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泥濘の主従、偽装された献身
ドローンが高度を保ち、二人の戦闘を空から冷徹に記録している。
視聴者が期待するのは「有能なカナと、彼女の足を引っ張る無能なコウタ」という構図だ。
カナはその期待を裏切らないよう、カメラの前では徹底して高圧的な態度を崩さない。
「……まだ早い! 下手くそ、引っ込んでなさいよ!」
カナの鋭い罵声が飛ぶ。
コウタが疲労から回復魔法を使おうとした瞬間、彼女はその手を冷たく叩き落とした。
「え、でも……っ、魔力が……」
「あんたの安い魔法、無駄打ちしないで。……まずは足場の確保が先でしょ。ほら、さっさと槍構えて。的を外したら承知しないからね」
コウタは荒い息を吐きながら、冷徹な指示に従いウォーターランスを握り直した。
突き放すような言葉。だが、カメラが捉えきれない至近距離で、カナの瞳はコウタの疲弊を舐めるように見つめ、その不全感に悦悦とした光を宿している。
「……っ、ハァ。……わかった。外さないよ」
コウタが圧縮水の槍を放ち、岩鬼たちを弾き飛ばす。
その背後で、カナの【絡め取る残火】が、粘着質な影の触手となって地面を這った。
「ほら、足元くらい私が支えてあげる。……転んで怪我でもされたら、私の評価が下がるんだから」
影の触手がコウタの足を、腰を、そして執拗に股座を絡め取るようにして持ち上げる。
それは保護というよりは、獲物を吊り上げる捕食者の手つきだった。
「え……ちょ、カナ……っ、これ、締めすぎ……!」
「静かにして! 揺れると落ちるわよ。……あんたは大人しく、私の手の上で操られてればいいの」
コウタは触手の強靭な締め付けに、わずかな痛みと、それ以上の「完全な支配」への充足感を感じていた。
「無能」という役割を与えられ、彼女の指先一つで生殺与奪を握られている感覚。
身体を絡め取っている触手からは、カナのどす黒い独占欲が魔力を通じて流れ込んでくる。
「……ああ。……便利だな、これ。お前に運ばれてる間は、何も考えなくて済む」
コウタが自嘲気味に呟き、槍を構え直す。
その満足げな顔を見て、カナの口角が「ビジネス」の仮面を突き破り、一瞬だけ醜悪なほど深く吊り上がった。
「……そうよ。ずっとそうしてなさい。……このカメラが止まったら、もっと、……もっと動けなくしてあげるから」
川底の影が再び動き出す中、二人は「仲の悪いペア」を演じながら、その実、誰にも邪魔されない深い泥沼の底へと沈み込んでいった。
仮面の崩落、剥き出しの深淵
手取川の澱んだ水面が爆発した。
〈河蝕岩鬼〉の巨大個体が、泥に紛れた尾を鞭のようにしならせ、想定外の軌道でコウタを強襲する。
「……っ、コウタ! 避けて――!」
カナの叫びも虚しく、コウタの横腹に巨大な岩の塊がめり込んだ。
「ガハッ」と短い悲鳴が漏れ、コウタの身体が川原の泥の中を数メートル弾き飛ばされる。
水槍の光が消え、彼を支えていた影の触手も、衝撃で霧散した。
自動追尾モードのドローンは、泥にまみれて動かないコウタと、呆然と立ち尽くすカナの姿を、無慈悲に4Kの高画質で記録し続けている。
「……あ…あ……」
カナの視界から、色が消えた。
「ビジネス不仲」という設定、動画の構成、素材の価値。
そんな上っ面の計算が、コウタの流した鮮血の赤によってすべて塗り潰されていく。
彼女の中で、世界から音が消え、ただ「自分の心臓が勝手に持ち出され、壊された」という原初的な怒りだけが沸騰した。
「……私の……私のコウタに、触るな」




