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スーパーのベンチ、侵食される境界線

ギルドでの換金を済ませ、二人は近所のスーパーへ立ち寄った。

カナはカゴを掴むなり、獲物を狙うハンターの目で酒コーナーへと消えていく。

コウタは這うような足取りで、休憩スペースのベンチに深く腰を下ろした。

今日、彼は幾度となく回復魔法を使い大きな負荷を全身に強いてきた。

肺の奥がまだ熱く、膝が笑っている。

今、彼が求めているのは、カナの湿った熱量ではなく、ただ誰にも邪魔されない無機質な「静寂」だった。


「…………」


コウタは震える指でスマホを取り出し、今日の戦いの振り返りと編集作業に入る。

この単調な作業の没入感だけが、カナの「付属品」ではなく、一人の「個」に戻れる唯一の避難所だった。

早く終わらせて、一刻も早く一人になって眠りたい。それだけが今の彼の原動力だった。

一方、カナは惣菜コーナーで「狩り」の真っ最中だった。

黄色いシールを握りしめた店員が動くのと、彼女が踏み込むのはほぼ同時だ。


「……っし。これ、シール貼ってもらえます?」


狙い澄ました手つきで、茶色の惣菜をカゴに叩き込む。

半額惣菜

 コロッケ、唐揚げ、メンチカツ。

脂ぎったこれらは、疲弊したコウタに無理やり栄養を流し込む「餌」として申し分ない。

さらに彼女は、迷いのない足取りで冷凍食品とカット野菜のコーナーを蹂躙していく。

(……これがあれば、明日は一歩も外に出なくていい。明後日も。……ずっと、二人で閉じこもっていられる)

大容量の冷凍餃子、レンジで温めるだけの唐揚げ、そして「健康」という免罪符のためのカット野菜。

それらを次々とカゴの隙間に詰め込んでいく。

買い出しという「外の世界との接点」すら、彼女にとってはコウタを自分から奪い合う障害でしかない。

一歩も、彼の視線を外の世界へ逃がしたくなかった。

 さらに、鮮魚コーナーの隅で彼女の瞳が鋭く光った。


「……あった。コウタの好きな、マグロの赤身。……半額」


コウタの好きなものを、自分の金で買い、彼の口に放り込む。


(……これさえあれば、コウタは私のそばにいてくれる。帰りたいなんて、言わせない。……私の匂いだけで、窒息させてあげるんだから)

会計を済ませるなり、彼女は小走りでベンチへ向かった。


「ねえ、何やってんの? そんなの、後でいいじゃん」


背後から、熱を帯びた声が降ってくる。

振り返るより先に、重い袋がベンチに置かれた。

だが、コウタの手元で動く編集画面を見た瞬間、カナの不満げな顔がパッと華やいだ。


「あ、それ今日のやつ!? すごい、もうやってんの? さすがコウタじゃん、仕事はや!」


カナはコウタの隣に、隙間なく身体を密着させて座り込む。

コウタの腕に自分の胸を押し当て、強引に彼のパーソナルスペースを塗りつぶした。

カナは画面を覗き込むふりをして、コウタの耳元に顔を寄せる。

(……あ、いい匂い。……コウタが頑張った匂い)

全力ダッシュを繰り返した後のような、熱を持ったコウタの体温。

そこから立ち上る、僅かに汗の混じった頭の匂いを、カナは誰にも気づかれないよう深く、深く吸い込んだ。

その「生命の痕跡」を肺に満たす。

その瞬間、コウタが死守していたパーソナルスペースは無残に崩壊した。


「……カナ、もう飲んでるのかよ」



「いいじゃん、お疲れ様。ねえねえ、編集どう? 私、今日のこのシーン、ちゃんと可愛く映ってるかな……?」



コウタが「二人のため」に自分の姿を振り返っているという事実が、彼女の独占欲を極上の快感へと変えていく。

至近距離で、コウタの首筋から立ち上る汗の匂いを、食い入るように観察する。

(……早く、帰って。舐めたい)


「ねぇ。もう帰ろ。お腹すいた」


彼女はコウタの手を握り、スマホの画面を強引に自分の方へと向けさせた。


「もういいでしょ。続きは家で、お酒飲みながら見せて。……家で、二人だけで、もっとすごいのしよう……?」


コウタが切望した「一人だけの静寂」は、カナの残酷なまでの賞賛と、ストゼロの甘い香りに飲み込まれて消えた。

カナの頭の中は、すでに「家」のことでいっぱいだった。

マグロを食べさせ、泥のように眠るコウタをベッドへ引きずり込み、隠しカメラの前で彼を解体する。

その完璧な計画シミュレーションに、彼女の指先は歓喜で小さく震えていた。


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