39 夏の終わり
長めです。
今日は8月31日。学生なら誰しもが憂鬱と感じる一日の始まりだった。多くの学生は夏休みの最後の一日を課題に費やす日でもあるわけだが、生憎水樹と楓は課題を終わらせており普段と変わらない一日を送っていた。
朝8時、朝食を準備した水樹が二階から降りてこない楓を起こしに部屋へ訪れる。
「相変わらず自分で起きないのな」
「ん…………」
体をゆすっても中々起きない楓。
それでも根気強く起こそうとする水樹の姿はまさに母親のようだった。そしてやっとのことで楓は目を覚ました。
「お前、このままだと明日からの学校遅刻するぞ?」
「うぅ、善処します」
「その言葉は水面がその場しのぎに使う言葉だな」
「…………」
最近では楓の扱いもお手の物になった水樹。
「まぁさっさと顔洗ってこい。ご飯できてるから」
「はい」
目をこすりながら部屋を後にする楓。
(相変わらず部屋は汚いままか…………前までのやる気はどこに行ったのやら)
進歩するどころか退化していると感じざる負えなかった。
その後水樹と顔を洗った楓は二人で朝食を取り、お互い食べ終わった後水樹と楓は二人でキッチンに立ち食器を洗った。
そして一息ついたと頃に家のインターホンが鳴った。
「ん?誰だろう」
水樹がリビングを出て玄関に出向くとそこにいたのは春馬と未来だった。
「あ、何か用か?」
「いや、課題見せてくれない?」
「あ~まあいいけど、神田さんも?」
「何よ…………悪い?部活で忙しかったのよ」
大体察していた。しかし意外だったのは未来も課題が終わっていなかったということだ。まあ確かに運動部は夏は力が入る。だからサッカー部のマネージャーを務める未来も春馬と同じく課題に手が回らなかったのだろう。
「あれ?また水面さんがいるのか?」
すると春馬が玄関を覗き込み女性ものの靴を見つけたのか水樹にそう尋ねた。
「ん?ああ、いるな」
「こんな朝早くから?」
「あーまあな」
そんな水樹の様子に春馬は冗談めいた雰囲気で話し出す。
「何だそれ、もしかして一緒に生活してるんじゃないのか?」
「…………」
恐らく冗談だったのだろう。しかしそれは現実なわけで水樹はあからさまに動揺し、春馬は目を丸くする。
「え…………マジ?」
春馬はともかく未来まで、予想外の言葉だったのか驚きをあらわにした。
「へぇ~水面さん家事が苦手で」
水樹がリビングに春馬と未来を招き入れ、現在は水樹と楓が隣り合わせ。向かい側の席に春馬と未来といった形で座っている。
「はい。恥ずかしながら」
「水面のは筋金入りだぞ?」
「それで結構長く一緒に家事の特訓もかねて生活していたと」
「ああ」
「だからだったのか」
「何が?」
「いや、何でも」
春馬と未来はどこか納得したような雰囲気を出していた。水樹はその言葉に首を傾げた。
そして水樹は楓の方に体を向ける。
「その、隠そうって話してたのに勝手に言ってごめん…………」
「いえ…………私も隠しきれるとは思っていませんでしたし、この二人になら話しても大丈夫だと思います」
どうやら楓はこのことに対して怒る気はないらしい。
確かに情況が情況。あの場で隠し通すのは無理があっただろう。水樹は内心ほっとしてから春馬たちに声を掛ける。
「あのさ、このことだけど…………」
「ああ、分かってる。言いふらさないから心配すんな」
「頼む」
「まあ言いふらしたら学校にお前の居場所無くなるだろうしな」
「頼むからマジでそれだけはやめてくれよ?」
「分かってるって。それよりも早く課題しようぜ。俺急がないと今日中に終わる気がしないんだよな」
そんな春馬の言葉を境に水樹と楓がマンツーマンで課題を教える形で勉強会が始まった。
といっても春馬は別に頭が悪いというわけではない。基本は平均をキープしている。ただ部活動などが沢山あり課題に手が付かなかっただけだ。一方の未来も理由はほとんど春馬と一緒だろう。
「あのさ、お前のやったやつ見せてくれたら早く終わって遊べると思うんだけど?」
春馬の手が止まり、水樹にそんなことを話し出した。
どうやらこの意見には未来も同じらしく二人の視線は水樹と楓に向けられる。
そんな様子に水樹と楓は顔を合わせ、
「そんな卑怯な」
「ですね」
あっさりと春馬の意見を却下した。
