242話・余の宝石姫
「不思議じゃない?」
「あ。ああ……」
「やあね、話聞いてた? この子達がお腹の子を男の子だって言ったことよ」
まだ産まれても来ない子の性別をどうして男の子と言い切るのかと、その自信はどこから来ているのかとレナータは思っているらしかった。
「双子の何かインスピレーション的なものとか?」
「本当にそう思ってる?」
「思っているさ。神さまの思惑はどうか分からないが、ここにこうして神の恩恵でおまえがいる。それは明らかだろう?」
レナータは訝る。
自分の信仰心は深い方ではない。今まで自分が生き残る為とは言え、この手は多くの者の命を刈ってきた。
その中で愛する義姉の死は後悔を産んだ。しかし、その姉が奇跡にも新たな命をもって自分の側に生まれ変ってきてくれたのだ。これを神のみわざと言わずして何としよう。
双子の言動にも何かそういった神秘の力が宿るのではないかと言ったらレナータは頷いた。
「そうかもね。ここに生まれ変わりのわたしだっているのだし、おかしくはないわね」
「そうか。おまえはマトヴェイか。元気に産まれて来いよ」
待ってるぞ。と、そういう思いでお腹に触れるとポンッと蹴る感触があった。
「こいつ、蹴ったぞ!」
初めての反応に感極まって叫ぶと、室内の双子を始め、使用人達の注目を浴びていた。
「あー。すまん」
「謝らなくても良いのにどうしたの?」
「いや、年甲斐もなくはしゃいで……」
「わたしは嬉しいわ。あなたがこんなにも喜んでくれて。皆も普段、キリリとした表情のあなたしか知らないから相好を崩して子供のように喜ぶあなたを見て驚いただけよ」
皆に目をやると気まずそうに目を反らされる。普段、自分はどれだけ鉄面皮に見られていたのだろう。そんなつもりは全然、なかったのだが。
「仕方ないわ。ここにいるのはわたしや子供達に付き添う女官ばかりだもの。あなた付きの侍従とは違って一日中、側にいるわけではないから」
レナータの取りなしに勘違いされていただけかと悟る。言われてみればそれもそうだ。ここにいる女官達は自分とはあまり接点もない。
「逆にあなたのことを知られていたら嫌だわ」
レナータは可愛いことを言う。女官にすらヤキモチを焼いてくれるのだ。自分の方が年下の妻を持ち、いつか愛想を尽かされないかと内心ビクビクしているというのに。
「そんなことはあり得ないから安心しろ。余はレナータしか興味はない」
「まあ。では私はそろそろ部屋に戻りたいので手を貸して頂けますか?」
「喜んで」
ソファーから立ち上がるレナータに手を貸し、廊下へと出る。回廊に注ぎ込む柔らかな陽光の下、二人並んで歩き出すと視界の隅を何かが掠めた。
「あっ、あれって……?」
「オオルリだな。珍しい」
あのフランベルジュ国で見かけた鳥がなぜか中庭に姿を見せていた。
「幸せの青い鳥なのでしょう? その象徴がここにいるのね」
幸せだとレナータが呟く。
「あなたの瞳と同じ色。あなたの瞳は私にとって幸運を招いてきたわ。子供達にも同じ色が引き継がれて良かった」
あなたの青い瞳が私にとって幸運だったの。と、思わぬ事を言い出したレナータがさらに愛おしく思われた。彼女の腰を引き寄せて頬を撫でると、見上げる菫色の瞳がキラキラと輝く。
「レナータ。余の宝石姫。おまえのその瞳が恋しくも羨ましくもあった」
「私はあなたの瞳の方が好きよ。生命力溢れるこの大地の生き生きとした緑を現したような色だもの」
レナータはなぜとは聞かなかった。王家の瞳の秘密を知る彼女だ。自分が父王の血を引かないことも知っていた。自分が父王の血を引かなかったことを、残念に思っていることも察していたようだ。
「私ね、あなたのお母さまやラーヴルに感謝しているの。あなたがもし、お父さまの子だったなら私、こうして結ばれていなかったと思う」
「レナ」
彼女はそっとお腹の子を労るように抱きついて来た。
「ヴァン。私、幸せよ。いつもありがとう」
「余も同じ想いだ」
この後、クロスライト国に亜麻色の髪に青緑色した瞳の王子マトヴェイが誕生した。マトヴェイ王子は母親譲りの優男風の容貌を持ち、父親に似た大胆な行動をとる青年へと成長していく。
イヴァン王は意欲的に政務をこなし、晩年は王太子マトヴェイに王の座を譲るとレナータと田舎の所領に引きこもった。その頃にはバラム夫妻が亡くなっていたのでその領地に帰ったのだ。
有望な姉たちはそれぞれ他国に嫁いで、弟王を支えクロスライト国のさらなる発展に力を注いだという。




