漫画、海を渡る
本作は歴史を題材にしたフィクションです。
吾輩は漫画である。
父の名は画狂老人卍。それ以外にも多数の画号を取っ替え引っ替えしていたが、「葛飾北斎」というのが一番通りが良いだろうか。
吾輩の名も、親父殿の名を貰って「北斎漫画」と呼ばれている。
「漫」とは「とりとめもなく気の向くままに」といった意味合いであるが、決して適当に書き散らかされたものではない。
世の人々の絵手本となるよう、人々の風俗や動作、生き物や風景から神話伝承の題材にいたるまで、様々な事物を時に精細、時に軽妙に描き出したものだ。
卑下するような呼び名は、親父殿の謙遜あるいは衒いであろう。
あと、滑稽本の類でもないので誤解の無きよう。
吾輩の兄弟たちが最初に産声をあげたのは、もう四十年近くも前のことであるらしい。
吾輩たちは版画であるから、同じ版木から何枚も摺ることができるのだ。
その版木もすっかり擦り減ってしまい、新しく彫り直したものを使っていると聞く。
また、吾輩の兄弟たちが評判を呼んだおかげで、続編も作られ、先ごろ第十三編までいったとか。
親父殿も達者そうで何より……、といいたいところだが、親父殿こと葛飾北斎は、先年大往生を遂げたそうだ。
が、そもそも吾輩の兄弟たちだって、親父殿の顔を見たことがある者はほとんどいまい。
吾輩たちの直接の親は彫り師や摺り師であるからな。
まあ、親はなくとも子は育つ、というやつだ。
さて、親父殿亡き後に生を受けた吾輩であるが、兄弟たちの多くが藍色や黄色の表紙であるのに対し、吾輩はちょっと豪華な赤表紙である。
値は銀一匁。銭に換算すると六十七文ほどだ。
十六文の蕎麦が四杯ほど食えるし、黄表紙本なら八から十冊くらいは買える値段だな。
吾輩の兄弟が最初に世に出た頃は、銀二匁八分もの値が付けられていたそうだが、摺りに摺りを重ねるうちに段々値が下がっていき、今の値になったようだ。
そんな吾輩を買ってくれたのは、草深氏という御仁。
この御仁は水野家というお旗本に仕えている侍で、絵を嗜んでおり、購入以来、暇を見つけては吾輩を手本に絵を描いている。
まあ率直に言って、下手の横好きと言われる類であろうが、それで誰に迷惑をかけるわけでもない。
吾輩としても、絵手本としての務めを全うできるのはありがたいことだ。
そうして二,三年あまり草深氏の許で過ごしていた吾輩に、転機が訪れた。
きっかけは、草深氏の御主君である水野筑後守という御仁が、長崎奉行に任じられたことだ。
聞くところによると、昨今諸外国が本朝との国交を求めて来訪しているとか。
これまで本朝は、長崎の出島で清国とオランダとのみ付き合ってきたが、どうやらそうも言っていられなくなりそうだ、というのが草深氏の弁である。
筑後守様は旗本の中でも大身ではなかったが、中々のやり手で、この度浦賀奉行を経て長崎奉行に任じられたのも、その手腕を期待されてのことであるらしい。
かくして、風薫る初夏の頃、吾輩も草深氏の荷物に詰め込まれて一月余り旅をして、長崎へやって来たのだが……。
長崎奉行所は大変に忙しいようで、草深氏が吾輩を荷解きしてくれたのは、三月余りも後のことだった。
何しろこの時期、長崎にはロシアという国のプチャーチンなる御仁が訪れており、長崎奉行である筑後守様はその対応におおわらわ。その下吏である草深氏たちも、日々てんやわんやというわけだ。
そうしてあっという間に数ヶ月が過ぎ去った。
「ああ、もう忙しくて目が回る。当分絵を描いている暇もなさそうだ。これが手元にあるとうずうずして仕方がないんだが、いっそ処分すべきかなぁ」
