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魔獣戦記  作者: Meg
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第五話/02

 夕立が上がったばかりの山は、何処か異質な空気を放っていた。

 麓までは天恵の車でやって来た鵠たち一行だが、運転している天恵が一番吐き出してしまいそうな顔をしていたのも奇妙な話だろう。


「鵠さんたち子供を、下手をしなくとも死んでしまうかもしれない場所に送り届けるんです……こんな顔になってしまうのも許してください」


 そう語っていた天恵の感性は、百人中百人が聞いても「真っ当」だと思う筈だ。

 本来なら一番〝戦い〟と言うものから遠ざけられていなければならない子供が、最強の兵器を伴っているとは言え先陣を切らねばならない状況を、誰が「至極当然だ」などと言えるだろうか。

 ──きっと、鵠を見守ることに徹している護子にも、物申したいことは山ほどあるのだろうと鵠は考える。

 しかし、何かを守れる力があるのならば齢は関係ないと、自分はただ自分に出来る最善の行いをするだけだと、鵠は敵地を前に気持ちを新たにした。


「……此処ですね」


 もう日の当たらない山はまさしく異界と化したかの如き空気を放ち、立ち入ろうとする人間たちを決して歓迎しない。

 送迎係の天恵は一人車に残し、山道を歩き始めた鵠たちの間には重たい空気が走り続けていた。


「先ずはクルス先生と合流した方が良いんじゃない?」

「そうだね──イデアス、探して来てくれないか?」

「心得た」


 主人の命に一早く動いたイデアスの姿は、息を付く間もなく山の闇の中へと消えて行った。


「アスラは〝私とよる〟の護衛をお願いね」

「はーい」


 この兵器はいざとなったらよるを見捨てて鵠だけを守りかねないと、その気質を理解し始めたが故の命令である。

 敵が何処に潜んでいるかも分からない以上、一か所に留まっているのも危険だろう。

 しかし闇雲に動き回るのも危険であることに違いはなく、結局のところはイデアスの帰りを待ちながら敵襲に備えるしかない。

 ──生傷の癒えることのない──親指を噛み千切り、草薙剣を召喚した鵠は全身に魔力を張り巡らせる。

 そうすると分かるのだ。

 今この森がどれ程に異様な空気に包まれているのか。

 魔力を持たない〝普通の(けだもの)〟の気配さえ漂って来ない代わりに、ツンと冷たく刺す様な魔力ばかりが伝って来る。

 一刻も早く敵を討たなければと、焦燥に近い感情に駆り立てられながら、イデアスの帰還を待っていた──そんな時だった。


「なんだ、お前らも来てたのか」

「え……」

「イデアスとは入れ違いになっちまったか……チッ、仕方ねぇな」


 木の上から気配も無く鵠たちを見下ろしていたのは、ベリーショートヘアの──その美貌だけならば──可憐な少女だった。

 己の身長よりも長い黒槍を持ち、苛立たし気に琥珀色の瞳を吊り上げる少女の、返り血に塗れた金糸雀色の装甲は鵠にも見覚えがある。

 見覚えがあるからこそ、第三号機の思わぬ正体に声を上げずにはいられなかった。


「お、女の子……!?」

「あ?女だからなんだってんだよ」

「鵠、ティフォネってキレやすいからあんまり話かけない方が良いよ」


 ムーン・チャイルドは全員男である。

 そんな思い込みや先入観があった鵠にとって、イデアスとアスラの妹──ムーン・チャイルド第三号機『ティフォネ』はあまりにも衝撃的な存在だったのだ。


「早いとこクルスん所に戻らなきゃならねぇ。付いて来い」

「鵠、俺が運ぼうか?」

「……大丈夫、付いていくから」


 よるを置き去りにしかけない口ぶりから、何処まで行っても己の所有者以外に興味を示さないアスラの姿勢をやや苦々しく思う鵠。

 けれど今はそれを諫めている時ではないと、木から木を跳んで行くティフォネを追うアスラを我武者羅に追いかけた。

 ──全身に魔力を伝わせて、肺の隅々から、足の筋線維にまで行き届かせて。

 どんな獣道だろうが、雨にぬかるんでいようが関係なく、走り続けて。

 意識して走る鵠の疾走は、今や人間のそれを遥かに凌駕する速度まで上がっていた。

 鍛え上げた者ですら数秒としか持たない速さでも、肉体強化の魔術を覚えた今の鵠ならば持って十数分は走り続けられるだろう。


(随分成長したじゃないか)


