第一話
鏡を見つめる。
そこには、ロングの黒髪ストレートに、二重の大きな瞳、整った高い鼻、プルプルと潤いのある唇。そして、どちらかと言えば小ぶりだが形のいい女性的な胸の持ち主である美少女、『大石水希』が映っている。
クラスで一、二を争う人気者の大石。そんな彼女という仮面をかぶった俺、明石春樹はこの夏、愛おしい想い人とのマスカレイドを満喫するつもりだ。
鏡に向かって、「ニコッ」と笑顔を作る。鏡の中の大石がいつもの可憐な笑顔を見せた。
「カンペキ」
うん。声も可憐な大石のモノだ。
そう、カンペキだった。この時までは、カンペキだった。
『俺たち』の計画はカンペキだった、はずだ。
でも、だったらどうしてこんなに虚しいんだろう。
想い人に見つめられても、彼が見ているのは『明石春樹』ではなく、『大石水希』で。
彼が触れたいと思っているのは、『俺』じゃない。
『それ』を知った俺たちの仮面は徐々にはがれていく。
これは、『俺たち』が本当の『愛』を見つける物語である。
俺、明石春樹には他人、特に親友と言う立ち位置である日野陽介には言えない願望がある。それは、人によっては『変人』と言って中傷されることであるし、こと現実世界では起こることのない特殊な現象だ。だから、俺は想い人の陽介の恋を応援するしかなかった。
陽介の恋のお相手は、大石水希。一軍とかそういうカースト制度のない仲の良い俺たちのクラスで男子にも女子にも人気がある美少女で、明るく、ざっくばらんで、八重歯の可愛らしい、そんな彼女に陽介が恋に落ちるのは、時間の問題だった。高校一年からの親友である俺と陽介の仲は、俺が彼に一方的な好意を抱いたまま友人関係を続けているという歪な関係性で、そんな俺たちと大石は今年、高校二年で同じクラスになった。
明るく、元気で、可愛らしい。俺の危惧は杞憂では終わらなかった。
「オレ、大石の事好きになったかもしれん」
出逢って二か月足らずで陽介は大石に恋した。
分かっていたことだった。
陽介は女の子を好きになる。男の俺ではなく。
でも、悔しいし、虚しいし、憎らしいし、羨ましいしで、暫くどういう気力もわかなかった。願わくば。そう思ってしまった。
しかし、大石水希は、それに値する美少女だ。仕方ない。
一か月かけてそう吹っ切れた七月の上旬。ある休日の昼。俺は自転車で近くのスーパーセンターオークワ内にあるツタヤで、大石とばったり会った。
スーパーセンターオークワとは、地元にある大型のスーパーで、食品や日用品の売っているスーパーとミスドやカフェがあるフードコート、スマホ修理の店、貴金属店、アパレルショップ、美容室、タリーズコーヒー、セルフジム、ダイソー、そしてツタヤが入っている。
「あ!明石やん!おっすおっす!」
「おー、おす」
俺がツタヤに入っていくと、大石は、シャツワンピースに高めのヒールのサンダルを履いて、髪を頭の高い所でお団子にした格好で文庫の新刊コーナーにいた。可愛いが、俺は正直言って大石が少し苦手だ。苦手と言うか、彼女を知ると自身の自尊心を保てなくなりそうなのだ。
つまり、彼女に対して友情と言う感情しかない俺から見ても、大石は可愛くて素敵な女子なのである。
「明石、何買いに来たん?」
「俺は小説目当て」
「小説!そういや休憩とかに読んでるよね~」
彼女は、ニコニコ笑いながら「明石は賢い男だなぁ」と言う。なんだかそれすら馬鹿にされているような気がして、ムッとしてしまった。
「大石は何しに来たん?」
「私も小説にチャレンジ!」
大石はじゃっじゃーん!と口で効果音をつけて、持っていた小説を差し出してきた。
その小説は、俺のお目当てのモノで、高校生の男女の入れ替わりを書いたものだ。
俺は、割と読書が好きなタイプで(だが、俺は賢いぞ!と言っているわけではない)、暇を持て余しているときとか、制服のポケットから小説を取り出して読んだりしているが、大石は小説を読むイメージがない(決して馬鹿にしているわけではない)ので、この作品を読もうと思った動機が気になる。しかし、下手に聞くと怪しまれてしまうかもしれない気がして、言いかけては辞める。みたいなことをしていた。
「明石?」
「え?あ、えっと、大石って入れ替わりものとか興味あるん?」
失敗した。
大石は大きな瞳をぱちくりしている。
俺は弁明しようと頭をフル回転させる。
「い、いや、チャレンジって事は今まで読んでなかったって事やろ?ってことはこの小説によっぽど興味あったんかなって」
我ながらカンペキ?な言い訳!
