32.戦争前夜 1 (地図付き)
本日投稿1話目。
少しは小説を書くのに慣れて来たので、今回から描写を多めにしようと思います。
その影響で文字数が多くなりすぎたため、今週の話は来週に続きます。
2016/11/25地図を追加しました。
秋も深まり、そろそろ肌寒い季節になってきた。
「セト、もうだいぶ寒くなって来たね」
「うん、風邪をひかないように気を付けないとね」
そう、ここプロイタール王国にも四季があるのだ。
そろそろ冬の準備をしなければいけない。
とはいえ、家には暖房があるし、冬服も買ってあるので、少し多めに食料を買い込んでおけば準備は万端だろう。
それに、南の方へ行けば冬でも暖かいので、いざとなれば転移門を使って南の都市へ行くことにしよう。
そんな話をしながら、いつもの様に魔導ギルドへやって来た。
すると、受付のカルナさんが声を掛けて来る。
「あ、セトさんとシェリスさん、宰相のローレン様から伝言が来ています。王城の執務室まで来るようにとの事です」
「はい、わかりました。カルナさんありがとうございます」
魔導ギルドへ着いたばかりだが、ローレン様からの呼び出しがあったからには、すぐに王城へ向かう事にしよう。
それにしても、こんな下級貴族を呼び出すとは、一体何の用だろうか。
少し悪い予感がする。
とにかく、ローレン様に会って話を聞こう。
それから王城へ行き、ローレン様への面会を願うと、すぐに執務室へ通された。
「ローレン様、お久しぶりです。本日はお呼びとの事で参りました」
「うむ、よく来たな。まあ、そこへ座れ」
ローレン様に促され、執務室内の席へ座る。
すると、ローレン様は、私に一枚の紙きれを渡して来る。
そこには、トライスター大陸と書かれており、プロイタール王国とその他2か国の地理が大まかに記載されている。
なるほど、私達の住んでいる大陸はトライスター大陸というのか。
「これは、地図でしょうか」
「そうだ。まあ、簡単なものだがな。ところで、我が国における今年の収穫について、どの位知っておる?」
そういった情報は、特に伝手が無いので、魔導ギルド内での世間話程度しか知らない。
ここで見栄を張っても仕方ないので、正直に話そう。
「私が知っているのは、噂話程度です」
「それで構わんから、話せ」
「はい、一部北方での不作があった様ですが、南方の穀倉地帯では豊作だったため、国全体で見れば出来が良い方だと考えております」
それとこの地図と何か関係があるのだろうか。
私は、そのままローレン様の言葉を待つ事にした。
「ふむ、まあ貴族になりたてのセトに分かるのは、その程度だろうな。今年は北方で大規模な冷害に見舞われたのだ。その影響で、北方にある穀倉地帯のトリス地域とマリトール地域では、昨年の5割程度の収穫だ」
「そんなに酷い不作だったのですか!」
そこまで酷い冷害に見舞われているとは知らなかった。
このままでは、北方で大飢饉に見舞われそうだ。
「だが、南方の穀倉地帯が豊作だったため、我が国が困る事はあるまい」
確かに、南方が豊作なのであれば、南方から北方へ食料を輸送すれば、飢饉は逃れられるだろう。
いざとなったら、私かシェリスが転移門を作れば、食糧輸送に問題は起きないだろう。
しかし、それはプロイタール王国内に限った話だ。
「北方にあるシャピナ共和国は、今年は厳しい冬になりそうですね」
そう言うと、ローレン様は目を細めつつ、その通りだと話し始める。
「さすがに、その程度には気が付くか。セトの言う通り、このままではシャピナ共和国は飢饉に見舞われるだろう。そして、シャピナ共和国は、今急速に軍備の増強が進んでおる」
「まさか、プロイタール王国へ攻めて来るつもりですか!」
さすがに、自国が食糧難だから戦争をするというのは、想像できなかった。
まだまだこの世界の常識には疎い様だ。
「恐らく、戦争の賠償として食料を要求するつもりだろうな。加えて、国民の目を飢饉から逸らしたいという意図もあるのだろう」
「いくら何でも、それは無茶が過ぎると思います。それに戦争に負けたら、より悲惨な事になるのは目に見えているではありませんか」
「それだけ、シャピナ共和国が追い詰められているという事だ」
どうやら、戦争は避けられそうにないらしい。
平和に暮らしたいのに、どうして異世界に来てまで戦争に巻き込まれるのだろうか。
豊穣神様、お願いですから仕事をしてください。
「まあ、シャピナ共和国はそういった国なのだ。だから故か、暗黒神シェリス様の天罰だという者もおるな」
そう言われてシェリスの方を見ると、首を横に振っている。
当たり前だが、この不作は天罰ではなく自然の摂理だろう。
「おっと、シェリス夫人の事を悪く言った訳ではないぞ。同じ名前だからといって誤解はするなよ」
と言われたが、ここに居るのは暗黒神シェリス様本人だ。
