13話・嘘でしょう?
「レナータ。今、帰ったぞ」
「お帰りなさいませ」
それから数週間して、陛下が夜中に宮殿に戻ってきた。幾ら陛下が若い頃から軍部に身を置き、体を鍛えてきたとはいえ、さすがに馬を飛ばしての帰城なので、顔に疲れが見て取れた。
その顔には恐らく剃る暇もなかったのだろう。艶々とした顎髭が復活している。私は丁度就寝前だったので、陛下の疲れを労い「お休みなさい」と就寝前の挨拶をして、さっさと隣室の寝台に転がり込もうとした。その時だった。陛下に二の腕を掴まれた。
「レナ。何か忘れてないか? 約束しただろう?」
「……? 何でしょう?」
陛下と約束? なんだろう? と、思っていると腕を引かれて抱擁された。汗臭い匂いに混じって埃のような土臭いような匂いもする。その陛下に耳元でボソッと囁かれた。
「お預けになっていただろうが」
「……!」
出立前に陛下が言っていた事を思い出した。あの日は挙式当日だったので、確か続きは帰って来てからすると言っていた。
「で、でも……、お疲れなのでは? お食事は……?」
「おまえに労われたい。食事はいらない」
いきなりの初夜の続きを要求? まさかそれを目的に馬を飛ばして帰って来たとか言わないでしょうね?
「おまえに一刻も早く会いたい為に昼夜問わず、馬を飛ばして帰って来たのだぞ」
まさかのやっぱりだった。そこは無理せずに時間掛けて帰還してくれて構わなかった。このエロ爺が!
ギラギラした目つきでこちらを窺う陛下が気持ち悪く感じられる。でもそのおかげで眠気に誘われていた頭の中がスッキリした。
陛下が側にいた女官に指示を出していた。
「今宵は王妃と共に寝る。支度を頼む」
「はっ」
女官達は心得たもので淡々と用意に入り、私は陛下に手を引かれ夜のバルコニーへと連れ出された。
「レナ」
「陛下。お疲れでしょう? まずはお風呂に入られては? そのお髭を剃っていらして」
陛下は、以前私にプロポーズしてきた時に「お髭は嫌いです」と、言われたのを思い出したらしい。迫り来る顔に向かって両手で阻止したらすんなり顔を引いた。
「そうだな。記念すべき初夜にこのような身なりではおまえに失礼か。風呂に入ってくる」
「どうぞ、私のことなど気にせずごゆっくり」
女官の支度は調ったようだ。速やかに退出して行く女官の後に続こうとした陛下に言えば、陛下は寝台へと入ろうとした私に釘を刺してきた。
「起きていろよ」
「はぁ……」
「寝ていても構わぬ。寝ていたら起こすだけだからな」
「……!」
陛下が入浴中に寝てしまおうと思ったのに、それを見透かされてしまった。寝ている相手を襲うだなんて鬼畜だ。この男はやることしか頭にないのか?
固まる私に陛下は口角をあげて言い放つと、退出していった。
初夜。あのイヴァンと……?
あのオジサンと?
無理、無理、無理、無理、無理、無理、むり──ぃ。
結婚までしておいて何を? と、他の者から見れば思われるかも知れないけど、私としては陛下が自分を異性として見るなんてないだろうと思っていたのだ。お飾りの王妃になるものと思っていた。
元王太子ヨアキムが、貴族達が集う夜会の場であのような騒ぎを起こし、婚約破棄されて収拾つかなくなったので、私を自分の妻に迎える。
これだけでも無理がある設定なのに、あの男はそれをやり遂げた。絶対王制だから出来たことだ。そこには歴代の王が築いてきた土台があって、貴族達はそれに淡々と従うわけだけれども。
そこまでして陛下が、自分を側に置きたがるのは目的があるのは確かだ。
でもまさかその男が夜の生活まで私に望んでいるとは思ってもみなかったのである。挙式後、騒動が起こって「この後の続きは帰って来てからだ」と、言われた時でさえ、冗談だと思っていたくらいだ
「嘘でしょう……」




