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二章 キンキノチニネムルイブツ

 世界は繁栄を極めに極めていた。できない事は無いとさえ言われた。

 それこそ神の領域に――命の創造だってできるようになっていた。そして自分達こそが新たな神と名乗るようになるまで、それほど長い時間がかかる事は無く。

 ヒトは古き神々を捨てた。それは仕方がなかった事かもしれない。誰だって手に入れたモノを使ってみたいし、それがとても便利だったら手放したくなくなるものだから。

 それ自体は悪い事とは思えなかった。

 そしてその事は『罪』ではないとボクは思う。太古の昔から繰り返した『選択肢』の結果がそうなっただけの事で、その時代を生きている人々には責任も何もなかっただろうから。

 人間はとても単純。

 便利な物にすぐ魅せられる。

 ――だからそうなってしまったのは『仕方がなかった』。かもしれない。

 でも、本当にそう思っていいのは『長い間世界を見守ってきた存在』だけで、その時代を実際に生きる人々が、自分達の行いの『いいわけ』として使っていい言葉じゃなかった。

 ガーネットが語った、かつての世界の形。苦労なんて言葉が似合わない響き。

 どうしてそれが跡形もなく終わってしまったのか。

 興味が無いわけじゃないけど。

 知りたくないなぁ、と……思った。


     *  *  *


 明け方に荷物を纏めて置き手紙を残す。

 まぁ、『ほっといて』と『探さなくてもいい』という一言だけ。そしてボクはガーネットと一緒に故郷を抜け出して、『色が残されている場所』とやらを目指して旅を始めた。

 最初の目的地は馬で一週間くらい、徒歩で二週間弱かかる『遺跡』。

 ガーネットは『デパート』って呼んでいた。昔はたくさんの品物が売られていた、今でいう市場だったらしい。たくさんの人が買い物にきて、ありとあらゆる物が売られていたとか。

 そんな説明をされても、この『遺跡』を好意的に捉える事はできない。

 ボク達はずっと『禁忌の遺跡は罪業の住みか』とか、『少しでも近寄ったら同じ咎を背負う事になる』とか、直球に『呪いを受ける』と教えられて育ってきた世代。

 いくらそれが、あちこち崩落しかかって危ないから、という理由だったとしても。

「そう簡単に頭は切り替わらないよ……あながち、嘘とも思えないし」

 ガーネットの話を聞いていると、それらの話が本当の事に思えてくる。だって何かに絶望した誰かが『呪い』と称して、他の人間から『色』という概念を奪っていった時代の産物だ。

 ユーレイの一匹や二匹は出る、絶対。

「そう心配しなくても大丈夫。確かに何千年も手入れされていないけれど、ちょっと力を加えただけで崩れるほど弱い建物じゃないから。……さすがに地震はヤバそうだけどね」

「ほら、やっぱり!」

「地震といっても……そうだな、キミの町の建物がすべて潰れてしまうくらい凄いのが来ても大丈夫だと思うよ。というかこれまでに何十回かあったからね、そういう地震」

 家が全部壊れる地震……そんなの経験した事がない。したくもないけど。

 あぁ、でも学校の先生が言ってたかな。専門の学者さんが調べた結果では、この世界は数百年おきにとんでもない大地震とか、何かしらの天変地異が起きているらしいって。

 計算によると、次はあと数十年後くらいに来る可能性が最も高いとかで、一時期は都会に限らず田舎でも大騒ぎになったらしい。ちなみにボクが生まれるずーっと前の話。

 まぁ、ボクが生きている間に来るのは間違いなさそうだし、どうせ来るなら体力がある若いうちに来てほしいかな、と思ってみる。……ただこの瞬間だけは全力でご遠慮願いたい。