まあ、余計なことを言って混乱させるのも悪いので、ここは聞き流そう。
『シェリスの事を悪く思っている訳じゃないから、ここは聞き流そうよ』
『うん、分かっているわ。でも悪いことは全部アタシのせいっていう風潮はちょっと嫌かな』
『それについては何とも……。今日の夕食は美味しいものでも食べて、嫌なことは忘れような?』
『そうね、そうしましょう!』
シェリスと念話で会話していると、ローレン様が続きを話し始めた。
「それで話の続きなのだが、セトには戦争の準備を手伝ってもらいたい。具体的には、人員と物資を前線まで輸送する事だな」
「転移門を使って、前線へ人や物資を送り届けるという事でしょうか」
「そういう事だ。今回はトリス市が前線になりそうだ。よって、まずはトリス市へ行き、転移門を使えるようにしてもらいたい」
できれば戦争には参加したくないのだが、拒否権はあるのだろうか。
遠回しに聞いてみる事にしよう。
「ちなみにですが、貴族が戦争へ参加するというのは、この国ではどういった扱いになるのでしょうか」
「貴族にとって、戦争への参加は義務だな。むしろ、存在意義の一つと言っても過言はない。戦果によって褒章が下賜されるし、上位の爵位に叙される場合もあるので、戦果競争は激しいな」
どうやら、拒否権は無い様だ。
むしろ、功績をあげる数少ない機会の様だ。
爵位が上がっても、今のままでは持て余すだけだろうから、安全な後方支援に徹しよう。
「ご教示ありがとうございます。それでは輸送と補給の任務、謹んで拝命致します」
「うむ、よろしく頼んだぞ」
それでは戦争が早く終わる事を願いつつ、準備しますか。
◇◇◇
クルテン市まで転移門で移動し、そこから北へ馬車で2日揺られ、トリス市へ到着した。
トリス市は、プロイタール王国の北方にある穀倉地帯だ。
馬車でトリス市へ入ったはいいが、思っていたような活気は無い。
今年は不作だからか、それとも戦争が近づいているからか、街の雰囲気はどうにも暗い。
とはいえ、市場や屋台は開いているので、少し街を散策することにした。
さすがトリス市は穀倉地帯と言われるだけあって、市場には、見たことも無いような野菜や穀物が、所狭しと並んでいる。
不作の年でこれだから、豊作の年はいったいどうなるのだろうか。
屋台も、団子やまんじゅうといった、穀物から作られる食べ物が中心だ。
「よぉ、そこの恋人さん達、仲がいいねぇ。どうだい、この団子を食べて行ってみないかい、美味しいよ」
シェリスと一緒に歩いていると、団子屋の屋台から呼び止められる。
そこで売っているのは、みたらし団子に似た食べ物だった。
「ねえセト、これ美味しそうね。アタシちょっとお腹が空いてきたし、食べて行かない?」
「うん、そうしようか。この団子、私の居た世界にもあったよ。なつかしいな」
私とシェリスで1本ずつ買う事にした。
食べてみると、やっぱりみたらし団子だ。
こういう文化を持ち込んだ異世界人には、本当に感謝だ。
戦争の準備に忙しいけど、ほんの少しの間だけ、のんびり観光しよう。
「シェリス、そういえば空間魔法のLv7が使えるって言っていたけど、どんな魔法なの?」
「空間魔法のLv7は【マジックサイト】という魔法よ。セトの居た世界で言う千里眼ね。遠く離れた場所の事を見聞きできるわ。神界に居た頃、このパールナイトの世界を知るために覚えたのよ」
「じゃあ、この世界の事をある程度知っていたのは、【マジックサイト】で見聞きしていたからか」
「そういう事よ。まあ、あの頃は一人で暇だったから、暇つぶしに見ていたのよ」
どうやら、シェリスの闇に触れてしまったようで、瞳のハイライトが消えかかっている。
ここは話題を変えよう。
「ここは食べ物が美味しいから、来年の秋もまた来たいね」
「ええ、そうね。あ、あのまんじゅうも美味しそうね。セト、買って行こうよ」
そんな調子でシェリスと話しながら、珍しい食べ物や食材を見つけては買い込んで行った。
こういう時に、つい買い過ぎて困る事もあったが、今は【暗黒空間】があるので、いくら買い込んでも困らない。
暗黒魔法は、本当に便利な魔法だ。
一通り散策し終えた頃、痩せ型の男性がぶつかって来た。
「おっと、ゴメンよ」
恐らくはスリだろう。
さっきから、何度も人がぶつかって来ている。
羽振り良く買い物をしているので、スリ達の的になっているのだと思う。
まあ、衣服と結婚指輪以外は全て【暗黒空間】に入れているので、盗られる物は何もないけどね。
「さて、そろそろ領主の館に行こうか」
「そうね、アタシ達だけがのんびりしている訳にもいかないわね」
もう少し街を散策したいが、あまりのんびりしていると、仕事に支障が出そうだ。
そろそろ領主の館へ行き、後方支援の打ち合わせをしよう。




