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第26話|壁一枚

――うさぎ視点


「なんでワイがカラスと同室やねん」


布団を敷きながら。


うさぎは。


今日何度目か分からない文句を言った。


「まだ言ってるんですか」


カラスは。


気にした様子もなく。


荷物を置く。


「だっておかしいやろ。ここワイの実家やぞ?」


「だからでは?」


「どういう意味や」


「勝手が分かる者同士の方がよいかと」


「狸も何回も来とるわ!」


「では、狸さんと寝ますか?」


「……」


うさぎが。


隣の部屋を見る。


壁の向こう。


狸と狐。


「それはそれで狐がうるさそうやな」


「では問題ありませんね」


「なんでや!」


カラスは。


もう。


布団に入っている。


「寝ますよ」


「早ない?」


「温泉にも入りましたし」


「旅行来て即寝るやつある?」


「あります」


「お前ほんま――」


そのとき。


隣から。


声がした。


『狐?』


狸。


うさぎが。


止まる。


「……」


カラスは。


目を閉じたまま。


「どうしました?」


「いや」


少し。


耳を澄ます。


『顔、赤いよ』


『風呂上がりだからだろ』


『そう?』


「……」


うさぎが。


布団へ入る。


「まあ、普通やな」


「何がです?」


「なんでもない」


     *


しばらくして。


また。


声。


『それ、うまい?』


『これ?』


『酒』


うさぎが。


眉を上げた。


「狐、酒飲むん?」


「さあ」


『貸せ』


『狐、それ俺の――』


少しして。


『まず!』


「ぶっ」


うさぎが。


布団の中で笑う。


「何してんねん、あいつ」


カラスが。


目を開ける。


「楽しそうですね」


「狐に酒飲ませたらあかんやろ」


「狸さんが飲ませたとは限りません」


「まあ狐やしな。勝手に飲みそうやな」


『もう一回』


『まずいんじゃなかったの?』


『確かめる』


うさぎが。


天井を見る。


「絶対勝手に飲んどるわ」


「ですね」


また。


静かになる。


     *


どれくらい。


経ったか。


うさぎが。


うとうとし始めた頃。


隣から。


小さく。


声がした。


『……狸』


「……」


目が開く。


『何?』


狐の声。


狸の声。


それから。


衣擦れ。


「……」


うさぎが。


壁を見る。


カラスも。


今度は。


目を開けていた。


『触っていい?』


「……」


うさぎが。


ゆっくり。


カラスを見る。


カラスも。


うさぎを見る。


「……おい」


「はい」


「今の」


「聞こえました」


「聞こえたよな?」


「ええ」


「……」


二人とも。


黙る。


隣から。


狸の声。


『……今さら聞くんだ』


続いて。


狐。


『じゃあ触る』


「……」


うさぎが。


布団を。


頭までかぶった。


「寝る」


「先ほど早いと言っていましたが」


「寝る!」


「そうですか」


「お前も寝ろ!」


「努力します」


「努力せんと寝られへんのか!」


「静かにしてください。隣に聞こえますよ」


「こっちが言いたいわ!」


声を。


潜めて怒る。


     *


しばらく。


静かだった。


本当に。


寝たのかもしれない。


そう思った頃。


『……触りたかった』


うさぎが。


目を開ける。


「……」


聞かなかったことにする。


『俺に?』


『他に誰がいるんだよ』


「……」


聞かなかったことに。


する。


『……そっか』


「……」


うさぎが。


布団から。


顔だけ出した。


「カラス」


「はい」


「起きとる?」


「寝ています」


「嘘つけ」


「では、寝ようとしています」


「ワイもや」


また。


衣擦れ。


何かが。


壁に。


小さく当たった。


ごとん。


うさぎが。


びくっとする。


「……」


カラスを見る。


カラスも。


壁を見る。


隣が。


静かになった。


『今なんか音した?』


狐の声。


「……!」


うさぎが。


慌てて。


布団へ潜る。


『したね』


『うさぎ?』


「……」


息まで。


止める。


『たぶん』


少し。


間。


『……まあいいか』


「よくないわ!」


小声で。


叫ぶ。


カラスが。


うさぎを見る。


「聞こえますよ」


「誰のせいや!」


「うさぎさんでは?」


「なんでやねん!」


     *


また。


声。


今度は。


さっきより。


小さい。


ところどころしか。


聞こえない。


