06 気遣い無用
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その日の夕食はいつもより少し遅い時間帯だった。
原因は言わずもがな楓の散乱した服の回収作業。このペースだと三日間部屋に足場が確保されていれば上出来といったところだろう。
「いただきます」
「はいよ」
相変わらず、リビングの丸テーブルには健康的な夕食が並んでいた。男子にしては余りにも生活力がある。健康的すぎると言われるかもしれないが、逆に言えばむしろそれしか取り柄のない人間なのだ。
楓が箸を伸ばし、水樹の作った料理を口に運ぶたび少し笑みを見せる。
そんな様子を黙って見入っていた水樹に気付いたのか、楓は食べていた箸を止め、水樹の方を見た。
「あの、何でしょうか」
「いや……口に合うか?」
「はい、私は好きな味です。仮に料理がとてつもなくマズくても作ってもらう身なので文句は言いませんよ」
「そうか」
それからは相変わらず無言の空間が二人の食卓を包み込んだ。
バイトの都合で学校の女神(生活が破綻した)の家に住み込みにやってきた水樹。今まで赤の他人だった二人の関係はたったの二日で縮まるわけもなく、現状は顔見知りの他人といったところ。当然大した会話もすることはない。
そんな空間が気まずいと感じるのは当然なわけであって、現状水樹も少なからず感じていた。
食事は一人よりも何人かで食べる方が楽しいはず。それは常に一人だった水樹はそれを身をもって知っているため、人一倍その言葉の意味を理解している。故に水樹は静かな空間の中、自分から話を持ち掛けた。
「あのさ…………水面さんって普段誰と一緒にいるの?」
それは普段の学校生活についての些細な話。
「誰ともいません。一人が好きなので」
しかし帰ってきたのは余りにもドライな回答。
「で、でもいろんな人と話してるところ見かけるけど…………」
水面楓という人間は当然学校でも人気者だった。それは男子のみならず女子からも。少なくとも水樹が今まで見かけた時は大抵誰かと会話していた。故に決まった相手、仲のいい親友と呼べる相手がいるのが気になった訳だが。
「それはほとんど部活の勧誘などです。この見た目ですし多少周囲から視線を集めることは覚悟していましたけど.....それ以外に話しかけてくる人は私と一緒にいれば異性に注目してもらえるから。そんなくだらない理由だと思いますよ?」
「そ、そうなんだ」
「はい。女性というものは怖いのです」
「できればそれは聞きたくなかった」
「でも、そういうことです。友達は....いないのでしょうね」
水樹が気まずいと感じた空気は余計に気まずくなってしまった。
どうやら学校の女神様は決して恵まれてるわけではなかったみたいだ。容姿も家系も良ければ人生勝ち組と水樹が確立していた理論が崩れ去った。
それに学校とこの家での楓の印象というものは全然違っている。
学校ではどこか冷静そうな雰囲気でもここでは家事ができないポンコツなのだ。人はどうやら見た目で判断できないらしい。
「じゃあ俺たちってもう少しで友達?」
「はい?」
「いや、だってバイトで出会ってバイトの都合上でこうしてるわけだけど、たった二日でも他愛のない会話しただろ?少なくとも俺は水面さんを駒とは考えてないけどな」
「急に何言ってるんですか?気持ち悪いです。今の一瞬だけ本当にバイトの担当を変えてもらいたいと思いました」
そう言って楓は両腕をさすり、心なしか少し水樹から距離を取った。
「え…………ちょっとひどくない?これでも俺の慰めなんだけど」
「慰めなんていりません。もう慣れてるので」
「そ、そうですか…………」
「でも…………ありがとうございます」
「ん?」
余りにも小さな声、丸テーブルを挟んでいても聞き取ることが困難な声で楓はぼそりと気をつかってくれた水樹に感謝の気持ちを述べた。
しかしそれは水樹には聞き取ることは出来ず、
「何か言ったか?」
「いえ、ごちそうさまでした」
そう言って話を無理やり終わらせて箸をテーブルに置いた。