 全力で駆け抜ける鵠とは対照的に、未だ余裕で追いかけていられるよるは考え深く鵠の背中を見守っていた。

 山中を走って数分、辿り着いたのは開けた場所で──無防備と言えば無防備なのだが、逆に言えば此方も仕掛けやすい場所。

 そんな中──到着した鵠たちへ一瞥だけ寄こしたクルスが手当をしているのは横たわる四人の負傷者たちで、誰もがその身体に重傷を負っている惨状に鵠は息を呑む。

 先に到着し、辺り一帯を警戒していたイデアスも此方に気が付くとそっと歩み寄ってきた。


「七人中二人は死亡。残り一人は行方不明だそうだ」

「……!?」


 そして残りの四名は重傷──そんなもの、全滅と言っても差し支えないではないか。

 精鋭揃いと聞いていた魔獣管理部がこうも呆気なくやられてしまったと言う事実に、鵠の顔から血の気が引いて行く。

 大百足とは土蜘蛛など比にもならない程の強敵なのか、それとも裏で大百足を操る黒幕こそが強者なのか。

 ──はたまた、先の戦いは運が良かっただけで、今回は鵠たちを含め全員が死んでしまう可能性もあるのではないか……。


「大丈夫だよ、鵠」

「……?」

「鵠を殺そうとする奴は、俺が絶対に殺すからね」


 聊か物騒な物言いではあるが、そのアスラの言葉が今の鵠にとってはどれ程の勇気となっただろうか。


「──うん、私は死なないし、これ以上誰も殺させない」


 握り締めた剣の柄がギリリ……と鈍い音を立てるのは、まるで鵠の決意の現れのようだった。

 もう少し早く来ていれば、早く動けていれば救える命もあったのではないかと言う後悔が無い訳では無い。

 だが今は救えなかったものより、まだ救えるものを守らなければと、鵠は押し寄せる負の感情から目を逸らす様に現実だけを見据え続けた。


「よし……粗方の治療は終わった。山縣さんを探しに行こう」

「ちょっと待てクルスよ、イデアスとアスラが合流した今、敵を討つことの方が先決だろ」

「此方が動けば敵も動くさ。〝奴〟の狙いはどう見ても私だった」

「……」

「クルス先生、〝奴〟って……?」

「敵の魔術師。姿は良く見えなかったけれど、月舘局長の言っていた通り蟲使いってことに間違いはない」

「……」

「よる、鵠、先に言っておくが──私は全く戦力にならないからそのつもりでね!」

「……はい?」

「いや、まぁ、治癒師って時点で知っていたことなので大丈夫ですが……」


 眼鏡の奥でにっこりと笑い宣言されても、何と返事をすれば良いのかさえ分からない鵠は脱力しか覚えなかった。

 言わばクルスは医師であって戦士ではない。

 だがムーン・チャイルドの所有者であることには変わりないため、多少なりとも戦闘の心得があると思っていた鵠にとっては拍子抜けだったのだ。


「では行くか」

「この人たちはどうするんです?」

「救助の要請をしたから直ぐにでも応援と救護班が来る筈だ」

「……それまで此処に置き去りにするんですか?」

「さっきも言ったけど、敵の狙いはムーン・チャイルドの所有者だ。三人も揃った今、私たち以外に力を裂く余裕も無いはずだし、私たちが此処にいる事で返って彼らを危険に晒してしまう」