 現在、ボクとガーネットは遺跡の一階部分にいる。石――に似た素材で作られたという大木のような柱が規則的にずらりと並んで、窓が少ないからとても暗い空間だった。

「凄いね……本当にここって人がいたの?」

「あぁ、いたよ。この建物は『お店』だから住民がいたわけじゃないけどね。別の遺跡群にはこれに似た建造物で、人が暮らすための『住居』もある。いずれ行くだろうね」

「そっか」

「この世界で人工物に『色』が残っているのは、遺跡だけだから。それさえも風化して失われつつあるし、キミとの出逢いはきっと私達にとって最後のチャンスに違いない」

 なでなで。

 何故か頭を撫でられた。それほど悪い気がしない、こういうのも。思えば誰かに頭を撫でてもらった事なんて、ボクの記憶には存在していなかった。ガーネットが初めてだ。

 子供扱いされていると思う。怒るべきタイミング。

 ……でも、嬉しかった。

「まずは上に行こうか」

「この建物って何階くらいあるの?」

「外から見た感じでは十階以上だったと思うけど。……どっちにしても全部の階を見て回るからそういう辺りは気にしない方が、キミの精神にとても優しいと思うよ、うん」

 にっこり、とあからさまな満面の笑みを浮かべるガーネット。

 一瞬、帰りたくなった。

 十階以上? つまり単純計算で普通の民家――ボクが暮らしていたあの家がボクの部屋でもある屋根裏部屋を入れて三階。そんな家を上に三つ以上ポンポンと積み重ねる。

 ……ぞっとした。

 いや、確かにそれくらいあってもおかしくない大きさだったけど。

 それに階数はどうだっていいんだ。一つの階の広さが、ボクがしる普通の民家の二倍くらいっていうなら、メンドクセーと思うかもしれないけど、たぶんさほど気にしない。

 問題は――目の前に広がる『一階』の奥があまりにも遠すぎる事。

 これがずーっと、上まで続くなんて考えるだけでも憂鬱。

 ……この建物の中を全部歩き回るのに、いったい何日かかるだろう。

 っていうか、暗い。奥なんて何も見えないよ。

「ねぇ、灯りは? 入り口付近は明るいけど、奥まで光は届いてないと思うよ。周りの人に見つからないようにこっそり来たから、ボクはランプなんて持って来てないし」

「それは大丈夫。はい」

 ごそそ、とガーネットは服のポケットから凄く短い棒切れを出す。

 泡だて器の針金になっている部分を外して、その部分に丸く膨らんだガラスっぽいモノをつけた――みたいな形。そうとしか言えない変な物体。手足が無い人形みたい。

「これは『懐中電灯』っていって、この建物が使われていた頃の明かり。ランプだね」

「ふぅん……」

「ここを押すと灯りが付くんだ。もう一回押すと消える」

「ふむふむ……お、ついた」

「あぁ、そうだ。明かりをつける時や、もうついている時に、このガラスの部分を覗き込んだりしたらダメだよ。もしかしたら目を傷めてしまうかもしれないからね」

「わかった。ちゃんと気をつける」

 ぽちぽちぽち、とつけたり消したりつけたりする。ランプよりずっと明るくて、範囲は狭いけど遠くまで照らす事ができる。これがあれば夜道だろうと何だろうと平気そうだった。

 隣を見るとガーネットが、同じ懐中電灯をもう一つ取り出していた。

「それはキミのために持ってきたから、カバンの中にしまっておくといい。できれば人前では使わないように。……まぁ、それは言わなくてもわかってくれると思うけど」

「さすがにわかってるよ。こんなの見せたら、間違いなく大騒ぎになっちゃう」

 ずっと言いたかったけれど、ガーネットはボクを子供扱いしすぎ。

 子供という部分は否定しないけど、さすがにムっとしたので彼の背中を軽く手で叩く。

 ……まぁ、こっちが小さいから背中というより腰だけど。

「で、ここで何をするの?」

「これから『色の象徴』を探すんだ」

 そう言って、ガーネットは歩き出した。

「この『遺跡』の中に『色の象徴』が眠っている。キミにはそれを見つけてほしい」

 追いかけるボクを振り返らず、彼は前を見て歩き続ける。

「色は自然に溢れている。色そのものを探すなら、適当に花畑で花を摘めばいい。だけど私が言っている『色』と『象徴』は違うんだ。似ているようで別物なんだよ」

「違う?」

「象徴と呼ばれるそれは、必ず『人の創造物』でなければいけない」

「人の創造物……」

「そう、だから『遺跡』で探すんだ。人間が『色を知っていた』頃の名残を見つける。きっと一つは見つかるはずだから頑張って探そうか。私もできる限り協力するからね」

 励ますように微笑む。いや、微笑まれたくらいじゃ頑張れないんだけど。って言うかとんでもなくでかい問題が急浮上して、ボクはそれを問わずにいられない心境になったんだけど。

