77 意外な関係性①
ほどなくして、控え室に医師が訪れる。
念入りにレオンを診てもらったが、おそらく後遺症は残らないという見立てだった。すぐに毒を抜き出したことが、功を奏したのかもしれない。
「とはいえ、数日間は絶対安静でお過ごしくださいね」
釘を刺すように、医師は強く言い残していったのだった。
「絶対安静、ね……」
ソフィアは苦笑いを浮かべる。仕事人間のレオンを休ませるためには、ジラール邸のみんなに、しっかり協力してもらわなくちゃ。
そんな折に、一人の男性が声をかけてくる。
「モンドヴォール公爵令嬢。少し、お話をさせていただけませんか?」
遠くからこちらを見つめていたモンドヴォール公爵が、警戒心を強めたのが伝わってきた。
ソフィアの前にやってきた神官は、にこにこと嬉しそうな笑みをたたえている。
話は変わって、ジラール子爵邸では使用人たちが、慌ただしく屋敷中を走り回っていた。
剣術大会での連勝を果たしたばかりの子爵令息は、毒を盛られ、一時は意識を失いかけていたらしい。
「ソフィア様のおかげで、命に別状はないのですよね!?」
羽毛布団をレオンの私室に運び入れたイザベラは、仲間たちに大きな声で尋ねた。
「そのように聞いています。ソフィア様が魔術を行使し、難を逃れることができたと」
周囲に細かな指示を出しながら、家令は答える。
国王は事件を公にしないと決めたようだが、会場では犯人を特定すべく、大会の関係者たちを集め、調査を行っているところらしい。
怪しい人物が、無事に捕まればいいのだが。仕上げにカーテンを閉じつつ、家令は思案する。
この数ヶ月の間、トランキルでは異常な出来事が頻発していた。モンドヴォール公爵令嬢の失踪事件に始まり、誘拐及び監禁騒動。
それらが未解決の間に、またしても事が起こってしまった。
「命が助かっただけでも、不幸中の幸いと言うべきでしょうか」
その呟きに、明るい声が応えた。
「じゃあ、ソフィアに魔術を教えた僕が、命の恩人ってことになるのかな?」
魔導士長は指先に明かりを灯しながら、得意げに胸を張っている。
「それにしても、護衛騎士が自分の身を守れなくてどうするんだよ。まったく」
小馬鹿にした言い方に、真っ先に反応したのはサラだ。彼女は丸盆を叩きつけるように、サイドテーブルへ置いた。
「魔導士長様! いくらなんでも、主人が倒れたという時に、その言い方は」
「やめなさい、サラ」
食ってかかろうとした使用人を、家令はやんわりと制止する。
「マーケル魔導士長のおっしゃる通りです。ソフィア様が魔力を扱えなければ、今ごろどうなっていたことか……。主に代わりまして、お礼申し上げます」
頭を下げた老紳士を見て、魔導士長は得意げに鼻を鳴らす。
「じゃあ僕は、ソフィアたちの出迎えにでも行こうかな? あいつの弱った姿なんて、滅多に見れないだろうし」
マルクスが姿を消すと、部屋の中は一気に暗くなったのだった。
レオンらを載せた馬車は、日が沈み切ったころに、ようやく屋敷へと戻ってきた。
「やあやあやあ! 今日は大変だったみたいだね!?」
げっそりとした顔つきのソフィアへ、マルクスは語りかける。
「ええ。魔導士長サマは、まだまだ元気そうね」
「もちろんだよ。それで、死にかけのレオン・ジラールはどこにいるんだい?」
魔導士長は浮かれた様子で尋ねてきた。
「こら、マルクス。からかうような言い方はやめなさいと、いつも言っているだろう?」
「分かってますよ、お師匠様。でも今日は……ちょっと待って。今の声は、もしかして」
マルクスは、珍しく慌てた様子で顔を上げる。
ソフィアに続いて馬車から降りたのは、先ほど声をかけてきた神官で、その名はニコラス・マーケル──なんと、マルクスの父親だった。




