確かな推測
猫探しの騒動も落ち着き、オーロラ号が北大西洋を順調に進んでいたある日、ノエルのスマートフォンにカイトから緊急の連絡が入った。チャットではなく、ビデオ通話の着信だ。何かあったのだろうか。ノエルはリリィ、ルドルフと共に客室で通話に応じた。
画面に映し出されたカイトは、いつもの軽口を叩く雰囲気とは違い、少し真剣な表情をしていた。
「よぉ、ノエル君。ちょっと気になる情報が入ったんでな」
カイトは手元の端末を操作し、画面共有で一つの短い映像を再生した。それは、荒れた紛争地の様子を捉えたもので、手ブレもひどく、画質も粗い。
「これは、例のアメリア軍が報復攻撃したっていう中東の村の映像だ。攻撃直後の混乱の中で撮られたもんだが…この部分をよく見てくれ」
カイトが映像の一部を拡大し、スロー再生する。瓦礫の中で、一瞬だけ、フード付きのローブを深く被った人影が映り込んでいる。すぐに画面から消えてしまうが、その姿はどこか見覚えがあるような気がした。
「この人影、小さすぎて誰かはっきりしねぇ。だがな、この村で妙な噂があったんだ。『爆撃で瀕死だった子供が、奇跡的に回復した』ってな。医者も匙を投げるほどの重傷だったらしいが、翌日にはピンピンしてたって話だ。複数の証言がある」
カイトは再び端末を操作し、例の人影の部分を抽出し、画像処理を施していく。
「で、この映像を解析してみたんだが…」
処理が進むにつれて、不鮮明だった人影の輪郭が少しずつ明らかになっていく。フードの隙間から覗く横顔、銀色に見える髪の一部…。
「……イリス!?」
ノエルは思わず叫んだ。断定はできない。それでも、その面影は、彼がよく知る親友のものに酷似していた。
「やっぱりか…」
カイトは苦々しげに呟いた。「この服装、それに『奇跡の治癒』…十中八九、イリスで間違いないだろう。彼女、中東にいたんだよ」
「そんな…!じゃあ、私たちは全然違う方向に向かってるってこと…?」
リリィが青ざめた顔で言う。アメリアへ向かうこの船旅は、全くの見当違いだったのだろうか。
ノエルも動揺を隠せない。
「どうしよう…今からでも引き返すべきなのかな…」
その時、それまで黙って画面を見ていたルドルフが、静かに口を開いた。
「いや、おそらくイリスはもうそこにはいないだろう」
「え? どうしてわかるんだい、ルドルフ?」
ノエルが尋ねる。
「二つの理由がある」
ルドルフは落ち着いた声で続けた。
「一つは、イリスが手にした禁書の力だ。協会に伝わる古の魔法の中には、瞬時に遠くへ移動することを可能にする『転送魔法』の記述もあったと聞く。彼女がその力を使えるなら、中東からアメリアへ移動することなど容易いはずだ」
「転送魔法……そんなものまで……」
ノエルは息を呑んだ。
「そして、もう一つはイリスの性格だ」
ルドルフは続けた。
「彼女は、自分が引き起こしたことの結果を、必ず自分の目で確かめに行く子だ。アメリアの報復攻撃が自分の行動の結果だと知れば、いてもたってもいられず、現場に駆けつけたのだろう。そして、そこで苦しむ人を目の当たりにして、禁断の治癒魔法を使った…それはいかにもイリスらしい行動だ」
ルドルフは一度言葉を切り、確信を込めて言った。
「だが、彼女の本来の目的は、アメリアの権力構造を『裁く』ことにあるはずだ。中東での出来事は、彼女にとっても予想外の、そして痛ましい寄り道だったに違いない。自分の行動が新たな悲劇を生んだことに心を痛めながらも、彼女はきっと、本来の目的を果たすために、既にアメリアに戻っている。そして、次の『裁き』の準備を進めているはずだ。彼女はそういう子だよ」
ルドルフの言葉には、長年イリスを見てきた彼ならではの、深い洞察と確信があった。ノエルもリリィも、そして画面の向こうのカイトも、その言葉に静かに耳を傾けていた。
「…なるほどな」
カイトが腕を組んだ。「確かに、そのトナカイさんの言う通りかもしれねぇ。だとすると、俺たちがアメリアに向かっているのは、間違いじゃなかったってことか」
「うん…」
ノエルは頷いた。「ルドルフの言う通りだと思う。イリスはきっと、今アメリアにいる。僕たちは、やっぱりアメリアへ行かなくちゃ」
イリスが中東にいたという事実は衝撃的だったが、ルドルフの推測によって、彼らの進むべき道は揺らがなかった。むしろ、イリスが禁断の魔法を使い、心を痛めているかもしれないという事実が、ノエルの決意をより一層強くさせた。
「カイトさん、ありがとう。すごく大事な情報だった」
「おう。まあ、イリスの正確な居場所が掴めたわけじゃねぇがな。また何か掴めたら連絡する。」
「うん、わかった!」
通話を終えた後、客室には少し重い沈黙が流れた。イリスの安否、彼女の心の状態、そしてこれからアメリアで何が起ころうとしているのか。不安は尽きない。しかし、ノエルの瞳には、迷いはなかった。