幸運の女神
デッキで少し感傷的な気持ちになったその夜、ノエルはリリィに誘われ、気分転換も兼ねて船内のラウンジで行われていたビンゴ大会に参加してみることにした。豪華景品がかかっているとあって、会場は多くの乗客で賑わっていた。
「ビンゴ! やったことないけど、面白そう!」
ノエルは気分を変えようと、子供のように目を輝かせ、リリィと自分の分のビンゴカードを購入した。
司会者が軽快なトークで場を盛り上げながら、次々と番号を読み上げていく。乗客たちは、自分のカードと番号を照らし合わせ、一喜一憂している。
「あ! 7番、あった!」
「うーん、23番は持ってないなぁ……」
ノエルも真剣な表情でカードとにらめっこしている。
「よし、リーチだ! あと一つ、15番が出れば……!」
会場のボルテージが上がっていく中、次々と「ビンゴ!」の声が上がる。しかし、ノエルのカードは、なかなか最後の数字が埋まらない。
「うわー! また隣の数字だ! 惜しい!」
「あーっ! 16番! 15番じゃないのかー!」
結局、ノエルはリーチ止まりで、一つもビンゴを達成することができなかった。彼は「くそー、あとちょっとだったのに!」と、本気で悔しがっている。
一方、隣のリリィはというと。
「あら、ビンゴ」
あっさりと、しかもダブルビンゴを達成していた。彼女は特に欲を出していたわけでもなく、淡々と番号をチェックしていただけなのだが、なぜか次々と数字が埋まっていったのだ。
「ええーっ!? リリィ、すごい! 何か景品もらえるの?」
ノエルが本気で悔しがりながらも、驚いて聞く。
「ええ、そうみたいね。えっと…『高級スパイスセット』ですって。ふふ、これは嬉しいわ」
リリィは景品の引換券を受け取り、本当に嬉しそうに目を輝かせた。景品が好きなスパイスだったからだろうか、先ほどまでの冷静な様子とは違う、無邪気な笑顔だった。その意外な一面に、ノエルもつられて笑ってしまった。
「リリィって、意外と強運なんだね……」
ノエルは感心するやら、悔しいやら、複雑な表情を浮かべていた。
別の日には、カードゲームのトーナメントも開催された。ポーカーやブラックジャックなど、いくつかのゲームが行われ、ノエルも初心者ながら参加してみることにした。ルールはリリィや周りの人に教えてもらいながら、なんとかプレイを進めていく。
ここでも、ノエルは「あと一枚でストレートだったのに!」「うわ、バーストしちゃった!」と、惜しいところで負けてしまう展開が続く。しかし、本人はゲームそのものを楽しんでいるようで、負けても「あー、面白かった!」と笑顔だった。
リリィは、ここでも冷静な判断力と、時折見せる大胆な賭けで、着実にチップを増やしていた。最終的には、入賞まであと一歩というところまで勝ち進んだ。
「リリィ、本当にすごいね! カードゲームも得意なの?」
「うーん、得意というか…相手の表情を読むのが少し得意なのかも。料理と同じで、観察力が大事なのよ」
リリィは悪戯っぽく笑った。
船上でのささやかなゲーム大会は、旅の単調さを忘れさせ、乗客同士の交流を深める良い機会となった。ノエルは勝負には弱かったものの、新しい体験を心から楽しんでいた。
スネーランドへの到着を翌日に控えた夜。オーロラ号ではフェアウェルパーティー(寄港前夜祭)が開催されることになっていた。船旅の大きな楽しみの一つであり、クリスマスが間近なこともあって、船内は華やいだ雰囲気に包まれていた。
パーティー会場の一角、子供たちが集まるプレイルームでも、ささやかなクリスマスパーティーが開かれると聞き、リリィは何かできないかと考えた。
「ねぇノエル、子供たちのために、何かお菓子を作って持って行ってあげない?」
リリィは目を輝かせながら提案した。「厨房を少し借りられるか聞いてみるわ」
幸い、船のコック長はリリィの料理への情熱を知っており、空いている時間帯ならと快く厨房の使用を許可してくれた。
「わあ、いい匂い!」
厨房に入ると、甘くて香ばしい匂いが漂ってくる。
「ジンジャークッキーとカップケーキを作っているのよ。手伝ってくれるなら、このアイシングをお願いできるかしら?」
リリィは白いエプロン姿で、額に少し粉をつけながら笑顔で言った。普段とは違う家庭的な雰囲気に、ノエルは少し新鮮な気持ちになった。
ノエルが慣れない手つきでアイシングを始めると、リリィが隣で手本を見せてくれる。
「こうやって、優しく絞り出すのよ」
その手つきは驚くほど繊細で、真剣な横顔はまるで職人のようだ。時折、味見をしながら「うん、美味しい!」と満足そうに頷く彼女は、とても楽しそうだった。その様子を見ていると、ノエルも自然と笑顔になった。
こうして、リリィ特製のジンジャークッキーとカップケーキがたくさん焼き上がった。甘くてスパイシーな香りが、旅の疲れを癒してくれるようだ。