はシャピナ共和国に対して徹底抗戦する事になった。


 また、それを受けたメンティス帝国からは、他国同士の争いには関与せず、中立を保つとの声明が発せられた。

 しかし裏では、シャピナ共和国がメンティス帝国にも矛を向けた場合、メンティス帝国はすぐさまプロイタール王国と共闘する旨の秘密条約が結ばれたそうだ。

 風の噂では、メンティス帝国の女帝アルマイア様は『シャピナ共和国の指導者どもはバカなのか?』とおっしゃったとか。


◇◇◇


 俺はサランガ、プロイタール王国の兵士だ。

 軍人としてはふさわしくないのだろうが、正直言うと戦争なんてロクでもないと思う。

 特に、今回のシャピナ共和国は、私利私欲にまみれた理由で戦争を始めやがった。

 だからこそ、俺達がしっかりと国民を守ってやる必要があるのだ。


「進軍開始!」


 号令と共に、俺達は敵軍に向けて進軍する。

 それと同時に、敵味方から矢が雨のように放たれる。

 また、味方からは、矢に加えて無数の攻撃魔法が放たれる。


 シャピナ共和国軍は恒常的に魔法兵不足しているので、あまり魔法を気にしなくても良いのは助かる。

 それを補うためか、シャピナ共和国の兵は銃も使ってくるが、弓と変わらない程度の威力で、攻撃魔法の方が遥かに強力だ。

 しかし、シャピナ共和国軍は6万、対するプロイタール王国軍は5万と、数で負けているので、油断は出来ない。


――ズーン

――ズドーン


 味方の魔法が敵軍に着弾し、轟音を上げている。

 味方の魔法のいくつかは敵の防御魔法で防がれている様だが、敵の魔法兵はごく少数のため、全く防ぎきれていない。

 ここで、違和感に気が付く。


「ウォォォォォォォー」


 敵の士気が全く衰えていない。

 普通、攻撃魔法の脅威にさらされると、その恐怖で士気が落ちるという物だろう。

 しかし、敵軍の士気は全く落ちないどころか、こちらへ近づくにつれて士気が上がっている。


 そして敵軍と接敵した。

 ここで、何となくだが違和感の正体が、分かった。

 敵軍の兵士は、全員血走った眼をしている。

 ここで負ければ、待っているのは飢え死になので、死の恐怖も薄れているのだろう。

 しかし、そんな事に怖気づいていては、兵士なんてやっていられないな。


「うぉぉりゃぁぁ!」


 俺は掛け声とともに、槍を繰り出す。

 敵からも槍が突き出されるが、攻撃が直線的なので、俺には簡単に避ける事ができる。

 どうやら、敵兵の練度は低い様だ。


「ハァッ! トゥッ!」


 俺はそのまま槍を振り回し、敵兵の3人を重症に追いやる。


「明日のメシのために死ねやぁ」


 少し突出し過ぎていた様で、右横から敵兵が襲ってくる。

 接敵されると槍では不利だ。

 ここは少し後退した方が良いだろう。

 そう思っていると、左横から槍が襲ってくる。

 気づいた時には、俺の左わき腹に槍が刺さっていた。


 ……左わき腹が焼けるように熱く痛い。


 俺は負傷兵として後方へ下げられた後、気付いたら城の中庭へ居た。

 ここは王城だろうか、見た事のある風景だ。

 しかし、戦場と王城は馬車で6日ほど離れた場所にあるはずだ。

 俺は夢でも見ているのだろうか。

 そう考えていると、また意識が朦朧としてきた。


「……か? 生きていますか?」


 誰かが声を掛けて来る。

 体中が熱く、目を開けるのも億劫だ。

 しかし、気力を振り絞って目を開ける。

 そこには、淡い青紫の髪をした美しい少女が居た。


「よかった、生きていたのね。今から怪我を治すから、もう少し辛抱していてね」


 少女はそう言って俺の傷口に手をかざす。


 すると、あれだけ酷かった傷口から熱と痛みが引いていく。

 乱れた呼吸も落ち着いてきた。


「すまない、楽になった。貴女は?」

「アタシはシェリスよ」


 そうか、シェリスというのか。

 あれだけ酷かった傷を一瞬で治すとは、まさに女神様だ。


「命が助かって良かったわ。次からは気を付けてね」