「で、でも……!」

 走って前に回りこむ。

「ボクは色を『知っている』だけで、どれが何の色なのか『見る』事はできないよ。もしも全然違う物をそうだと思い込んでしまったら、凄く大変な事になるんじゃないの?」

「大丈夫だよ。キミならちゃんと『見つけられる』から。それに私がちゃんと正解か間違っているかを教えてあげる。二人で頑張ろう。キミなら絶対に大丈夫だよ」

「……何だか、見つけるに決まってるって言われてるみたいで、凄いプレッシャー」

「決め付けているわけじゃない。信じているだけさ」

 それとこれの何がどう違うんだろう。思ったけど口に出さなかった。期待されないよりはずっとマシだろうけど、期待されすぎるのも重くって、なんか前途多難な予感がした。

 まぁ、今更文句を言っても仕方がない。

 ボクにできる事といえば、ガーネットがいう色の『象徴』とやらを探し出すだけ。

 しかも色が『見えない』状態で。……不利な事この上ない。

 それっぽいのを見つけるたび、ガーネットに見せるしかないんだろうな。

 ハズレばっかり引いてしまったら、彼に迷惑をかけるんだろうか。

 あー、何か胃の辺りがキリキリしてきそう。

 とはいえこうして役目を引き受けたというか、ガーネットの話をちゃんと聞いて自分の意志で旅に出たからには、しっかりとやるべき事はやらなきゃいけない。

 それに今ごろはボクがいなくなったって、町はそれなりに大騒ぎだろうな。

 今から帰って大騒ぎに巻き込まれて、大説教大会の挙句――あの『夫婦』にまで説教されるのだけは納得できない。他の大人に怒られるのは仕方が無いけど、あの二人にあーだこーだと怒られるなんて、想像するだけでもムカムカしてくる。絶対に嫌だった。

 よし、頑張ろう。

 あの『夫婦』のところに帰るなんて死んでも嫌だ。それならどこか遠くの草原でぽっくりと死んでしまって、そのまま年月をかけて自然に還る方がずっとマシだ。

 気合を入れて走り出す。ガーネットが危ないよ、と言った直後。ずべしゃー、という音を立てながら、ボクは床の上にぶっ倒れた。何かに足を引っ掛けて見事すっ転んだのだった。

 からから、という音を立てて、手の中にあった懐中電灯が遠ざかっていく。

「あう……」

 恥ずかしさと痛さで顔を上げられない中、ボクは手探りで懐中電灯を探す。そしてようやく掴んだ――のだけど、何だか思っていたよりもずっと太い。

 確か、あの懐中電灯は光ってる部分以外は太さが一定だったけど、掴んだ『何か』は太い部分と細い部分があった。しかも全体的に太いし、何となく違うモノを掴んだ予感。

「大丈夫?」

「うん、たぶん大丈――」

 駆け寄ってきたガーネットの懐中電灯が周囲を照らした瞬間。

「――」

 ボクは、自分が何を握ってしまっていたのかも判明する。

 それは何度瞬きしても見間違える事は無い――人間の腕だった。よく見るとボクの前方には首や胴体や足が散乱し、その量からして腕や足が『一人分』じゃないのは間違いない。

 確か、ここが市場みたいなところって説明を聞いた。だけど目の前に広がっているのは何人もの人間――おそらく女性がバラバラに解体されている『虐殺現場』そのもの。

「……っ」

 ボクは掴んでしまった腕を放り投げると、ガーネットにしがみ付いた。服をぎゅっと掴んで顔を押し付ける。あんな光景、見たくない見たくない見たくない見たくない……っ。

 身体の震えが止まらなかった。このままじゃガーネットの服に掴んだ跡がつきそう。でもこわばったままの指が彼の服を解放しない。解こうとしても、身体が意思の命令を跳ね除けた。

