39 嫌いにさせてみせましょう①
忙しないさえずりで、ひばりは朝を呼び寄せる。ついに、見合いの日がやってきた。
「今日はとびきり美しく、華やかに仕上げてほしいと坊ちゃまから申しつけられております」
サラは丁寧な手つきで、頬に紅をさす。その一方で、髪をいじっているイザベラは、ぶつぶつと不満を漏らしている。
「髪の毛は巻いてほしいとのことでしたが……坊ちゃまも趣味が悪いです。せっかくサラサラで、ハリのある美しい髪なのに! これじゃまるで、どこぞのワガママ娘のようではないですか」
そのぼやきに、ソフィアは苦笑いを浮かべた。それからイザベラは、鏡越しにソフィアへ問いかける。
「お髪はこのまま下ろされます? それとも軽く結って、首元をすっきりさせましょうか?」
「うーん、そうですねぇ……」
ふっと襟首に残る星形のあざを思い出し、慌てて答えた。
「うなじは見えないようにしてもらえますか?」
「はあい。承知いたしましたぁ!」
彼女は得意げに櫛を構え、目にも留まらぬ速さで髪を編み込んでいく。
今日のソフィアが身にまとっているのは、春らしいクリームイエローのドレスだ。
用意されたものの中から、直感で選んだつもりでいたのだが、後から考えると、このドレスを手に取ったのは、かつて見た王太子の恋人が、柑橘類を彷彿とさせる暖色の服装を好んでいるように思えたからかもしれない。
今から嫌われにいくところなのに、我ながら、未練がましいというかなんというか。
そうこうしているうちに、全ての支度が終わったようだ。
サラの施した化粧は、決して華美ではないものの、まぶたや口元に差し込まれたローズの艶めきが、顔色を明るくしてくれている。
強く巻かれた髪は、上半分が柔らかくまとめ上げられていて、普段は一つ結びしかしないソフィアからすると、とても新鮮な姿に見えた。
さりげなく飾られたゴールドのヘッドドレスが、動くたびにきらきらと輝いて、わずかに心が弾んだ。
ソフィアは、玄関ホールで出発の準備を進めていたジラールの元へ急ぎ、彼に囁きかける。
「ジラール卿。私、ちゃんとステファニー様に見えますでしょうか?」
彼は少し距離をとり、全身を眺めてから目尻を下げた。
「ああ、大丈夫だ」
その回答に、そばで控えていた使用人たちがざわつく。
「坊ちゃま? 聞き間違いでなければ、『大丈夫』と、そうおっしゃいましたか?」
心なしか怒気をはらんだ声でサラが迫ると、ジラールは気圧されながらもうなずいた。
「僭越ながら、『大丈夫』というのはお相手を褒める言葉ではありませんよ。ジラール家の跡継ぎが、その程度の礼節を欠いてどうするのですか」
「いや、先ほどのあれは、褒めたつもりではなく」
「はぁ!? ならなおさら、問題があるんじゃないですか!?」
わなわなと震えるサラの背後から、イザベラも加勢する。
「ソフィア様がせっかくおめかしなさったのに! そもそもですけれどもね、なぜ坊ちゃまは、いつもの仕事着などを身につけておられるのです?」
「こればかりは、私もイザベラに同意します。近衛の格好をしていれば、どこへ行っても悪目立ちするではないですか」
立て続けの追及から逃れるように、ジラールはソフィアの手を引き、馬車に飛び乗った。
「坊ちゃまったら! 乙女心ってものを、ちっとも理解していないのだから!」
ぷりぷり怒るイザベラの傍らで、家令はこめかみをおさえながら、見合いへと向かう青年たちを見送ったのだった。
「まったく、あいつらは……ああ、すみません! 変なところを見せてしまいましたね」
遠ざかる使用人たちを見つめつつぼやいた言葉を、彼は慌ててごまかす。
いつも丁寧な言葉遣いをしているジラールなだけに、くだけた物言いをするのは珍しく感じられた。
「そんな、変なところだなんて。でも、少し驚きました。貴族の方々は、召使たちと距離をとっておられるのだと、そう思い込んでいましたので」
「ああ。うちのような家も、なかなか珍しいとは思いますがね。母は貧しい男爵家の出で、立場によって他人を見下すようなことは嫌っておられる。だからこそ、屋敷にいるみんなは大切にすべき家族なのだと、幼少のころより言い聞かされてきました」
「そうなのですか。奥様も、色々とご苦労なさったのですね」
「それに、サラは幼少のころより屋敷に勤めていますし、イザベラはあの性格ですから」
「ふふ、素敵なご関係ですね。身分の低い私でさえ、親切に接していただけるのですから、みなさまには感謝しなければならないですね」
ジラールはなにか言葉を返そうとしたようだったが、窓をちらりと見やると、素早く外に顔をのぞかせる。モンドヴォールのゲートハウスが、すくそばに近づいていた。
「ステファニーさまぁ! お戻りになられて、安心いたしました!」
「王太子様とのお約束を反故になさるのではと、我ら一同、気が気ではありませんでしたよ」
邸宅へ着くやいなや、大勢の使用人たちに馬車を囲まれる。
対応に追われるソフィアは、騒ぎの最中で後方に立つ公爵の姿を認めた。
館の主人は、黙ってこちらを見つめながら、ゆっくりと頭を下げる。周囲に気取られぬよう、ソフィアもそっと会釈で応えた。
どうやら、お見合いは屋外で催されるらしい。侍女たちは大急ぎで化粧を直すと、ソフィアを庭園へ導き、白のアイアンチェアに座るよう促す。
ジラールは余計な口を挟ませぬよう、そばにぴったりと張りつき、守ってくれているようだった。
遅れて到着した公爵とは、最低限の打ち合わせを済ませたところで、甲高い声に会話を阻まれる。
「間もなく、ルイス王太子殿下がご到着なさいます!」
ソフィアは公爵と目配せをし、玄関ホールへと急いだ。