「クルス先生の言う通りだ鵠。心配なのは分かるけど、僕たちは一刻も早く敵を倒そう」

「……分かった」


 そう諭されて、苦悶の呻き声を上げる調査隊の人々に後ろ髪を引かれる思いを堪えながら、鵠はクルス達の背を追う。

 イデアス、アスラ、そしてティフォネ──武装しているムーン・チャイルドが三機も揃った光景に、そんな場合ではないのかもしれないが、迫力を懐かずにはいられなかった。


「で?何処に行くの?」

「とにかく山の奥──山縣さんと逸れた場所を目指そう」


 何処に潜んでいるかも分からない敵をおびき寄せるため、一行は当ても無く山の奥へ奥へと突き進んでいく。

 未だその気配は察知できないが、魔獣の気配は色濃くなっていく一方である。

 いつ襲われてもおかしくはない。

 三百六十度、何処からでも襲撃に備えられる様、警戒を怠らずに走り続けていた──その時だった。


「!」


 蜂──日暮れに鵠を襲った蜂が、その眼前にまで迫っていた瞬間にアスラの戦輪が叩き落す。

 今度は一匹ではなく、凄まじい羽音を立てながら集団で此方に向かって来る蜂の群れに鵠は剣を構えるが……。


「雑魚に構ってられねーっつーの!」


 誰よりも早く動いたティフォネの、その槍が振るわれた瞬間に鵠たちの周囲へと雷が落ちる。

 閃光に焼き尽くされた虫達は黒い死骸の山となって降り積もり、辺りには再び静寂が訪れた。


「凄い凄い!流石はムーン・チャイルド!」


 その静寂を破ったのは聞いたこともない男の声。

 雑木林の中からぞっとする様な音を立てて現れた影のその醜悪な姿に、肝が据わっていると言われる鵠の喉からですら甲高い音が漏れた。

 百足──とても巨大な百足。

 鵠たちなど丸呑みにしてしまえそうな程に巨大な百足の頭には、一人の青年がまるで虫たちの王が如く佇んでいた。


「……誰だ」


 銃を構えたよるを嘲るが如く、青年はその口角を吊り上げる。


「俺は『ルルティオ』。〝薔薇十字団(ローゼンクロイツァー)〟が一員にしてクリスティアン様の腹心」

「薔薇十字団……!?」


 鵠の耳には全く馴染の無い単語だが、よるやクルスの息を呑む様な反応からして歓迎すべき人物ではないことまでは理解できた。


「お前が土蜘蛛にリリンを襲わせていた犯人か!?」

「そんなことはどうだって良いだろ」

「は──!?」

「俺の役目は〝あのお方〟のご命令により、お前達の兵器──ムーン・チャイルドを回収することなんだからな!」

「!」


 瞬間、ルルティオの背後から現れた巨大な二頭の土蜘蛛が一斉に鵠たちへと糸を吐く。

 しかしそれは届く前にイデアスの剣が放った炎によって焼き尽くされ、続くアスラとティフォネの追撃によってその体は真っ二つに切り裂かれた。


「ヒュウ」


 押されている──にも関わらず、ルルティオの余裕を保った面持ちが変わることはない。

 それもその筈だろう、イデアスの剣が百足へと向かった瞬間、まるで盾になる様に三匹、四匹と次々に蜘蛛が現れるのだ。

 気が付けば辺り一帯を土蜘蛛に取り囲まれていた鵠たち。

 しかし一度戦った相手に後れを取る様なムーン・チャイルドたちではなく、加えて此度の戦いにはティフォネがいる。

 あの親蜘蛛の様に桁違いの怪物ならいざ知らず、並みの土蜘蛛たちでは彼らの相手にすらなりはしない。

 炎が、水が、雷が魔獣たちを肉塊にしていく──だと云うのに、ルルティオの表情は一変するどころか、崩れる気配すら見せなかった。

 嫌な予感がしてならない。

 誰もが敵の様子に不信感を懐いていた、その瞬間だった。


「何っ──!?」

「イデアスッ!」


 大百足──もう一頭の大百足が現れ、その尾でイデアスを薙ぎ払ったのだ。

 態勢が崩れたその時を見計らった様に、一頭の土蜘蛛が放った糸が鵠へ──否──鵠の後ろに控えていたクルスへと放たれ、その体を捕えた。


「っうわぁああ!?」

「先生っ!」

「野郎っ……!?」


 所有者を捕えられたティフォネも咄嗟に反応するが、土蜘蛛に阻まれた上に雷を伴ってはクルスごと焼き尽くしかねない。

 全力を出せないまま所有者を奪われ、その仮面の下の米神には青筋が浮かんでいるであろうティフォネの咆哮が木霊した。


「テメェ!クルスを奪って何のつもりだ!?」

「簡単な話だよ、お前らがムーン・チャイルドの指輪を渡すならこいつは返してやる」

「は……!?」

「さもなくばこいつと──なんて言ったかな?知らないけどもう一人のお仲間の命は無いぜ」

「──!?」


 ──探し求めていた行方不明の調査班の一人のことだ。


「一時間だけ待ってやる。それまでにムーン・チャイルドと指輪を俺に渡すことだな」

「待てっ──!?」


 二頭の大百足と共に山奥へ消えて行くルルティオを追おうとしても、土蜘蛛の群れに阻まれ行方を見失ってしまう。

 

「クルスの野郎……っ!テメェにくたばられたら動けなくなるのは私だってのによォーッ!?」


 土蜘蛛たちを屠る中、その憤怒の叫びは雷鳴が如く木霊するのだった。

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