同輩で友人の長谷川氏という人物を客に迎え、酒を酌み交わしながら、草深氏が吾輩を懐から取り出してぼやく。
おいおいおい。そんな殺生なことを言ってくださるな。
浮かぬ顔の草深氏を慰めるように、長谷川氏が言った。
「北斎の絵手本か? 捨ててしまうのはもったいなかろう。売ってみてはどうだ?」
「売るといってもなぁ。もう表紙も擦り切れているわ手垢まみれだわ、おまけにところどころ墨まで飛ばしているありさまだぞ。買ってもらえるものやら」
「いやいや。長崎に有って江戸に無い物も数あるが、江戸に有って長崎に無い物も数多い。浮世絵などは中々に珍重がられるようだぞ。実を言うと、拙者も江戸から持ってきた美人画を持ち込んでみたら、ごにょごにょ」
長谷川氏が耳打ちすると、草深氏は大いに驚いた。びっくりするような値だったらしい。
「それは本当か? うむ。思い切って売るか」
やんぬるかな。
かくして吾輩は草深氏の手許を離れることとなった。
数日後、非番の日に草深氏は吾輩を肥前屋という商人のところに持ち込んだ。
この肥前屋という男は、長崎奉行所出入りの商人であり、異国人相手にも商売をしているのだそうだ。
小太りで抜け目のなさそうな中年男だが、草深氏に対してはたいそう愛想よく、吾輩を三十六文で引き取った。
蕎麦が二杯食える程度。さほどの金額ではないが、使い古しの本に元値の半額以上とは、随分奮発したと言っていいだろう。
吾輩としても、屑屋に払い下げられて漉き直されたり火にくべられたりするよりは、また誰かに引き取ってもらえる方がありがたい。
ほくほくしながらも少しばかり名残惜しそうな表情の草深氏を見送って、肥前屋は呟いた。
「こんな紙屑に三十六文とは高すぎるが、お奉行所の役人とのつながりは大事だからのう。これも投資というやつだ。さて、こいつは屑屋にでも引き取らせるか」
は? おいこら、ふざけるな!
吾輩はまだまだ務めを果たせるぞ!
ちゃんと絵手本として使ってくれる御仁に売ってくれ!
抗議の声は、無論肥前屋に届くはずもなく。
物の価値のわからぬ小商人は、手近なところにいた小僧に吾輩を投げ渡した。
「これは適当に処分しておけ」
小僧は吾輩をしばらく見つめていたが、ふと思いついたように呟いた。
「ああ、こりゃ丁度良さそうだ」
そう言って奥に入ると、吾輩を木箱に押し込んだ。
「どうも荷がぐらついて収まりが悪かったけど、これならぴったりだな」
木箱の中に収められているのはどうやら焼き物らしい。
風呂敷で包んだ上、油紙で包んである。
そして割れぬよう反故紙を詰め込んであったのだが、わずかに隙間ができてぐらついていたところ、吾輩がすっぽり収まったというわけだ。
いやいやいや。吾輩はこんな使われ方をするためにこの世に生を受けたのではないぞ。
おい、誰か早くここから出してくれ!
人の耳には届かぬ声で喚き続けていると、突然冷ややかな声が聞こえた。
「ええい、黙りやれ。五月蠅うてかなわぬわ」
誰だと問うのは愚かしかろう。
この木箱の中にいるのは、吾輩以外にただひとり。
さすがに、反故紙どもには魂は宿っておるまいからな。
「壺、か?」
「壺ではないわ。花瓶じゃ。伊万里の窯で生を受け、雪より白い玉の肌、花咲く梅が枝匂うがごとし。名前はまだないが、異国の地で買い主殿が良き名をつけてくださるであろう」
なるほど。
声の主は伊万里焼の花瓶で、白磁に梅の花の絵付けがされているらしい。
肥前屋が買い付けて出島のオランダ人に売り渡し、吾輩はその荷詰めに使われた、と。
いやちょっと待て。
では吾輩も遠い異国へ連れて行かれてしまうということか!?