 もしもボクが色を『見る』事ができたら、どんな光景が広がっていたんだろう。

 何も無いように見えている床は、実は血溜まりなのだろうか。

 生々しい現場や――その『作業』を想像し、身体の震えが大きくなった。

 ガーネットはボクの頭を何度も撫でて、落ち着かせようとしてくれている。

 震えは収まってきたんだけど、ふと彼の様子がボクでは考えられないくらい普通なのに気がついた。そっと視線を上に向ける。ガーネットは微笑み、とボクの頭を撫でた。

「……えっと、あの、あれは?」

「もしかして『マネキン』知らない?」

 こくこくこく、と首がムチウチになりそうなくらい上下に激しく振る。

「これはね、服を着せる人形だよ。その時の流行や新しいデザインの服を着せて、店の目立つところに何体か並べておくんだ。看板……みたいなモノ、かもしれないね」

「そ、そうなんだ……へ、へぇ」

「さすがにバラバラ状態だと恐ろしいね。私も一瞬、死体かと思ったよ。でもアレは人形だから怖い物じゃない。だから大丈夫だよ。それに私が一緒にいるから」

「う、ん……」

 返事できただけ凄いよ、と自分で自分を褒めた。まぁ、その声は震えてたんだけど。人形だって言われても人間そっくりだし、見ていて気持ちがいい光景じゃない事に変わりはないし。

 もう一度、バラバラの人形にちらっと視線を向ける。勘違いしていた時のように震えたりはしなかったけれど、今すぐにでもこの場を離れたい心境に、さして変更は無かった。

 それがガーネットにも伝わったのだろうか。

 彼はボクをひょいっと横抱きにして、人形を軽やかに避けながら奥に進んでいく。しばらくすると階段に辿り着き、一瞬上を見上げて足を止めた彼はそのまま上階を目指す。

「ちょ、ガーネットっ。どこに行くんだよっ」

「屋上に行こうかなって」

 ……屋上?

 声に出さずに視線で疑問をぶつける。

 ガーネットはボクににっこりと微笑みかけた。

「今日は屋上でちょっと休憩して、どこか安全な場所を探してそこで安もう。キミは慣れない旅で疲れただろう? 明日から探せばいいし、今は身体を休める事が重要だよ」

 言われて――否定する要素が思い当たらなかった。

 だから素直に『ありがと』と頷く。確かに疲れている。旅なんて慣れてないから身体も疲れているけど、それよりさっきのマネキン騒動で一気に疲弊した精神が限界を訴えている。

 すぐ近くに町とか村が無いのが残念だった。

 それにしても『屋上』か……つまり『一番上』のさらに上、だよね。

 別に歩けないわけじゃないんだから、そろそろ降ろしてほしいなと思ってみる。

 ……心の一部は『現状維持』を望んだけど。

 息を乱さないままガーネットは前に進む。凄いなぁ、と思っていると、ボクらの前に重そうな扉が立ちふさがった。そこでようやくボクを降ろしたガーネットは扉を開ける。

「……わぁ」

 ぎいい、とちょっと耳障りな音を立てて開いていった扉。

 その向こうには――何も無い。空だけが在った。

 この『遺跡』を取り囲む森も山も、ボクの視界には無い。

 見渡す限り一面に『空』だけが存在し、地上では感じなかった心地いい風が吹く。

「広いね……眺めもいいし」

「落っこちないように気をつけてね」

 わかってるよ、と言いながらそろりそろりと端に。ゆっくりと下を見ると、見渡せないものなど無いと思えるほどに世界がぐーんと広がっていて、ボクの目の前に迫っていた。

 圧倒的なスケール。

 ボクはただ茫然と突っ立ったまま、空を見たり、前を見たり。

 たぶんかなり面白い行動をしていたと思う。

 後ろにいたガーネットは子供っぽいと思ったかもしれない。

 すごいなぁ。昔はこの光景を大勢の人が見ていたんだ。それも『色』付きで。

 空が『青』なのは知っている。だけど『見える』わけじゃない。

 ……少しだけ、ガーネット達『色を見る人』が羨ましいなぁって思った。ガーネットにはどんな風に見えているんだろう、この一面に広がっている空は。いや、この世界は。

 無いモノねだりをしても仕方が無い。ボクは何度も深呼吸して、ボクが感じられる世界を何度も味わってみた。地上と空気が自我って思えるのは、心境の変化なのかもしれないけど。

