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鉄錆の配信、削れる肉体
ダンジョン深層、湿った冷気が肌を刺す。
浮遊するドローンカメラの赤ランプが、二人の一挙手一投足を世界へ届けていた。
「……のろい! 回復が遅いって言ってんでしょ、この無能!」
カナが叫び、闇を纏った剣を横一文字に振る。
襲い来る魔物の爪を紙一重でかわし、その喉元へ。
だが、連戦による疲労で、彼女の回避はわずかに精彩を欠いていた。
コウタは一歩引いた位置で、意識を集中させる。
自身の精神を削り、肉体的な「代償」を支払う感覚。
心臓が警鐘を鳴らし始める。
「……肉体回帰。我慢して」
コウタの指先から放たれた清冽な水が、カナの身体に溶け込む。
瞬間、彼女の傷が塞がり、失われかけた機動力が強制的に引き戻された。
代償として、コウタの肺が焼けるように熱くなる。
全力で100メートルを駆け抜けた直後のような、暴力的な鼓動。
酸欠で視界がチカチカと点滅するが、配信は止まらない。
視聴者のコメント欄が、熱狂で加速する。
『出た! カナちゃんの罵倒からの超速コンボ!』
『コウタのヒール、タイミング神すぎだろw』
カナはカメラを意識した傲慢な笑みを浮かべる。
だが、すれ違いざま、彼女の指先がコウタの腕を、痛いほど強く掠めた。
「うるさい! はやく!」
それは助けを求めているのか、あるいは「逃さない」という警告か。
コウタは、自分の時間を、自分自身の存在を守るために、心を無にする。
ここで感情を動かせば、彼女の重すぎる執着に、自分まで飲み込まれてしまう。
魔物の群れは途切れない。
コウタは数回の【水槍】でカナの死角を援護し、そのたびにジョギング程度の重い疲労を積み上げていく。
そして、カナの深い傷を塞ぐたびに、何度も、何度も、精神的な「全力疾走」を繰り返した。
最後の一滴を絞り出すように、コウタは指先を合わせた。
「……肉体回帰。これで、全部だ……」
カメラが捉えているのは、最強のハンターとしての勇姿。
だが、その瞳に宿っているのは、自分を削って力を捧げるパートナーへの、狂気的な恍惚だった。
彼女が地を蹴ると同時に、闇の触手が生き物のようにしなり、周囲の魔物を容赦なく捕獲する。
逃げ惑う標的の四肢を絡め取り、骨の砕ける音が湿った空間に響く。
もはや戦闘ではなく、一方的な解体作業。
コウタの疲労を燃料にして、その触手で獲物を磨り潰していくカナの姿に、コメント欄は熱狂を通り越し、生理的な恐怖すら抱き始めていた。
やがて。
最後の魔物が肉塊に変わった瞬間、カナは一歩も動けなくなったコウタの元へ歩み寄る。
「……終わったよ、コウタ。ねえ、私、すごかったでしょ?」
彼女はドローンカメラを乱暴に掴み、無造作に電源を切った。
赤ランプが消え、静寂が訪れる。
コウタは肩で息をしながら、かすれた声で告げた。
「……終わった」
カナの顔から、一切の表情が消えた。
彼女は返り血のついた手で、コウタの頬を強く撫でる。
そのまま鼻先を彼の首筋に擦りつけ、まるでマーキングするかのように執拗に嗅ぎ回る。
「……帰る? 自分の家に? ……ふざけないで。あんた、今一歩も歩けないでしょ」
「……ちょっと一人に、なりたいんだ。頼むから」
それは能力の副作用ではなく、彼自身の、心からの「回避」の願い。
だが、カナの指が彼の髪を強く掴む。
「ダメ。危ないでしょ」
カナはコウタの腕を自分の肩に回し、強引に立ち上がらせる。
密着した身体から伝わる、彼女の異常なまでの熱。
そして、独占欲という名の湿った匂い。
「帰るわよ、私たちの家に」
コウタのささやかな願いは、返り血の匂いと共に、閉鎖的な執着の中へと沈んでいった。




