30.武器の新調 2
本日投稿2話目です。
トウシュさんの所から宿屋に戻った後、今後についてシェリスと相談する。
「シェリス、魔粉と龍鱗粉の入手はどうしようか」
「一度王都に戻って、アクアリーナに相談するのが良いと思うわ」
「やっぱり、それが一番だよね。でも、また馬車旅というのが、どうもね」
暇なうえに疲れる馬車旅が、さらに8日追加されるのだ。
シェリスも『だよねー』とか言っている。
これは、かなり憂鬱だ。
「ねえ、シェリスの空間魔法を使って、一瞬で王都に行けたりしないかな」
「アタシの使える空間魔法はLv7までなのよ。瞬間転移する【テレポーテーション】や、転移門を作り出す【ワープゲート】といった魔法は、どれもLv8以上なの」
うーん、残念。
どうやら、8日掛けて馬車で往復するしかなさそうだ。
「セトの暗黒魔法で何とかならいの?」
「そう言われても、使える魔法はシェリスと同じだよ」
「だって、セトってばアタシが思いつかない魔法の使い方ばかりするじゃない。同じ暗黒魔法とは思えないわ」
そう言われても、使える魔法が暗黒魔法しかないので、仕方なく活用方法を模索しているだけだ。
「そういえば、【テレポーテーション】や【ワープゲート】って、どんな仕組みで遠くに移動できるのか知っている?」
「確か、空間を歪ませて、離れた場所同士を繋げる魔法だった筈だわ」
なるほど、超光速移動じゃなく、空間を歪ませる魔法なのか。
それならば、2点間の距離を無理やり0にしてしまえば、転移門が作れないかな。
無理な気もするけど、出来れば儲けものだ、やってみよう。
自分の目の前と、部屋の壁との“距離”を【消滅】させてみる。
――【消滅】
魔力を100消費して、魔法が成功した。
魔法を使った結果、目の前の空間が円形に歪み、その歪みの中に壁が見える。
歪みの中の壁に触ってみると、ちゃんと触れることが出来た。
空間の歪みに手を入れたまま横から見ると、手首から先が消失している。
そして、壁付近に手首から先がある。
【ワープゲート】の転移門がどのような物かは知らないが、これは転移門を作り出せたと言っても良いだろう。
さすが極大暗黒魔法、何でもアリだな。
「セト、もしかして【ワープゲート】の魔法を使えるの?」
シェリスが驚いているが、無理はない。
私だって成功するとは思っていなかった。
「これは、【ワープゲート】ではなくて、【消滅】の魔法だよ。私の目の前と、壁との間の“距離”を消滅させたら、転移門が出来たんだ」
シェリスに転移門の作り方を教えると、シェリスもすぐに使える様になった。
ちなみに、【消滅】で作った転移門は、【消滅】で消すことができた。
「ねえセト、これって……常設転移門だよね?」
「うん、そうなるね……」
【消滅】の効果は永続するから、【消滅】で作った転移門は時間経過では消えない。
つまり、常設転移門という事になる。
ちなみに、【ワープゲート】は次のような能力で、一定時間が経過すると消えるらしい。
【空間魔法】Lv9 【ワープゲート】
【消費魔力】 100
・今いる場所と、一度行ったことのある場所の間に、転移門を作り出す。
・【ワープゲート】で作成された転移門は、空間魔法Lvに比例する時間が経過した後、消滅する。
「セト、この事は人に知れたら、大変なことになると思うわ」
それは私も思っていた。
ただでさえ【ワープゲート】持ちは極希少なのに、常設出来るとなると、どんな陰謀に巻き込まれるか分かった物じゃない。
そんな陰謀に巻き込まれるのは御免だ。
「うん、同じくそう思う。常設できることは、テリオルさんだけに報告しよう。他の人には、【ワープゲート】と同じく時間制限ありという事にしようか」
「それが良いと思うわ。常設転移門なんて、おとぎ話の中だけの魔法だもの。絶対に面倒な事になるわ」
どうやら、女神様から見ても、常設転移門は常識外らしい。
しかし、ひとまず王都へ行く手段は出来た。
あとは、魔粉と龍鱗粉を買ってくるだけだ。
◇◇◇
翌朝、宿屋の部屋から王都の自宅まで転移門で移動した。
その時、急に家の中に転移門が現れたので、守護霊のミルスが驚いてしまった。
「セ、セト様でしたか。急に現れると、ミルスは驚いてしまいます。できれば、次からはお庭から入ってきて下さいね」
ミルスに怒られてしまった。
ここは素直に謝るべきだろう。
「ミルス、ごめん。次からは気を付けるよ」
「ごめんね、ミルス。アタシも気を付けるわ」
その後、生産ギルドのアクアリーナさんの所へ行く事にした。
「アクアリーナ、いる?」
生産ギルドへ着くなり、シェリスがアクアリーナさんを探し始める。
どうやら、アクアリーナさんは奥で事務仕事をしていたらしく、すぐに出てきた。
「あらシェリスさん、クルテン市には行かなかったの?」
「行って来たわ。ついさっき戻って来たの」
「あら? クルテン市へ行くと言ってから、まだ5日しか経ってないわよ。往復で8日は掛かるのに、どうやって往復したのよ」
「それがね、セトが転移門を作れる様になったの。だからね、ついさっきまでクルテン市に居たけど、一瞬で王都に戻って来れたのよ」
――ガタンッ!
