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双面の贄姫 〜身代わり令嬢はどうにかして悪役を回避したい!〜  作者: okazato.
第三章 身代わり令嬢の奮闘

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81 それぞれの決断②

 マルクスが研究所代わりにしている、ジラール邸の一室では、レオンが諦めの表情で立ち尽くしていた。


 どうやら、魔導士長が行っている実験が終わるまで、声をかけても無駄らしい。


 レオンは椅子を手繰たぐり寄せ、静かに腰を下ろす。


 マルクスはというと、机の上に所狭しと並べたてた実験器具に顔を寄せ、同じ作業を何度も繰り返している。

 今も、緑色の液体から放たれた気泡が、細い管を通っていくさまを、爛々らんらんとした目で見つめていた。


 きっとこれも、魔術研究の一環いっかんなのだろう。実験結果を書き殴ったメモ書きは、床を覆うように、何十枚も重なり合っている。

 

 普段は調子のいい男なだけに、地道に研鑽けんさんを積んでいるマルクスの姿は、なんとも新鮮だった。


 こういった粘り強い性格が、魔導士には向いているのかもしれない。

 もっとも、彼が“魔塔のあるじ”に相応ふさわしいかどうかは、はなはだ疑問であるが。


 レオンは椅子に腰掛けたまま、右手で拳を作る。職務に復帰したとはいえ、体にはわずかな違和感が残っていた。


 寝込んでいる間に落ちた体力を、早く取り戻さなければならない。レオンは反対の手で手首を掴み、右腕に負荷をかけた。


 剣術大会のことは、決勝戦の途中から、記憶がおぼろげになっている。


 激しい眩暈めまいと吐き気に襲われ、控え室に倒れ込んだことは覚えているが、次に目を覚ますまでの出来事は、ほとんど記憶に残っていなかった。


 処置が遅れていれば、危ういところだったそうだ。あの場にソフィア嬢がいなければ、ここまでは回復できていなかっただろう。


 視界に飛び込んできた、彼女の不安げな瞳が忘れられない。


 真犯人は、事件の当日に見つかった。


 とある大会関係者の手荷物から、事件に用いられたものと同じ毒が発見されたらしい。

 容疑者だったテオドールは解放され、表向きは円滑に、剣術大会が終了した。


 捕えられた男は、犯行を否定しているそうだが、あとは秘密警察の領分だ。真実が明かされるまで、彼らに任せるしかない。


 レオンは黙って外を眺める。眩しいほどの陽光が、部屋の中にも差し込んできていた。


 とてもいい天気だ。この分だと、テオドールが雨に降られることはないだろう。


 彼から届いた手紙には、今日が出立日だと書かれていた。事件の影響もあり、早期に帝国へと戻ることになったらしい。


 レオンはふっと頬をゆるめた。テオドールはきっと、もっと強くなる。


「俺も負けてられないな」


 言い聞かせるように呟く。彼から届いた手紙には、こうも書いてあった。


『来年こそ、お前に勝つ! そして、ルイス殿下に実力を知っていただいた暁には──』


 ちょうどその頃。


 フリオン侯爵邸では、長子であるテオドールが、留学先のランドサムス帝国に戻ろうとしているところだった。


「もう、お兄様ったら! ステファニー様に、悪い印象を植えつけてしまいましたわっ!」


 妹であるクロエは、使用人たちの前でも声を抑えることなく、怒りをあらわにしている。


 奔放ほんぽうな性格だが、これでいて憎めないところもあり、今もフリオン家の侍女たちは、微笑ましげにこちらの様子を見守っていた。


 テオドールは妹の不満を受け流しながら、遠くを見つめる。悪い印象を残したまま、国を去らねばならないというのは、クロエの言う通りだ。


 できれば帝国へ戻る前に、レオンと話をする機会がほしかった。


 けれど、謝罪の気持ちは手紙に託さざるをえなかった。犯人の供述も得られていない現状では、不用意な接触を控えるべきだと両親に諭されたためだ。


 それにしても、レオン・ジラールはまた一段と強くなっていたな。


 テオドールは、大会のことを思い返す。全力で挑んだ自分が、身動きすらとれなくなるほどの実力差が、そこにはあった。


 悔しいが、今回も完敗だ。


 もちろんこの二年の間、できる限りの努力はしてきた。けれどもそれ以上に、レオンも力をつけていたのだろう。


 かといって、諦めるつもりはさらさらなかった。帝国には腕の立つ剣士が大勢いて、学びとれることも多い。


 まずは一年だ。留学中に強くなって、俺はトランキルへ帰ってくる。


 そして、次の大会で優勝できれば。新たな夢に、一歩近づける気がした。


「お兄様!? ちゃんと聞いてらっしゃいましたか!?」


 顔を真っ赤にした妹が、こちらへ詰め寄ってくる。


「なあ、クロエ。ステファニー様は、王太子妃になられるだろうか」


「愚問ですわね! ステファニー様にそのご意志さえあれば、間違いなくそうなるに決まっているでしょう!?」


 突然の質問にも関わらず、すぐさま返事が返ってきた。

 終始一貫している妹の発言に、思わず笑みが漏れてしまう。


「ちょっと!? いくらお兄様であっても、ステファニー様を小馬鹿にするような振る舞いは看過できませんわよ!?」


「まさか、そのように失礼な態度をとるわけがないだろう」


 むしろテオドールは、ステファニーのことを尊敬していた。


 意識を失ったレオンに対し、彼女がどれだけ手を尽くしたか。

 それは、あの場でなにもできなかった自分が、一番よく理解していた。


 毅然きぜんとした口調で情報を集め、咄嗟とっさの判断力で周囲に指示を下す。

 その行動には、彼女の父親すら驚いているように見えた。


 なにより必死に魔術をかける姿が、ほれぼれするほどに美しくて。


 だからこそ、こう思った。『このお方にお仕えしたい』と。


「クロエ。俺は来年こそ、レオンを倒すぞ」


「お兄様、そういうのこそ“馬鹿の一つ覚え”と言うのではないかしら?」


 呆れた表情で、妹が告げる。その様子がなんともおかしくて、テオドールは大声で笑い飛ばした。


「それでもいいさ! あいつよりも強くならなければ、ステファニー様の専属騎士にはなれないのだろう?」


「それはその通りでしてよ。……お待ちください。ということは、つまり」


 分かりやすく戸惑っている、妹の言葉を遮るように、声を重ねる。


「ステファニー様になにかあった時は、俺に知らせてくれ。すぐに駆けつけるから」


 すると、みるみるうちにクロエの表情が華やいでいく。


「ああ、もう! 最高ですの! それでこそ私のお兄様ですわ!!」

「わっ! こら、いきなりしがみつくんじゃない!」


 仲睦なかむつまじい二人の姿を、使用人たちは暖かい目で見つめている。

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