第16話 初めてのお着替え
「さあ、着きましたよ♪ ここが『女子更衣室』です」
エリスが楽しそうに扉を指し示す。
目の前にあるのは、何の変哲もない木の扉。
だが俺にとっては、なによりも重く恐ろしい異界の入り口のように見えた。
「……本当に入るんですの?」
「今さら何を言ってるんですか。入らないと着替えられないでしょう?」
「うぅ……」
俺は覚悟を決めて、扉に手をかけた。
ガチャリ、と重い音が響く。
ゆっくりと扉を開けると――。
中にはすでに多くの女子生徒たちで賑わっていた。
広々とした空間に、長椅子がいくつも並べられている。
そして当然だが、視界に入るのは女子、女子、女子。
(うわぁ!)
俺は反射的に目を逸らした。
なるべく誰も見ないように、視線を床のタイルの一点に固定する。
もしうっかり誰かの着替え中を見てしまったりしたら、すごくまずいことをしている気分になりそうだ。
悪役令嬢らしくない情けなさ……
もっと堂々としなくてはいけないのに!
「ほら、セレスティアさん。ここのベンチが空いてますよ」
エリスが手招きし、部屋の隅にある空きスペースを確保してくれた。
そしてどこから取り出したのか、綺麗に畳まれた衣服を差し出してくる。
「はい、これがセレスティアさんのお着替えです♪ちゃんとサイズも合わせておきましたからね♪」
「ありがとう、助かりますわ……」
さすがエリスだ。
ここ最近のエリスは本当の女神に見える!
俺は受け取った服をベンチに置き、ブレザーに手をかける。
さっさと着替えて、この空間から脱出せねば。
「よし……」
まずはブレザーを脱ごうと、ボタンに手をかける。
しかし――。
「……ん?」
ボタンが外れない。なんで……?
よく見たらボタンの合わせが男物と逆だ。
なんか隠しボタンみたいなのがあるし、横にもフックがついている?
スカートの方も、どこが留め具なのかさっぱり分からない。
リボンの結び目も複雑怪奇だ。
「……ぬ、脱げない……」
俺は冷や汗をかいた。
なんだこの構造は。知恵の輪か?
気づいたら着ていた服だったから気づかなかったが、女子の制服というのはこんなに難解なパズルだったのか。
「おやぁ?何してるです?新しい遊びですか?」
俺が一人でもがいていると、エリスがニヤニヤしながらからかってきた。
さっきまで女神に見えていた彼女が悪魔に見えた。
「だって……構造が意味不明なんですもの! どうなってるのこれ!?」
「はぁ……まったく、ここまでポンコツだとは思いませんでしたよ。
面白いからいいですけど♪」
エリスは笑いながらも、俺の背中に手を回した。
「ほら、じっとしててください♪私がやってあげますから♪」
「うぅ……お願いします……」
エリスの手つきは魔法のように鮮やかだった。
俺が苦戦していたフックを瞬時に外し、複雑な紐を解いていく。
されるがままに制服を脱がされ、動きやすい服へと着替えさせられる俺。
まるで母親に服を着せてもらっている幼児の気分だ。
「はい、これでよし♪脱いだ服は袋に入れておきますね♪」
「あ、ありがとうございます……エリス、あなたやっぱり女神ですわ」
「やっぱりってなんですか。ずっと女神ですよ私は」
エリスに睨まれつつも、俺はなんとか着替えを完了した。
恐る恐る、壁に掛けられた姿見で自分の姿を確認する。
「……これ、短すぎません?」
そこに映っていたのは、白を基調としたシャツに、短いケープを羽織った可愛らしい姿。
しかし問題はボトムスだ。
ふんわりとしたショートパンツ。
動きやすさを重視しているとはいえ、丈がかなり短いぞ!?
ふとももがスースーして落ち着かない……!
制服はロングスカートだったしあんま気にならなかったが、露出も多くて恥ずかしい……
「動きやすくて良いデザインだと思いますが?」
「そ、そうですわね……」
俺がモジモジしていると、既に着替えを終えていたリリィとミーナも顔を出した。
「セ、セレスティア様……これ、少し恥ずかしいですね……」
リリィは顔を赤らめながら、ショートパンツの裾を引っ張って隠そうとしている。
内気な彼女には、この露出は刺激が強いようだ。可愛い。
「えー? そうかなー? 私これ好きだなー!
制服より動きやすいじゃん!」
対照的に、ミーナはその場で軽くジャンプしたり屈伸したりしている。
健康的な足が躍動していて、実によく似合っている。
森を駆け回っていそうな雰囲気だ。
「おお……! さすがはお姉様……!」
そこへ、着替えを終えたカノンが合流してきた。
彼女は俺の姿を見るなり、恍惚の表情で両手を組んでいる。
「スポーティでありながらエレガント! その姿には神々しさすら感じます! 」
「カノン、大げさですわ……」
相変わらずのテンションだが、とりあえず褒められているのでよしとしよう。
「ふふっ♪お似合いですよ、セレスティアさん♪ もっと堂々としていいんですよ?」
エリスまでニヤニヤしながら茶々を入れてくる。
「茶化さないでちょうだい……早く演習場に戻りますわよ!」
俺は恥ずかしさを誤魔化すように声を上げ、さっさと更衣室の出口へと向かった。
とりあえず最大の難関である「着替え」は突破した。
実技でこの鬱憤を晴らしてやる!