 シェリスはそう言うと、笑顔を残して私の元から立ち去って行った。

 傷は治ったのに、俺の心臓は早鐘の様に鳴っていた。


「おい、あんた。傷が治ったなら、自分で戦場に戻ってくれよ」


 近くに居た看護兵が俺に声を掛けて来る。

 しかし、今はそれ所ではない。


「なあ、あのシェリスという少女の事を知っているか?」


 俺は、戦場に戻るよりもシェリスの事を知りたい。


「あんたを治したシェリス様の事か?」

「シェリス……様?」

「ああ。シェリス・イツクシマ男爵夫人だ。シェリス様は貴族だから様を付けろよ」


 なんと、貴族でしかも既婚だったのか!

 その時、俺の淡い恋は砕け散ったのだった。


◇◇◇


 シャピナ共和国軍との戦闘が始まっても、私とシェリスのする事は変わらなかった。

 相変わらず、2時間毎にトリスの駐屯地へ転移門を出し続けている。

 転移門を出し終えると、後は兵站部隊の事務所で座って居るだけだ。


「ミラリスさん、トリスの状況を見てきても良いでしょうか」


 あまりにもする事がないので、トリスの状況を見てこようとミラリスさんに声を掛ける。


「ダメに決まっています。貴方が負傷して転移門を出せなくなると、プロイタール王国軍は総崩れになるのですよ?」


 何とも辛辣な物言いだ。

 しかし、返す言葉もない。

 転移門を前提に兵站の計画を立てているので、私たちが負傷するのは拙いだろう。


「う、そうだった。済まない」

「もし、手がお空きでしたら、負傷者の搬送を手伝っていただけないでしょうか。想定以上に重傷者が発生していて、医療班の手が足りないそうです」


 医療班は、貴族の手を借りたいほど人手が足りていないらしい。

 そうとあれば、手伝いに行こう


「分かりました。転移門を開き直すまで、私は医療班を手伝いに行ってきます」

「ミラリスさん、アタシも一緒に行ってくるわ」


 医療班の手伝いをするために、私とシェリスは王城の中庭へ来た。

 すると、そこには数十人の負傷兵が寝かされている。

 応急手当はされているものの、その誰もが、一目で重傷と分かる。


「これは酷いね」

「ええ。セト、これが戦争なの」


 シェリスからは、無常の言葉が返ってくる。

 おそらく、シェリスは、今までに何度となく、このような光景を見てきたのだろう。


「それじゃあ、負傷兵を場内の医療室へ運ぶとしようか」


 担架を使い、負傷者を指定された場所へ運び込む。

 そして、負傷者を担架からベッドへ移し、軍医へ報告する。

 そういった作業を何度か繰り返していると、看護兵がシェリスへ声を掛けて来る。


「あの、シェリス・イツクシマ男爵夫人様でしょうか」

「ええ、アタシはシェリス・イツクシマだけど、何か御用?」

「負傷が酷く、危篤の兵が居るのです。シェリス・イツクシマ男爵夫人様は神聖魔法を行使なされるとお聞きしまして、お助け願えないかと」


 シェリスがこちらを見て、念話を送ってくる。


『セト、どうしよう』

『シェリスのしたい様にすればいいさ。転移門は私が開き直しておくよ』


 シェリスにうなずき返しながら、念話を送った。


「分かったわ。その兵士の所へ案内して」

「ありがとうございます。セト・イツクシマ男爵様、しばし奥方様をお借り致します」


 看護兵はそう言いながら、恭しく礼をして去っていった。


 その後、転移門を出し直した頃、シェリスが戻って来た。


「どうだった?」

「うん、脇腹に酷い傷があったけど、ちゃんと治してきたわ」

「それは良かった。さすがシェリスだね」


 それから日が暮れるまでは、負傷兵の搬送と転移門の維持で大忙しだった。

 シェリスは、計3回も重症兵の命を救い、城内では女神様と呼ばれる様になっていた。

 そして、私は働き者の貴族様と呼ばれている。


 ……まあ、貴族が負傷兵の搬送なんて、普通はしないよね。


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