 別の『遺跡』でも屋上まで上ろうかな。二つの『遺跡』はどう空気が違うのか比べてみるのも面白そう。目標っぽいものを見つけたところで、ボクはある事に気が付いた。

 そう、今更ながらにボクは気が付いたのだった。さっき聞いたあの説明の中で、ボクが見つけた『象徴』らしきモノを、ガーネットは正解か間違いか教えると言っていた事。

 だから問題はないよって。

 ピンと来たやつを片っ端からもってこいって言った。

 正解か間違いか判断できるという事は、ガーネットは色が『見えている』に違いない。

 ボクが『象徴』を探す必要は、実はほとんど無いっぽいのだ。

 色を『知っている』だけのボクをわざわざ探すよりも、自分達で『象徴』を探す方がずっと効率がいいし、正解か否かの確認作業が省かれるだけでも早くすむに決まっている。

 どうして効率が悪い方法ばかり選択したんだろう。

 ちょっと気になった。

 凄く気になる。

 訊いてみようかな、訊いちゃおうかな。少し迷う。

「あのさ、ガーネット」

 訊いてみる事にした。気になる時は素直が一番。

「どうして『ボク』だったの? ボクは色を『見る』事ができないから、ボクが探してガーネットに確認してもらうって一連の流れが、物凄く効率が悪そうに思えるんだけど」

「……あぁ、その事か。それは仕方がないんだ。確かに『象徴』を探す事自体は私達だけで何の問題も無いんだけどね、その『象徴』を扱えるのは、一部の人間だけなんだよ」

 例えばキミのような『色を知る者』とかね。ガーネットはそう言って笑った。

「私達は『傍観者』なんだ。物語の『読者』であって、『作者』じゃない。だからこの『何度も滅んではやり直す物語』に、私達だけで直接手を出し関わる事はできないんだ。それにはキミのような『出演者にして脚本家』である存在に、手伝ってもらわなければいけない」

 よくわからなかったけれど、ガーネットの説明によると『象徴』は、それ単体では何の意味も持たないらしい。それを『使う』ためには、どうしてもヒトの手が必要だった。

 しかし『色を知らない』人間では、彼らが望む『協力者』にならない。

 そもそも色を『知らない』人が、ガーネット達の話を聞くはずもないだろう。

 怪しいヤツ扱いされて終わるだけだ。

 だからボク――『色を知る者』が必要だった。

 ガーネット達がどうしてもできない作業をボクが受け持って、それとは逆にボクができない作業をガーネット達が請け負う。互いに足りない部分を補い合う……そんな関係。

「キミは物語の『登場人物』であって『作者に近い存在』。だから、キミじゃないとこの世界を変える事はできない。見ているだけの存在は、それ以外にはなれないんだよ」

 伸ばされたガーネットの指で、そっと頬を撫でられる。

 ちょっと恥ずかしい。

 でも、とりあえずわかってきたかもしれない。

 ガーネットがボクを探していた理由、『遺跡』でやらなければいけない事。

 まだボクが見つけた『象徴』をどうすればいいのか、などの核心と思われる部分の説明がまだなんだけど、これ以上難しい事を説明されると全部ごちゃ混ぜになりそうだった。

 別に今日一日しか一緒にいられないわけでもないし、明日『象徴』を探しながらさりげなく尋ねればいいと思う。その方が自然だろうし。うん、そうしよう。そう決めた。

 頭の中を切り替える。すると別の疑問が浮かんできた。……これでもそれなりに納得して旅に出たつもりだったんだけど、実はわからない事だらけなんだなと思い知った瞬間だった。