「で、何故反故紙なんぞに魂が宿っておる。小野東風のような名筆家が書き損じでもしたのかや?」
「反故紙ではない! 吾輩はかの天才絵師・葛飾北斎が描いた絵手本帖だ!」
「ほくさい? 知らぬなあ。誰じゃそれは」
ううむ。
江戸では知らぬ者とてない親父殿の名も、地方にまでは届いておらぬのか。
古の名筆家の名は知っておるというのに。
「まあよいわ。吾輩殿、長い旅の道連れじゃ。わらわの話し相手になってたもれ」
いや、吾輩の名は「吾輩」ではないのだが……。抗議しても聞いてくれそうにはなかったので、それ以上は何も言わずにおいた。
彼女――女子、なのだろう。多分――のことは「伊万里御前」と呼ぶことにした。
若干の揶揄を込めた呼び名のつもりだったのだが、彼女は素直に敬称と受け取ったようでご満悦だ。
解せぬ。
オランダへ向かう船が出るのは、冬になってからであるらしい。
そろそろ涼しくなってきた頃、吾輩たちは船に積まれて旅立った。
「う、海というものはず、随分と揺れるのじゃなぁ」
伊万里御前が愚痴をこぼす。
吾輩は江戸から長崎へ来る時に、大坂から豊前小倉まで西国船に乗せられたが、その時はこれほど揺れはしなかったからなぁ。
御前が愚痴るのも無理はない。
そうして波に揺られること、果たして幾日ほどであったろうか。
木箱の中に閉じこめられ、船倉に積まれた状況では、昼夜の移ろいもわかりかねる。
「ざっと一月少々といったところかの」
伊万里御前が言った。
おいおい、何故そんなことがわかる。
「多くの船員たちが立ち働く昼間と、当番の者以外寝静まっておる夜とでは、聞こえてくる物音が全然違うであろう。時化で騒々しくてよくわからなかった日も何日かあるゆえ、正確ではないがの」
いや、吾輩には外の物音はほとんど聞こえぬのだが?
「ふふん。わらわには“耳”があるからの」
待て待て。その“耳”は、音を聞くためのものではなかろうよ。
……まあよいか。
外の状況を教えてもらえるのはありがたいことではあるからな。
「おっと。どうやら港が見えてきたようじゃ」
「オランダに着いたのか?」
「いや……。どうじゃろうな」
伊万里御前が言葉を濁す。
やがて船が止まり、港に着いたことが吾輩にもわかったが、残念ながらまだオランダについてはおらぬようだった。
「ジャワのバタヴィアという港らしいの。ここで本国行きの船に積み替えるそうじゃ」
「はあ。ではまだまだ先は長いのか」
「おそらくな。……それにしても」
ふと、しみじみとした口調で伊万里御前が呟いた。
「噂とはあてにならぬものじゃな。異国の言葉は本朝の人間たちとは全然違うという話じゃったが、わらわには同じように聞こえるぞよ」
言われてみればたしかに、長崎の港でもここバタヴィアの港でも、吾輩も異国人の言葉を聞いたが、本朝の人間たちと違いが無いように思える。
しかし、草深氏から聞いた話では、異国人とのやり取りは通辞とやらいう者を間に挟むということであったから、やはり人間たちには違って聞こえるのであろう。
「吾輩たちは、人間のように耳で聞いて頭で解しておるわけではないからな。その者の心の声が直に聞こえておるゆえ、何処の者であろうと関係ないのではないか?」
「なるほど。吾輩殿は利口じゃな」
何故だろう。何だか馬鹿にされている気がするのだが。
ともあれ、吾輩たちは別の船に積み替えられて、ふたたび波に揺られることとなった。
しかし、今度の船は前のよりもかなり大きいらしく、揺れはだいぶ小さい。
ただ、切れ間なくぽんぽんと音が聞こえてくるのは一体何だろう。
「船員や港の者たちが話しておったのを聞くに、これは“蒸気船”というものらしいの。以前は、バタヴィアからオランダまでは風の良い時を選んで年に一回しか船を出せなかったのが、この蒸気船なら風にほぼ関係なく船を出せるのだそうじゃ。」
伊万里御前が、そのご自慢の“耳”で聞いた話を披露してくれた。
そう言えば、吾輩も聞いた覚えがあるな。
草深氏いわく、諸外国の者たちはその蒸気船とやらで本朝に押しかけて来ようとしていて、それゆえに長崎奉行所もてんやわんやだったのだそうな。