「ち、ちょっと今の話を詳しく聞かせてくれないか」
近くに居た職員が急に立ち上がり、シェリスとアクアリーナさんの会話に割り込んできた。
二人の会話の邪魔になりそうなので、その職員は私が相手をすることにしよう。
「すいません、私はセトです。先ほどの転移門についてのお話は、いずれ魔導ギルドから通達があると思いますので、今は心の内に留めておいて頂ければ幸いです」
そんな話をすると、さっきの職員は肩を落として、『なんだ、魔導ギルド員だったのか』と言いながら仕事に戻って行った。
解せぬ。
私が魔導ギルド員だという事の、何が不服なのだ。
まあ、見知らぬ生産ギルド員のいう事なので、気にしないでおこう。
そんなやり取りをしている間、シェリスとアクアリーナさんの話は進んでいた。
「……という事で、魔粉と龍鱗粉が必要なの。どうにか手に入らないかな」
「魔粉は在庫があるから、すぐに渡せるわ。ただ、龍鱗粉の方は在庫が無いので、すぐには無理ね。出来上がるまで、あと1か月は掛かるの。ゴメンね」
「ううん、アクアリーナが悪い訳じゃないわ。それにしても、どうしてそんなに時間が掛かるの?」
確かに、龍の鱗をすり潰して粉にするだけなら、すぐに出来そうな気がする。
「ドラゴンの鱗って、取ってすぐは硬くてすり潰せないの。そこで、1か月ほど薬品に漬けて、鱗を柔らかくする必要があるのよ。鱗が柔らかくなったら、後はすり潰すだけなので、すぐに龍鱗粉を作れるわ」
「ねえ、セト……」
アクアリーナさんの言葉を聞いた後、シェリスは何かに気が付いたように、こちらを見つめてくる。
何となく、言いたい事は分かる。
ここは、クルテン市へ行く途中に使った、あの魔法の出番だろう。
「シェリス、何とかならないか、と言いたいのでしょう?」
「うん。セトなら何とか出来そうな気がするの」
そう言われても、出来ない事は出来ないけどね。
ただ、今回ばかりはアテはあるので、試してみよう。
「アクアリーナさん、すぐにレッドドラゴンの鱗を柔らかく出来るかもしれません。試してみたいと思っているのですが、実物を見せて頂けますか?」
「わかったわ。薬品に漬けた鱗はギルド内で保管しているから、案内するわ」
◇◇◇
アクアリーナさんに案内されて、薬品の保管庫まで来た。
「これが、ドラゴンの鱗を薬品に漬けた物よ。この赤い鱗が白くなれば、すぐに龍鱗粉を作れるわ」
アクアリーナさんは、棚からビーカーを取り出しながら、説明してくれる。
そこには、薄茶色の液体に浸かったレッドドラゴンの鱗があった。
この赤いレッドドラゴンの鱗が白く変化するまで、1か月掛かるという事だろう。
このまま実験してみたいが、失敗すると迷惑を掛けるので、実験用の鱗は私が提供しよう。
「アクアリーナさん、失敗した時の事を考えて、私の持っている鱗で試したいと思います。この薬品はすぐに準備出来る物でしょうか?」
「ええ。この薬品なら、予備が沢山あるわ。ちょっと待っていてね」
そう言いながら、アクアリーナさんは薄茶色が入ったビーカーを準備してくれる。
その間、私は鱗を綺麗に洗った。
「アクアリーナさん、この鱗を薬品に入れて、白く変色すれば良いという事ですよね」
「そうよ。白く変色するまでに、普通は1か月ほど掛かるわね」
まずは、鱗を薬品に漬ける。
そして、ビーカーの時間を1か月間ほど進めるイメージで、【風化】の魔法を使う。
――【風化】
すると、レッドドラゴンの鱗は、鮮やかな深紅から真っ白に変化した。
どうやら成功した様だ。
「これで、どうでしょうか」
そう言いながら振り返ると、シェリスとアクアリーナさんは、口を半開きにして固まっている。
最初に我に返ったのは、シェリスだった。
「ねえセト、これってビーカーの時間を進めたのよね? それって時間魔法を使ったという事なの? 時間魔法なんて、神族ですらほとんど使えないわよ」
「いや、使ったのは暗黒魔法だよ。私が時間魔法を使えないのは、シェリスだって知っているでしょう?」
「そうだけど、アタシの知っている暗黒魔法に、時間を進める魔法何て無かったハズよ」
「クルテン市に行く途中に使って分かった事だけど、【風化】は時間を進める魔法なんだよ。それに気づけば、あとは時間の進み具合をイメージするだけで、こういった事も出来るんだ」
「そうだったのね。……もう暗黒魔法の使い手としては、アタシよりセトの方が完全に上ね」
シェリスは少し呆れながらも、納得してくれた様だ。
それから、アクアリーナさんが我に返るのを待って、龍鱗粉を作ってもらった。