「一つ、訊いていい?」

「ん?」

「昔の世界って、どう凄かった?」

 ちょっとだけ気になっていた。こんな小さなランプがあって、こんなに大きな建物を作る事ができて。そんな時代がこの世界に、本当に存在していたのかなって。

 その世界は――どんな暮らしだったのかなって。

 疑っているわけじゃなかった。あまりにも今と違っていて、現実に存在していたと受け止め切れていない、のかもしれなかった。信じているのに信じられない。そんな感じだ。

「そうだね。私でわかる範囲でよければ話すよ」

 ガーネットは座れる場所に腰掛ける。話が長くなるらしい、とボクは感じた。

 キョロキョロと周囲を見回して、ボクも座れそうな場所を探す。

 ……ガーネットの隣しかなかったけど。

「馬より早い乗り物があった。水は好きなだけ手に入り、薪よりも優れた燃料もある。場所に関わらず海の幸が手に入り、食べ物を新鮮に保存できる技術もあった。他にも、離れたところと簡単に『会話』する事もできた。今の人々にとっては天国のような時間があったんだよ」

 その言葉の中身は、今では考えられないような内容。

 馬より早い乗り物があるとか、水が好きなだけ飲み放題とか、薪より凄い燃料とか、海の食べ物が場所に関係なく手に入るとか、新鮮な状態で保存できるとか。

 挙句の果てに離れた場所と会話ができるとか。

 ……ありえない。ありえないよ。便利とか言うレベルじゃない。本当にこの世界にかつて存在していた物の話なのか、その名残であるあの『遺跡』の中を見た今でも信じられない。

 ボクは子供だからわからないけど、世界の技術のてっぺんをかき集めたって無理だ。そのてっぺんを何百年もかけて、さらにさらに、何倍にも高くしないと辿り着けない。

 ――本当に『神様』の領域だ。

 あぁ、だけど。

「……滅んだんだよね」

 かつては誰もが知っていて、誰もが利用する常識だったそれらの技術。

 今からすると『夢を見るにもほどがある』と言われそうな。

 まさに『空想』――あるいはただの『妄想』になって。この世界から獄僅かな痕跡しか残さず、何もかも消えてしまったからこそ、ボクが知る『現実』が存在している。

 きっと、その当時の人間達は『終わる』なんて思いもしなかったんだろうな。ずっと繁栄が続いていくに違いない。そう、思い込むように信じていたんだ。

 だけど実際は全然違ってしまった。

 過去に何があったのかもわからなくなるほど――世界は綺麗に『終わった』。

「そう、国によっては数千年も積み重なっていた歴史は、たった数十年の間に根こそぎ消えてしまった。花火のような美しさも散り逝く花のような潔さも無い。その終焉はおぞましく醜い手段でもたらされた。……人間はその瞬間に、持てる浅ましさをすべて見せ付けていたよ」

 そして一人の『哀れな加害者』を生み出してしまった。ガーネットは呟く。

「今の世で神と呼ばれるようになった『あの人』は、自分の大切な物を根こそぎ奪い去った世界と人間を憎んだ。そして人間に呪いをかけて死んでいった。後になって、その憎しみと悲しみと呪いを知った人間は、『あの人』を崇める事で赦されようと宗教に走った」

 色が消えた直後はやはり『知る者』が多かった。だから自分達にかけられてしまった恐ろしい呪いに怯えて、ガーネットが『あの人』と呼ぶ何者かを神として崇めた。

 そうする事で赦しを得ようとしたのだろう。

 けれど死者には赦す事はできない。人々はそれを知らずにひたすら崇め奉り、自分達の罪の許しを乞い続けて……解決しないままボクが生きている『今』に至る。

 だから誰も『色』を知らない。認識できないでいる。その機能は失われたまま。

 でも、現代を生きるボクは『色を知っている』。

 ……なら同じように『色を見る』事ができる人はいるのだろうか。

 だとしたら、その人に『世界』はどう見えているのだろう。きっと『知っている』だけのボクとは見えている世界と感じている何かが、一から十まで違っているんだろうな。

 とりあえず隣にいたっけ、色を『見る』事ができる人。

 ちょっと訊いてみるのも悪くないかな。ボクは隣にいるガーネットに声をかけた。

「ねぇ、ガーネットには世界はどう見えてる?」

「どう……とは?」

「色とか。ボクには『見えない』から……ちょっと気になっただけ」

 別に変な質問とは思えないんだけど、ガーネットは少し困った顔をした。

「改めて言われたら少し困るな……色自体は人間がそれを失う前から見ているし、今もはっきりと色を『認識』しているから説明できないわけじゃないんだ。ただ、ほとんど無意識に受け入れている領域の説明だからね。似合う言葉が思いつかないという感じかな」

