14話・このまま寝かせろ
今まで陛下のお気に入りと称されてきた私だけど、陛下は今まで娘を見るような父親の目で私を見てきたし、そのような態度で常に接して来ていた。
いつから陛下は私をそのような目で見ていたと言うのだろう?
「もしかして初対面から?」
だとしたら実に残念な男だ。あのイヴァンが……?
と、あれこれ考えていたら背後から聞き馴染んだ声がした。
「何を考えている?」
「ひぃ──っ、陛下!?」
振り返れると、相手は寝台に入り込んできた所だった。いつの間に? もう入浴終わったの?
目を剥く私に陛下は苦笑した。
「そんなに驚く事か? おかしいか?」
そう言いながら顎へと手をやる。そこにあったはずの髭はなかった。むさ苦しい顎髭がないとスッキリした顔で若返って見える。
こうして見て見ると、イヴァンって整った顔立ちしているのよねぇと、思わず見惚れてしまった。髪がまだ湿っていた。ぬれ髪が男の色気のようなものを漂わせていた。
しかし、目付きは小動物を前にした肉食獣のようにギラギラして見えた。その様子にただならぬ雰囲気を感じ寒気がした。
「い、いえ……。もう入浴はお済みで?」
思わず声が震える。陛下はほくそ笑んだ。
「いま何時だと思っているんだ? そんなに待ち遠しかったのか? レナ」
「そんなことは……」
陛下が体を寄せてきたので後退ると、陛下がその分、前に詰めてきた。
「なぜ逃げる?」
「いえいえ、恐れ多いですから……」
「余達は神が認めた夫婦だ。そのように畏まることもあるまい?」
「へ、陛下……、あの、近いです!」
じりじりと押し詰められていく気がする。下がりに下がって背中は寝台の柱に当たっていた。
「無粋だな。緊張しているのは分かるが、この場で陛下はないだろう? おまえは余の名前を知らぬのか?」
「い、イヴァンさま……?」
「そうだ。良い子だ。レナ」
頭に陛下の手が触れた。陛下はこうして私が子供の頃から教師達に出された課題をやってのけると、頭を撫でてくれていたのを思い出した。
見上げれば青緑色の瞳があって、思わず目を瞑ったら唇に柔らかなものが塞がれていた。軽く啄むようなキスが終わると、こちらを見下ろす陛下に聞かれた。
「レナ。余が怖いか?」
「今のイヴァンさまは怖いです」
と、正直に言えば陛下は深いため息を漏らして言った。
「これから二人だけの時はヴァンと呼べ」
「ヴァンさま?」
私に覆い被さろうとしていた陛下は、私から距離を取った。寝台の中央までくると自分の右隣を叩く。
「今夜はそれ以上のことはしない。約束する。レナ、ここへおいで」
恐る恐る近づけば陛下は抱擁してきた。その腕の中から逃れようとしたら「抱きしめるだけだ」と、頭の上で声がした。頭に陛下の顎が乗せられていた。
「無理強いはしない。約束する。このまま寝かせろ」
「横暴です。陛下」
「陛下じゃない。ヴァンだ」
「ヴァンさま」
貞操の危機は去ったみたいだけど、抱き枕にされるなんて窮屈だ。そう思いながらも陛下の腕の中は温かくて心地よかった。すぐに寝落ち出来そうなくらいに。
欠伸を漏らすとポンポンと頭に手を置かれて「お休み」と、言われる。何だか父親みたいと思うと、疑問が湧いてきた。
六歳の頃から陛下のお気に入りと称されてきた私だ。陛下は今まで娘を見るような父親の目で私を見てきたし、そのような態度で接して来た。
その人が私を異性として気にしだしたのは何時なのだろうと。
「ヴァンさま。起きていますか?」
「……ん? 何だ?」
「いつから私のこと……、そういった目で見るようになっていたの? もしかして初めて会った時?」
「馬鹿いえ。六歳の子供に欲情なんか出来るか。余は子供に興味は無い。馬鹿なことを言ってないで寝ろ」
「……ふあい」
欠伸が次から次へと出てきて止まらなかった。求めるような答えが聞けたことに安心して、私は眠りに誘われていった。