「はい、龍鱗粉ができたわ。何というか、暗黒魔法って便利なのね。【アイテムボックス】や【ワープゲート】が使える上に、時間を操れるなんて、凄いわ。私もセトさんが欲しくなるわね」
「ダ、ダメよ。いくらアクアリーナでも、セトはアタシの旦那だから、絶対ダメよ!」
「ふふっ、分かっているわ。ただの冗談よ」
結局、アクアリーナさんが作った龍鱗粉のうち、半分をもらう事にした。
残り半分は、製薬料や魔粉代として、生産ギルドへ渡した。
お金で支払おうと思ったけど、アクアリーナさんから懇願されて、龍鱗粉での支払いになった。
私達以外にも、龍鱗粉を欲している人は多いそうだ。
◇◇◇
魔粉と龍鱗粉を手に入れた後、クルテン市には戻らず魔導ギルドへ行くことにした。
もちろん、常設転移門について魔導ギルド長のテリオルさんへ伝えるためだ。
まずは、受付のカルナさんにテリオルさんのアポイントを取ってもらう。
「カルナさん、非常に重要な報告がありますので、ギルド長と面談出来ないでしょうか」
「はい、どの様な報告内容ですか?」
「詳しくはギルド長のみに話したいのですが、私の持つ魔法について、非常に有用な使い方が判明しました」
「分かりました。今から予定を確認してきますね」
そう言って、カルナさんはギルド長室へ向かって行った。
カルナさんは数分で戻ってきて、結果を伝えてくれる。
「今すぐお会いされるそうですよ。すぐに、ギルド長室へ行ってくださいね」
「はい、確認ありがとうございます」
ギルド長室へ行くと、当たり前だがテリオルさんが待ち構えていた。
その目は少年の様に輝いている。
「セト殿、待っていたよ。何でも、新たな魔法を覚えたとの事だが、詳しく教えてもらえないだろうか」
少し誤解されている様なので、誤解を解いておこう。
「まず、一つ誤解があるのですが、新たな魔法を覚えたわけではありません。これまで使っていた魔法に、新たな使い方が見つかったのです」
「そ、そうか……」
テリオルさんはあからさまに期待外れと言った様子で返事をして来る。
「具体的には暗黒魔法Lv10の【消滅】で、転移門を作れることが分かったのです。現に、今朝クルテン市から王都まで転移門で移動して来ました」
「……っ、それは凄い! ここで見せてもらえないだろうか。何せ、私は【ワープゲート】の魔法を見たことが無くてね、一度見てみたかったのだ。ぜひ、今すぐに!」
転移門を作れると話した瞬間、テリオルさんのテンションが恐ろしいほど上がってしまった。
仕方ないので、実演してみる。
ギルド長室からギルドの中庭までの転移門を作る事にしよう。
――【消滅】
もちろん、転移門の作成に成功だ。
「テリオルさん、ここから中庭までの転移門を作ってみました。どうぞ、ご確認下さい」
すると、テリオルさんは子供の様にはしゃぎながら、中庭まで行ったり来たりしている。
「テリオルさん、子供に戻ったみたいね」
本当に、シェリスの言う通りだ。
テリオルさんは、良い意味で若いな。
「本当に凄いな、これでどんな遠くへも一瞬で移動できるな」
感心している所悪いけど、ここからが話の本番なのだ。
その前に、作った転移門を消しておく。
――【消滅】
「なんだ、もう消えてしまったのか。案外、持続時間が短いのだな」
テリオルさんは、魔法の効果が切れたと誤解している様だ。
私は無詠唱派なので、【消滅】の魔法を使っても気づかれる事は無い。
「先ほどの転移門は、私が魔法で消しました。そうしないと、ずっと残ってしまいます」
「ずっと残る? まさか……。いや、いくら何でもそれはあり得ないだろう」
さすがギルド長だけあって、テリオルさんはもう気が付いてしまった様だ。
「いえ、ご想像の通りです。この転移門は消さない限り持続する、つまり常設転移門という事です」
「その事、他の誰にしゃべった?」
テリオルさんは、先ほどとは打って変わって真剣に聞いてくる。
「この事は、ここに居る3人しか知りません。ちなみに、シェリスもこの常設転移門を使う事が出来ます」
シェリスの方を見ると、無言でうなずき返してくる。
「それは良い判断だ。この事、他の誰にも話すなよ」
「最初からそのつもりです。厄介事に巻き込まれたくはありませんので、他の人には時限式という事にしています」
「うむ、それなら良い。儂も、常設であることは最小限の者のみに伝えるから、安心しろ」
「はい、よろしくお願いします」
テリオルさんへの報告はこれで終わりだ。
次はいよいよ、トウシュさんに剣を作ってもらおう。
この話も、少し長めになってしまいました。