それに対して春馬と未来は焦りを感じているのかついには頭を下げて懇願してくる。
「ええ~そこを何とか!」
「楓!私からも!!」
しかし水樹と楓の意見は変わらず、
「ダメだ」
「ダメです」
「「えええ~」」
それもそうだ。自力で頑張って解いた課題を他人が楽して終わらせるのはどうもいい気分はしない。
「ほら、時間の無駄だ。さっさとやるぞ!」
「神田さん、そこ間違えてます」
この時春馬と未来は共通して思った。鬼だ、と。
それからしばらくの間、春馬と未来は大人しく課題に取り掛かかった。
「よし、そろそろ休憩するか」
そして水樹の掛け声と共にいったん休憩の時間が設けられる。
二人そろって机に突っ伏しているのに対して、水樹と楓はピンピンしていた。
「は~やっと休憩か~」
「私もへとへと…………」
「神田さん。まだまだここからですよ」
水樹は休憩の合間を活用しキッチンに立ち昼食を準備する。
そしてあっという間に人数分のサンドウィッチとスープが出来上がった。
「お、水樹の手作りか~。いただきま~す」
「いただきます」
春馬と未来にとっては初の水樹の作った料理だった。
そして感想も上々。
「いや、美味いな。一応料理とかが得意とは知ってたがここまでとは」
「本当だ。峰崎って料理得意なんだね」
「まぁな。でなきゃ水面にも教えられてなかったし」
「そりゃそうか」
「ハルくんもここまで料理ができたら文句ないんですけどな~」
「いや、それは無理だわ」
思う存分見せびらかす春馬と未来を楓は食い入るように見ていた。
「あ、あの水面さん?」
「いえ、お二人は本当に仲がいいと思いまして」
「何だか恥ずかしいんですけど」
「私も」
楓の純粋無垢な指摘に頬を赤くする二人。
「キッカケは何だったのですか?」
楓は意外にも恋愛方面の話を広げる。
「き、キッカケ?」
未来も当然想定していなかった楓からの問いに戸惑う。水樹もそんな楓の様子を見て少し驚いているのはい言うまでもない。
そして真っすぐと未来に向けられる楓の視線。
未来は少し口ごもりながら、隣りに座る春馬をチラチラと伺う。
「最初は何でも真っすぐで正直ウザい奴って思ってた。執拗に話しかけてくるし、明るすぎるし、時々無茶するし」
(あ~それ凄く分かるかも)
どうしてか、水樹は春馬の第一印象に共感が持てた。
それから未来は更に顔を赤くして、
「…………だけど、その真っすぐさも明るさも部活の中では一番大事で、サッカーなんて特にチームプレーだし。で、ほんの数か月見てて気づいたら…………」
甘すぎる青春の話だった。これには水樹もにやけて春馬に暖かい笑みを送った。
「な、なんだよ水樹!!」
「いや~何も」
「うわ…………ウザいわ」
そんな照れている春馬に対して楓が声を掛けた。
「それでは向井さんは?」
「お、俺!?」
楓はこくりと頷く。未来も横目で春馬を見ている。
春馬は頭を掻きむしってゆっくりと話し出した。
「…………最初は不愛想で、可愛げがないって思ってた。だけどよく見たら誰よりも友達思いで、自分のことなんて二の次で…………」
これには水樹も楓も興味津々。隣に座る未来はトマトのように顔が真っ赤。
「あ~クソ!!そんな他人想いの優しい奴が好きになったんだよ!!」
最後はどこかやけになった春馬がそう締めくくった。
後に残るのは春馬と未来が互いに顔を赤くして意識している状況。
一方の話を振った楓は、
「…………そうですか。ありがとうございました。それでは勉強を再開しましょうか」
この楓の態度には流石の水樹も苦笑いだった。
それから課題がすべて終わったのは午後の5時を回ったころだった。
「いや、やっと終わった!…………」
「私も…………なんだかいろんな意味で疲れた」
春馬と未来が机に同時に突っ伏す。
「お疲れ。それでどうする?今なら夕食準備するけど」
「あ~俺たちはいいや。課題も見てもらった上に飯まで作ってもらうのはな」
「うん」
「そうか」
「じゃあ俺たちはさっさと帰るわ。ありがとな水樹、水面さんも」
「ありがとう」
「おう」
「どういたしまして」
そして見送り際、どこか顔を赤くした春馬と未来に心の中でエールを送った。
こうして水樹と楓の長いようで短かった高校一年の夏が終わった。