そんな内心焦りでドキドキな俺に大石は少し考えるような仕草をした後、質問を投げかけてきた。
「明石はこの小説どう思う?」
「うん?まあ、俺も興味あってこの小説目当てで来たけど」
すると、大石は満足したのか何なのかは分からないが、酷く妖艶な笑みを浮かべた。
そして、俺を上目遣いで見上げ、「小説買ってから、場所、変えへん?」と提案してきた。クッソ可愛い。俺でもそう思うんだから、陽介がこれやられたらイチコロだなって感じでどうも俺は断ることができず、自身の目当ての小説を手に取ってから、大石の買い物(ファッション誌とかアクセサリーとか)に付き合って、それぞれ会計を済ませ、灼熱の外気に揉まれながら国道に出て歩道で前を歩く大石の後ろを着いていくと、国道沿いのスタバにいくのか?と思ったら、そのまま真っ直ぐ歩いて行ってしまう。
「大石、何処行くん?」
「え?カラオケやけど?」
ちょっと、いや、かなりマズイ。何がって、カラオケなんて密室に大石と二人きりとか、陽介にバレたら、俺は死ぬ。社会的に、死ぬ。
「ちょ、ちょ、スタバにせん?」
「え?いや、二人きりがいい」
超絶可愛い女子にそんなことを言われてくらっと来ない男はいないだろう。たとえ、同性に恋をしていてもだ。
俺は、その後灼熱の大地を数分間黙って大石の後を歩いた。
学校の最寄りのカラオケで、地元で唯一のカラオケ屋にやってきた俺たちは、自動ドアを通り抜けてクーラーの冷気が身体を冷やしていくのを堪能してから受付に向かった。
俺はこのカラオケ屋は地元も地元で歩いて数分の場所に住んでいるが、カラオケが得意ではないので自主的にはあまり来ない。だが、大石はよく来るようで、てきぱきと受付を済ませていく。
そして、ドリンク用のコップを受け取り、ジュースを注ぎ、案内された部屋に向かうと、白を基調としたメルヘンな部屋だった。
「お~、ラッキ~!この部屋好きなんよね~」
「へ~、そうなん」
「うん!女の子は可愛いもん好きやもん!」
そんなお前が可愛いが。と思いながら、内心バックバックと心臓が脈打ってる俺。
超絶可愛い女の子と二人きりでカラオケと言う人類的にラッキーな状況に興奮してるとかではなく、祝日明けの火曜日に社会的に死なないかな、っていう不安の方が大きい。
とにかく、男子だけじゃなく、女子を敵に回したくないし、それより陽介に縁を切られるような地獄は避けたい。
「ねぇ、明石、なんか頼む?」
大石は自分の前と俺の前にデンモクとマイクを置いて、手元には注文用のタブレットを持って何やら唸っている。
「俺払うから好きなん食ってええよ」
「え!マジ?わ~い!」
大石は「どっれにしよ~かな~!」と鼻歌を歌いながらタブレットを見ていたが、不意に俺の隣にやってきて、「一緒に選ぼ!」と笑顔を見せてくる。くそ可愛い。てか、甘い香りするし。女の子ってそんなもんなのか?
ってか、大石、無防備すぎない?
結局、俺たちはワイワイ言いながらたこ焼きとポテトとポッキーを注文したが、大石が「ロシアンたこ焼き!」と言うので「一人で食ってや」と俺が言うとしゅん、としてしまったのがまた可愛かったが、今思えばはずれを俺に食わせようとしていたのかと思うと、憎らしくもある。
「で、話って?」
「うん?全部届いてから」
「って言うと思って聞いた」
「ふふ、意地悪」
何が意地悪だ。
こんなとこ連れてきたお前の方が意地悪だぞ。と、美少女と二人きりな事のどきどきと同性の想い人にこの事が知られたらと思うと恐ろしくなってた俺だが、大石の超絶美歌声を聞いたり、俺のヘタウマ曲を披露したりしてたら、注文したものが届いた。
「⁉」
「うふふ。二人きりやね」
「え、な、何⁉」
店員さんが出て行った瞬間に大石がまた隣にやってきて、妖艶な笑みを浮かべている。俺、貞操のピンチ⁉
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