ということは、吾輩が売り飛ばされてこのような場所に来る羽目になったのも、元を質せば蒸気船のせいということか。
その蒸気船に今は乗せられているわけで、世の中の巡り合わせというのは奇妙なものだ。
蒸気船は何度か港に寄りながら、アフリカとやらいう地をぐるりと回って、一路オランダを目指す。
大きな船とはいっても、やはり海が荒れて激しく揺れる日もあり閉口したが、ようやくにして吾輩たちはオランダのアムステルダムという港に着いた。
そこで伊万里御前を買い付けたのは、エスコロという商人。
そやつはフランスなる国の人間だそうだが、伊万里御前を満足そうに眺めると、再び風呂敷と油紙で包み、吾輩も一緒に木箱に詰めて、パリとやらいう町へ運んで行った。
余談ながら、初めて見た伊万里御前の姿は、本人が誇るだけのことはあり、なかなかに美しかった。
すらりと背の高い白磁の花瓶に、草の蔓を模した形の耳が付き、可憐な花をつけた紅梅白梅が描かれている。
それでもエスコロは、少しでも安く買うためだろう。あれやこれやとケチをつけて、相当値切ったようだ。
御前はひどくおかんむりだったが、商人というのはそういうものなのだと思うぞ。
吾輩は伊万里御前とともに、荷馬車に揺られてパリに着いた。
そこでエスコロは、好事家たちに御前を売り込んで回り、最終的に御前を買い受けたのは、オーギュスト=ドゥラートルという御仁だった。
「これは私が日本に住む知人から直接送ってもらった品でして」
と、エスコロが言う。
おいおい、嘘を吐くな。アムステルダムで買い付けたのだろうが。
日本から直接送ってもらったと言ったほうが箔が付くと考えたのだろうか。
「ほほう。それは珍しい」
ドゥラートル氏はころりと騙された。
まあ仕方ない。日本がオランダと清国以外とは付き合っておらぬなどとは、このフランスとやらいう国の人間たちもよく知らぬのだろう。
かくして、吾輩も御前とともにドゥラートル氏の屋敷にやって来た。
この御仁は、版画の摺り師兼版元であり、パリの町の版画家たちに広く顔のきく人物なのだそうだ。
だから多少は絵に造詣もあるはずなのだが……。
吾輩を見ても、あまり心動かされた様子はなかった。
それでも捨てずにおいてくれたのは、多少なりとも心に引っかかるところがあったのだろうか。
そんなある日、吾輩はある人物と出会った。
「こんにちは、ドゥラートルさん。原版を持って来ました」
「よう、フェリックス。ご苦労さん」
その男は、フェリックス=ブラックモンという名の、まだ二十代半ばくらいの若い版画家だった。
版画の原版を持ち込んだブラックモン氏は、ドゥラートル氏と雑談を交わしていたが、不意にこちらに目を向けた。
「ああ、その花瓶かね? いいものだろう。日本製だよ」
「たしかに。とてもエキゾチックですね。おや、これは?」
と言って、ブラックモン氏が手に取ったのは、他でもない吾輩だった。
「ん? それはその花瓶を買った時に箱に入っていた本だがね。何となく捨てそびれてそのままにしていたのだが……」
ドゥラートル氏の言葉は、どうやらブラックモン氏の耳には入っていないようだった。
彼は夢中になって吾輩の頁をめくり、そこに描かれている絵に釘付けになっていた。
「子供たちに、これは職人か? 日本の人々の日々の営み、かな? 動物、鳥、虫、花に風景……。ラフなタッチで描かれているのに、どれもすごく生き生きとしている……。すごい! すごいよこれは! ドゥラートルさん! お願いです。僕にこの本を売ってください!」
ドゥラートル氏が思わずのけぞるほどの剣幕で、ブラックモン氏は彼に詰め寄った。
しかし、その様子を見てドゥラートル氏は、吾輩を売ってしまうのが惜しくなったらしい。
のらりくらりと言い訳をしてブラックモン氏を煙に巻き、彼をそのまま帰らせてしまった。
くそぅ。せっかく吾輩の価値をわかってくれる人間と巡り会えたというのに。
「残念じゃったの、吾輩殿」
伊万里御前の慰めが心に沁みた。
せっかくの理解者を逃してしまった残念さと、いつドゥラートル氏の気が変わって捨てられてしまうのではないかという不安を抱えながら過ごしていたある日。屋敷を一人の男が訪れた。