『……理由……』


『何が?』


『……触りたいから……』


「……」


うさぎは。


天井を見た。


もう。


何も言わない。


言いたくない。


隣から。


狸の声。


狐の声。


衣擦れ。


沈黙。


また。


声。


『……もっと』


「……」


うさぎが。


両耳を塞いだ。


「もうええ!」


「静かに」


「無理や!」


「まだ何も分かりませんよ」


「分からんままでええわ!」


「そうですか」


カラスは。


平然としている。


「お前なんでそんな普通なん!?」


「二人とも大人ですから」


「そういう問題ちゃう!」


「では、どういう問題です?」


「ワイに聞くな!」


カラスが。


少し考える。


「壁が薄いことでしょうか」


「それや!」


うさぎは。


布団を。


さらに頭まで。


引き上げた。


「明日親父に言うたる……」


「何と?」


「壁厚くしろって」


「理由を聞かれますよ」


「……」


黙った。


「絶対言わん」


「そうですか」


「そうや」


「では」


「ん?」


「こちら来ます?」


「…………」


布団から。


目だけ出す。


「……何?」


「こちらです」


カラスが。


自分の隣を。


軽く叩いた。


「空いてますよ」


「…………」


「うさぎさん?」


「お前」


「はい」


「何言うてんの?」


「羨ましいのでしたら」


「羨ましないわ!!」


「静かに」


「誰のせいや!!」


また。


慌てて。


声を落とす。


カラスは。


いつも通り。


何も変わっていない。


「……」


ほんまに。


なんやねん。


こいつ。


「冗談か?」


「どうでしょう」


「そこは答えろや!」


「来ないんですか?」


「行かんわ!」


「そうですか」


カラスは。


あっさり。


布団へ戻る。


「では寝ます」


「おい!」


「何です?」


「……」


なんや。


この。


置いていかれた感じ。


「なんでもない!」


「そうですか」


「寝ろ!」


「はい」


なんで。


ワイまで。


こんな。


変な感じに。


なってんねん。


全部。


隣のせいや。


絶対。


そうや。


     *


しばらくして。


隣から聞こえる声は。


もっと。


小さくなった。


何を話しているのか。


もう。


分からない。


うさぎは。


布団の中で。


目を閉じる。


「……カラス」


「はい」


「寝た?」


「まだです」


「……」


「どうしました?」


「お前」


少し。


間。


「明日の朝、絶対なんも言うなよ」


「分かりました」


「絶対やぞ」


「はい」


「狐とか絶対覚えてへん可能性あるからな」


「ありそうですね」


「狸にもや」


「分かりました」


「ほんまやな?」


「信用してください」


「……」


うさぎが。


ようやく。


目を閉じた。


「おやすみ」


「おやすみなさい」


少しして。


「……カラス」


「はい」


「さっきの」


「何です?」


「……いや」


「?」


「なんでもない」


「そうですか」


「……おやすみ」


「おやすみなさい」


静かになる。


     *


翌朝。


朝食。


狐が。


うさぎを見る。


「今日、静かだな」


「……」


「具合悪いのか?」


「……」


「温泉入りすぎた?」


「……」


うさぎの。


こめかみが。


動く。


「おま……」


狐が。


首を傾げる。


「ん?」


「誰のせいやと――」


むぐ。


「!?」


口に。


卵焼き。


目の前。


カラス。


「朝食中ですよ、うさぎさん」


「むぐむぐ……!」


昨夜。


確かに。


言った。


絶対。


何も言うなと。


だから。


まあ。


これは。


正しい。


正しいけど。


「……!」


うさぎが。


カラスを睨む。


カラスは。


何事もなかったように。


味噌汁を飲む。


その向こう。


狸が。


こちらを見た。


目が合う。


「……」


狸の顔が。


わずかに。


固まる。


気づいた。


うさぎにも。


分かった。


狸が。


気づいた。


カラスは。


静かに。


箸を置いた。


そして。


昨日。


絶対何も言わないと。


約束した口で。


「昨日はお楽しみでしたね、狸さん」


「……っ」


狸が。


むせた。


「狸?」


狐だけが。


何も分かっていない。


うさぎは。


思った。


――こいつ。


信用したワイが。


アホやった。

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