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聖夜の黄昏  作者: 那王
3章 揺れる水平線
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確かな推測

猫探しの騒動も落ち着き、オーロラ号が北大西洋を順調に進んでいたある日、ノエルのスマートフォンにカイトから緊急の連絡が入った。チャットではなく、ビデオ通話の着信だ。何かあったのだろうか。ノエルはリリィ、ルドルフと共に客室で通話に応じた。

画面に映し出されたカイトは、いつもの軽口を叩く雰囲気とは違い、少し真剣な表情をしていた。


「よぉ、ノエル君。ちょっと気になる情報が入ったんでな」

カイトは手元の端末を操作し、画面共有で一つの短い映像を再生した。それは、荒れた紛争地の様子を捉えたもので、手ブレもひどく、画質も粗い。

「これは、例のアメリア軍が報復攻撃したっていう中東の村の映像だ。攻撃直後の混乱の中で撮られたもんだが…この部分をよく見てくれ」

カイトが映像の一部を拡大し、スロー再生する。瓦礫の中で、一瞬だけ、フード付きのローブを深く被った人影が映り込んでいる。すぐに画面から消えてしまうが、その姿はどこか見覚えがあるような気がした。


「この人影、小さすぎて誰かはっきりしねぇ。だがな、この村で妙な噂があったんだ。『爆撃で瀕死だった子供が、奇跡的に回復した』ってな。医者も匙を投げるほどの重傷だったらしいが、翌日にはピンピンしてたって話だ。複数の証言がある」

カイトは再び端末を操作し、例の人影の部分を抽出し、画像処理を施していく。

「で、この映像を解析してみたんだが…」

処理が進むにつれて、不鮮明だった人影の輪郭が少しずつ明らかになっていく。フードの隙間から覗く横顔、銀色に見える髪の一部…。


「……イリス!?」

ノエルは思わず叫んだ。断定はできない。それでも、その面影は、彼がよく知る親友のものに酷似していた。


「やっぱりか…」

カイトは苦々しげに呟いた。「この服装、それに『奇跡の治癒』…十中八九、イリスで間違いないだろう。彼女、中東にいたんだよ」


「そんな…!じゃあ、私たちは全然違う方向に向かってるってこと…?」

リリィが青ざめた顔で言う。アメリアへ向かうこの船旅は、全くの見当違いだったのだろうか。


ノエルも動揺を隠せない。

「どうしよう…今からでも引き返すべきなのかな…」


その時、それまで黙って画面を見ていたルドルフが、静かに口を開いた。

「いや、おそらくイリスはもうそこにはいないだろう」


「え? どうしてわかるんだい、ルドルフ?」

ノエルが尋ねる。


「二つの理由がある」

ルドルフは落ち着いた声で続けた。

「一つは、イリスが手にした禁書の力だ。協会に伝わる古の魔法の中には、瞬時に遠くへ移動することを可能にする『転送魔法』の記述もあったと聞く。彼女がその力を使えるなら、中東からアメリアへ移動することなど容易いはずだ」


「転送魔法……そんなものまで……」

ノエルは息を呑んだ。


「そして、もう一つはイリスの性格だ」

ルドルフは続けた。

「彼女は、自分が引き起こしたことの結果を、必ず自分の目で確かめに行く子だ。アメリアの報復攻撃が自分の行動の結果だと知れば、いてもたってもいられず、現場に駆けつけたのだろう。そして、そこで苦しむ人を目の当たりにして、禁断の治癒魔法を使った…それはいかにもイリスらしい行動だ」

ルドルフは一度言葉を切り、確信を込めて言った。

「だが、彼女の本来の目的は、アメリアの権力構造を『裁く』ことにあるはずだ。中東での出来事は、彼女にとっても予想外の、そして痛ましい寄り道だったに違いない。自分の行動が新たな悲劇を生んだことに心を痛めながらも、彼女はきっと、本来の目的を果たすために、既にアメリアに戻っている。そして、次の『裁き』の準備を進めているはずだ。彼女はそういう子だよ」


ルドルフの言葉には、長年イリスを見てきた彼ならではの、深い洞察と確信があった。ノエルもリリィも、そして画面の向こうのカイトも、その言葉に静かに耳を傾けていた。


「…なるほどな」

カイトが腕を組んだ。「確かに、そのトナカイさんの言う通りかもしれねぇ。だとすると、俺たちがアメリアに向かっているのは、間違いじゃなかったってことか」


「うん…」

ノエルは頷いた。「ルドルフの言う通りだと思う。イリスはきっと、今アメリアにいる。僕たちは、やっぱりアメリアへ行かなくちゃ」


イリスが中東にいたという事実は衝撃的だったが、ルドルフの推測によって、彼らの進むべき道は揺らがなかった。むしろ、イリスが禁断の魔法を使い、心を痛めているかもしれないという事実が、ノエルの決意をより一層強くさせた。


「カイトさん、ありがとう。すごく大事な情報だった」


「おう。まあ、イリスの正確な居場所が掴めたわけじゃねぇがな。また何か掴めたら連絡する。」


「うん、わかった!」


通話を終えた後、客室には少し重い沈黙が流れた。イリスの安否、彼女の心の状態、そしてこれからアメリアで何が起ころうとしているのか。不安は尽きない。しかし、ノエルの瞳には、迷いはなかった。

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