「兄さん、何やら面白そうな本を手に入れたんだって?」
「ラヴィエイユ、何処でそんな話を聞いたんだ」
このラヴィエイユ=ドゥラートルという人物、オーギュスト氏の弟で、彼も版画家であるらしい。
オーギュスト氏、弟殿に頼まれてはさすがに断り切れなかったようだ。
そもそも、そこまで吾輩に執着していたわけでもないからな。
結局、ラヴィエイユ氏はオーギュスト氏にいくばくかの金を払い、吾輩を買い取った。
そして――。
「ほれ、フェリックス。頼まれていた物だ」
「ありがとうございます、ラヴィエイユさん。感謝に堪えません」
心底嬉しそうなお礼の言葉とともに、ブラックモン氏はラヴィエイユ氏と抱擁を交わした。
どうも異国人の習わしはよくわからぬが、とにもかくにも、吾輩はブラックモン氏の手許に渡ることとなった。
ブラックモン氏は吾輩を友人知人に見せびらかす一方、吾輩をためつすがめつ眺めては、手本にしてあれこれ絵を描いた。
異国の版画というのは、木の板を彫るのではなく、銅の板に彫り込んで摺るものであるらしい。
なかなかに興味深いが、ブラックモン氏は吾輩を手本にして――つまり葛飾北斎の作風を取り入れて、好評を博したようだ。
絵手本冥利に尽きるというものだな。
それに、フランス全体、いやそれ以外の国々でも、親父殿の絵のみならず日本の文物が珍重され、その影響を受けた作品も生み出されるようになってきているらしい。
この国に吾輩以外にも親父殿の描いた絵たちが渡り来て、人々に愛されていると思うと、何とも不思議な気分になってくる。
フランスにやって来てすでに十年以上が過ぎた。
吾輩は今もブラックモン氏の側にいる。
その間、フランスはプロイセンとやらいう隣国との戦に負けたり、政変が起きたりと、色々大変だったようだが、ブラックモン氏はパリ郊外のセーヴルという地に居を移し、焼き物の絵付けの元絵を手掛けている。
絵付けそのものは、昨今機械がするようになったのだそうだが、その元になる絵を描くのは人間の仕事で、それをブラックモン氏が引き受けるというわけだ。
親父殿の作風を意識した、鳥や魚などの絵柄は、世間の人気を呼んでいると聞く。
「お邪魔するよ、フェリックス」
「ああ、エドゥアール。もてなしもできないが、どうぞどうぞ」
ブラックモン氏の家を訪ねて来たのは、エドゥアール=マネという画家だ。
彼は「印象派」などと呼ばれている絵師の一派の一人で、ブラックモン氏とも親しく交際している。
二人はしばらくパリの画壇のことなどを話題にして盛り上がっていたが、マネ氏がふと思い出したように言った。
「そう言えば、ルノワールという男を知っているかい?」
「ああ、もちろん。最近注目の新人だろう?」
「そうそう。その彼なんだがね。以前は陶磁器の絵付けをやっていたのだそうだ」
「ほう」
「けど、絵付けは機械がするようになって、職を失ってね。それで画家に転職したのだそうだ」
ほう、なるほどなあ。
機械のせいで職を失う者もいれば、ブラックモン氏のようにそれを逆手にとって成功を収める者もいる。
人間の世界というのは複雑なものだ。
「そうだったのか。まあ、パリの画壇に新たな才能が登場したのは喜ばしいことだよ」
「たしかにな」
そう言って、二人の男は笑い合った。
それにしても――。
昨今では風景や人物などをそのまま写し取ることができる「写真」なるものが普及してきていると聞く。
いずれは、版画も機械が摺り、絵そのものすら機械が描いてしまう時代がくるのだろうか。
もし親父殿がその時代を見たら、どのような感想を口にするだろう。
ふと、そんなとりとめもないことを考えた。
――Fin.
主要参考文献(敬称略)
小山ブリジット著 高頭麻子・三宅京子訳『夢見た日本 エドモン・ド・ゴンクールと林忠正』平凡社
太田記念美術館公式ブログ「浮世絵が陶磁器の包み紙として海を渡ったのは本当?という話。」
浮世絵夜話(Ukiyo-e night story)「葛飾北斎『北斎漫画』全15編まとめ」