「……ガーネットって何歳? っていうか何千歳?」

「あぁ、まぁ、それはその……あはは」

 いろいろあってね、と苦笑するガーネット。ちょっと寂しそうだった。何があったのか気になるけど、本人が言いたくないなら無理に訊こうとは思わない。

 あの『夫婦』がボクに教えてくれた中で、唯一記憶した言葉『自分がされて嫌な事は人にしない』という精神だ。とりあえずガーネットが『普通の人間じゃない』のは、これまでの展開でもう嫌になるほどわかってる。だから、今すぐ無理やりに訊く事じゃない。

 だからボクは自分の質問を優先する事にした。

「全部教えろってワケじゃないんだ。例えば……そう、建物とか服とか」

 そうだな、と少し悩んだ様子を見せるガーネット。

 町の景色や人々の服装を思い出そうとしているというより、どういう言葉で伝えればいいのか悩んでいる、という感じにボクには見えた。きっと、こんな質問をされた事はこれまで一度だって無かったんだろう。というか、されるという想像さえした事が無いって感じだった。

「髪の色は『金』とか『銀』とか『茶』、『黒』も『白』もあった。肌の色は住んでいる地方によって、白かったり黒かったりした記憶しているよ。キミは色白で灰色の髪だ」

 そっか『灰』なんだ。ちょっとショックかも。

 どうせなら『銀』がよかった。いや色が『見える』わけじゃないんだけど、どこか中途半端って感じがして、別に嫌いってワケじゃないんだけどちょっとだけ複雑かもしれない。

 今更な気もするけど『知ってるだけ』って、ちょっと不便かもしれないなぁ。

「服装については『白』か『黒』。どこの国、地方でもその二つだけ。誰も『色』を知らない時代が続いているから、ヒトが作るモノからは『色』が完全に消えている。もちろん自然に存在している物、花や草はとても彩りに溢れている。とても美しいよ」

「そっか……」

 ガーネットの答えを参考に少し考えてみる。

 何もおかしいところが無いように見える、そう見せられている世界。

 人間という名前の種から、ある日ポンっと消されてしまった『色』という概念。

 ボクが――人間がおかしいんだろうか。

 それともガーネットがおかしいのか。

 わからなくなっていく。

 すべて。


 遺跡の傍に洞穴があった。

 そこで夜を明かして、明日は遺跡で『色』を探す。

 慣れない旅で疲れただろう、とガーネットはボクに寝るよう促した。確かに家にいた時とは比べ物にならないくらい疲れたけど、ボクはまだ眠りたくないと思っていた。

 いろいろと話したい事がたくさん。時間がちっとも足りなかった。

「ねぇ……どうして『昔』は終わったの?」

 愛用の毛布に包まって、ボクは尋ねる。ずっと気になっていた事だった。今よりずっと優れていた人々があっさりと消えてしまったなんて、どんな天変地異が怒ったのだろうと。

「戦争、さ。人間が犯す罪でもっとも重く、醜く……何も生み出さない『悪』だよ」

 焚き火に木の枝を放り込んで、ガーネットはボクの方を向く。炎に照らされたその顔には深い悲しみと――少しだけ蔑んだ感情が見え隠れしているように感じられた。

「その思いがどれだけ崇高であろうと、『戦争』を叶える手段とした時点で下劣な欲求と何も変わらない。思想云々というだけタチが悪い。思いは、本人にも止められないから」

「ガーネット……?」

「欲望を剥き出しにする人間ほど、おぞましいモノは無いね」

 ガーネットの冷笑と呟きは、ボクの心にいつまでいつまでも響いていた。


 ……やっぱり、知らなきゃよかったなぁ。

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